第二十九話「誇り」
「問題はどのように関与するかです。私は会議の中で、まず全力さんをこの世界線に戻すことを提案しました」
「貴方が我々の味方であることを、全力さんを使って、執行部に納得させるためですか?」
洋子がユキにそう尋ねた。その表情は温和だが、瞳にはいささかの疑念が含まれている。
「その通りです。全力さんは元々、猫に戻りたいと願っていましたしね。疑念を持たれるのは当然ですが、今のところ誰にも不都合はないはずです」
「これから先の事は分かりません」
洋子がユキの言葉に疑念を示した。
「仰る通りです。しかし、まず米軍を撃退すべきということに関しては、私たちの間に見解の相違はないはずです。違いますか?」
「違いませんね。正直、味方になってくれるなら、どんな連中とでも手を組みたい位だ」
伊集院が、お手上げのポーズをしながらそういった。
「最前線で戦う兵隊が居ないんです。かつてこの国の人々は、世界のほとんど全てを敵に回して戦ったというのに」
「そのための、全力さん爆弾です」
「どういうことですか?」
「全力党執行部が私の出す条件を受け入れてくれるなら、私は全力さん爆弾のクローン装置を未来から持ってきます。この装置は、日産三千発の製造が可能です」
「三千発……」
その装置があれば、米軍が白石蔵王の前線に到着するまでに、相当な数が用意できるはずだ。
「条件とは?」
「全力党の一党独裁体制を崩壊させて、統治機構を時空管理局に変更する事です」
「その管理局の職員は、一体誰が決めるのですか?」
「職員は高度な技能や知識を持つ人間のみで構成され、公平な採用試験によって選抜されます」
「そんなこと、『猫の鈴』の人たちはともかく、全力党が認めるはずありませんよ。勿論、国民もです」
洋子がそう反駁した。
「今のままではそうでしょうね。だから私は、この爆弾を全力さんの姿に模したのです。この国には、将来カリスマが必要になりますから」
「カリスマ?」
「全力さんを、共和国統合の象徴にするのです」
ユキは米軍撃退後に描いている絵図について語り始めた。
それは、簡単に言えばこういうものだった。
全力さんは、洋子が秘密裏に研究していた
「全く根拠のない話でもないけど、随分、盛った話やなあ……」
全力さんが呆れながら言った。
「つじつまさえ合えばいいんですよ。最終的には、全力さんを国家元首とし、国号も変更します」
「そんな無茶な……」
流石の伊集院も少し呆れた。
「無茶でも何でも、それしか、日本の独立を担保する道はないんです」
「米軍に勝つだけじゃあかんのか?」
「戦は落としどころが肝心なんだよ、全力さん。この爆弾があれば、米軍を追い出す事は出来るけど、戦争は終わらない。それに彼らは核を持ってる」
ユキは少しだけ優しい口調で、説明した。
「かくせんそうは、怖いなあ……」
全力さんに物理学の知識はないが、それがとても恐ろしいものだという事は知っていた。全力さんが人間だった世界でも、時折、米国の核実験は行われていたからだ。遠い外海で、何度も巨大な爆発が起こったのを全力さんは知っている。
「核兵器と全力さん爆弾の応酬になれば、人類は滅亡です。世界線の乖離どころの騒ぎではなくなります」
「全力党を時空管理局に改組させるのは、アメリカのメンツを立てるということですね?」
洋子がそう尋ねた。
「そうです。負けたのではなく、戦争目的を達した撤退という形にしないと、この戦争は泥沼になります」
「名を捨てて実を取るという事か……」
伊集院がそう呟いた。全力さんには難しい話はよく分からなかったが、ユキの力になってあげたいと思った。ユキが居なければ、全力さんは、この世界に帰ってはこれなかったからだ。
「アケミは、ユキの話をどう思う?」
「上手く行くかはともかくとして、アイデアとしては悪くない。この人は多分、ヴァルダさんと同じタイプだ」
「ちゅーと?」
「何か企みがあるのだとしても、嘘をついて人を騙すようなこと真似はしない。本当の事だけを使って人を騙す」
それがヴァルダと、『猫の鈴』の指導者である剣乃のポリシーだった。
「ひーちゃんは?」
「米軍を撃退することには異論はありません。でも、もし決を取るようなことがあるなら、私は棄権します」
「どういうこと?」
「この人がヴァルダと同じというのなら、必ず裏があります。一度、話に乗ってしまったら、もう勝ち目はありません」
全力さんは二人の話を聞いていった。
「ねえ、ユキ。ボクには難しいことはよー分からんけど、全力さん爆弾があれば、米軍を撃退できるのは確かなんやな?」
「勿論です。でなければ、わざわざ貴方をこの世界に呼び戻したりはしません」
「そうやんなあ……。考えるから、ちいと待って」
全力さんは、床の上をゴロゴロしたり、ウロウロしたりしながら考えた。今の全力さんは猫なので、人間の時よりは考えるのが難しかったが、それでも一生懸命に考えた。そして全力さんは、二人が結局、同じようなことを言っているのに気づいた。
片方は、ユキがヴァルダに似てるから、乗った方がいいといっている。
もう片方は、ユキがヴァルダに似てるから、止めた方がいいといっている。
つまり、ユキがヴァルダのような存在であることには、争いがない。
「要するに、ユキはヴァルダと同じだから、アケミは乗った方がええと思うし、ひーちゃんはそれが嫌なんやな?」
「簡単に言えばそうだね」
「だったら、答えは『乗る』の一手や」
「どうして?」
「ヴァルダは、自分に危害を加えようとしてない相手を嵌めることはせん。奴には『死者の書のしもべ』としての誇りがあるからな」
全力さんは、自信をもってそう答えた。
「コイツにも、時空管理局員としての誇りがあるんやろ。だから二人はよう似とるんや」
「かもしれませんね」
ユキがそう答えた。
「そしてボクにも、向こうの世界でアケミの親として生きて来た誇りがある。絶対に仲間を嵌めるような真似はせん」
「なるほど、全力さんのいう事にしては、珍しく道理が通ってるじゃないか」
「せやろ? こう見えて、いろいろ苦労してきとんねん」
全力さんは笑った。
「道理なら、私の方にもありますよ。既得権益を破壊する事が、『猫の鈴』の理念です。その我々が権力の維持を謀りだしたら、それはもう組織としての自己否定じゃないでしょうか?」
「ひーちゃんのいう事も、もっともや。やけど、ちょっと難しく考えすぎやと思う」
「どういうこと?」
「理念も大事やけど、それ以前に、僕らは同じ釜の飯を食った仲間やろ?」
「なあ、ひーちゃん。ボクは向こうでどんなに優しくされても、この世界に戻りたくて仕方なかったんよ。ボクの本質は猫やし、ボクの本当の家族は、ひーちゃんや伊集院やヴァルダやからね」
「えっ?」
「そしてボクには、家族の元に帰してもらった恩がある。ユキがおらなんだら、僕は皆と再会できんかった」
「それは、ユキさんの都合です」
「勿論そうや。『猫の鈴』の人たちさえ無事なら、ボクだって本当は闘いとうない。でもそれは、渡世の義理を欠く行為なんや」
猫は自由で何をしててもいい生き物だ。
だからこそ、誇りだけは絶対に守らねばならない。
「居眠りばかりしとっても、人間からエサを貰っとっても、猫はいつも誇り高く生きとる。その誇りを守るために、義理を欠くことだけは、絶対にしちゃあかんのよ」
「ヤクザムービーの見過ぎだよ、全力さん」
そういって、ひーちゃんは苦笑した。
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