第二十二話「外洋生物連合」
シュモクのレイジを失ったスナメリは、交流のある外洋生物の群団全てに総動員をかけ演説を始めた。これはその記録である。
『我々は七人の英雄を失った! しかし、これは敗北を意味するのか?
否! 始まりなのだ!
世界人口七十七億人に比べ、我ら
それは、鮫、海豚、鯱、鯨といった外洋生物こそが、この地球の覇者となるべき存在だからだ!
かつて内海で平和に暮らしていた我々は、海を奪われ外洋へと追いたてられた。陸にしか住めないボンクラどもが、我々を外洋に追いやって二百有余年――
外洋に住む我々が、種の存続を図るため、キメセク(フグ毒)とフリーセックスを要求して何度踏みにじられたか? 喰われるならいざ知らず、ヒレや脳の油のみを取られて打ち捨てられた同胞が、果たして何億に達するか?
我々はこれまで人類に負け続けてきた。だがそれは、我々自身が弱い事を意味するのではない。奴らが非常にずる賢く、また我らが数において劣位であることを意味するに過ぎないのだ!
種単体の攻撃力は勿論の事、知性も性的好奇心においても、我々は人類に対し決して劣ってはいない。
否! 現在においては圧倒的に勝っているのだ!』
フグ毒を使い、数々のヤリサーを束ねてきたスナメリにとって、この手の演説はお手の物だった。しかも厄介なことに、彼はこの思想を心の底から信じていたのだ。
『
アオザメパイセン。
そして、諸君らが愛してくれたシュモクのレイジは死んだ!
何故だ⁉』
「坊やだからさ」 と、スナメリは内心でつぶやいた。
『新しい時代の覇権を選ばれた生物が握るのは、歴史の必然である。ならば我らは襟を正し、何としてでも人類を討ち果たさなければならない! 我々は過酷な外洋を生活の場としながらも、共に苦悩し、錬磨して、今日の文化を築き上げてきたのだ
その文化の最高峰が、フグ毒を使った
かつて、我らが建国の父であるデュッコ=シュレーカーは、
『種の壁を乗り越えて交わるところから、人類への反撃は始まる』
と言い、自らそれを実践した。鮫族は既に半胎生を獲得し、いずれは魚類の
しかしながら、地上に生きる人間共は、自分たちが外洋の支配権をも有すると増長し、我々を圧迫する。諸君の父も、子も、その人間どもの無思慮な乱獲の前に死んでいったのだ!
この悲しみと怒りを忘れてはならない!
それをレイジは、自らの死をもって我々に示してくれた!
我々は今、この怒りを結集し、七人を殺した老人を海の底に沈めることで、人類に対する最初の勝利を収めることができる。この勝利こそ、死んでいったもの達全てへの最大の手向けとなるのだ!
全ての外洋生物よ、立て!
悲しみを怒りに変えて、立てよ! ものども!
我ら、
スナメリの演説によって鼓舞されたヨゴレザメたちの先遣隊が、全力さんを襲ったのは、三日目の日没の直前だった。スナメリの先導を受けた彼らは、魚の匂いを探し回ることもなく、二匹並んでまっしぐらに進んでくる。
「ヨゴレか……。ならやりようはある」
全力さんは舵棒を固定し、帆綱を結ぶと、船尾にある棍棒に手を伸ばした。全力さんは右手でその棍棒を握りしめ、手首をしならせながら、近づいてくる二匹のサメを見つめた。
「まずはこの腐れ外道どもに、しっかりと噛み付かせよ。そしたら鼻先に、一発お見舞いしてやるんや!」
先に来たほうが顎を開き、魚の銀色の腹に歯を食い込ませるのが見えた。その瞬間、全力さんは棍棒を高く上げ、勢い良く振り下ろす。ゴムを打ったような手ごたえだったが、硬い骨の感触もあった。
ずり落ちていくサメの鼻先を、全力さんはもう一発殴りつけた。すると今度は、遠巻きに様子をうかがっていた二匹目のサメが、顎を大きく広げながらやって来る。魚に襲いかかって顎を閉じると、その顎の端から白い魚肉がこぼれるのが見えた。
「死ねや、このボンクラ!」
全力さんはサメを叩いたが、サメは全力さんの方を眺めながら、余裕綽々で肉を食いちぎった。滑り落ちながら肉を飲み込む間に、全力さんは再び棍棒を振り下ろしたが、手ごたえはイマイチだった。
「やっぱ、刃物が無いときついなあ……」
サメは再び突進してきた。その顎が閉じられた瞬間、全力さんはできる限り棍棒を高く上げ、渾身の力を込めてサメの脳天を撃った。すると今度は、脳を支える骨を砕いた感触があった。
白い魚肉を口にしたまま、弛緩した様子でサメがずり落ちていく。
全力さんは更にもう一発、同じ場所を叩きつけた。
「死んだとは思えんなあ……。若い頃なら殺せたやろけど」
全力さんは更なる攻撃を待ち構えた。しかし、どちらのサメも現れなかった。やがて、どちらかは分からぬけれども、一匹が水面に輪を描いて逃げてゆくのが見えた。もう一匹の背びれが見えることは無かった。
二匹とも相当の痛手を負ったはずだ。両手でしっかり棍棒を握って打ち込めば、次は間違いなく仕留められる。だが、たった二匹しかいなかったのに、魚の肉は激減してしまっていた。肉はもう半分も残っていない。
サメとの戦いの間に、太陽はすっかり沈んでしまっていた。
「じきに暗くなるやろ。そうしたら、港の灯りが見える。海流の所為で東に寄っているとしても、別の浜の灯りが見えるはずだ」
もうそれほど遠くはない、と全力さんは思った。
アケミは心配しとるやろうな。だが、大丈夫。あいつはわしを信じとる。だからわしは帰るんや。もしかしたら、トサナミも心配しとるかもしれん。アイツはどんな時でも、わしに新聞をくれたからな。
魚はひどい状態になっていた。全力さんは詫びるように残った部分を撫で、魚の残骸に話しかけた。
「やはり、遠出しすぎたのが悪かったんかもしれん。自分のことも、こんなのことも、つまらんようにしてしもうた。だがわしは、今日だけでも沢山サメをぶちのめしたよ。ヨゴレが七匹に、アオザメに、妙に真面目なシュモクが一匹や」
こいつが生きて自由に泳ぎまわっていたら、サメとどう対峙しただろう?
そう考えると、全力さんはちょっと楽しかった。
「こんなは今まで何匹殺したんや? 頭につけた槍は、伊達じゃあるまい?」
全力さんがそう問いかけると、魚の頭がほんの少しだけ微笑んだように感じた。
「そうか。こんなのくちばしを切って、武器にすりゃ良かったな。だが手斧が無い。それどころか、もうナイフも無い。もし持っとったら、くちばしをオールの端に縛り付けて、見事な武器ができるやが」
まだまだ戦えたやないか。でももし、夜の間に奴らが来たらどうする。今度は一体、何ができるんや?
辺りは暗く、どこにも光は見えない。風だけが吹き、船は着実に進んでいる。もしかしたら、自分は既に死んでいるのではないかと全力さんは思いはじめた。両手を合わせ、手のひらの感触を確かめる。
手は死んではいない。両手を開いたり閉じたりするだけで、生きている痛みを感じられる。船尾の板に寄りかかると、自分が死んでいないとはっきり分かった。肩が全力さんにそう教えたのだ。
「戦う。死ぬるまで戦うさ。もうオワコンの全力さんじゃないんや」
全力さんは船尾に横になり、舵を取りながら、灯りが空に反射して見えて来るのを待った。魚はまだ四割ほど残ってる。これを持って帰れるくらいの運はあるはずだ。
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