第67話 ダルゴ立つ

「また来たのかよ」


 そういうダルゴをなだめすかすため、というわけでも無いのだが、みつるは真琴が持っている籠の中から、焼いた肉を挟んだ丸いパンを一つ取り出してそれを手渡す。

 そして自分達もめいめいに椅子を取り出してエルレインを囲むように座わった。


「エルレインの様子は?」


 パンに行儀悪く噛みついて、咀嚼したあとダルゴに尋ねてみた。


「……あんまり変わんねぇよ。良くも悪くも」


 そう言ってダルゴもヤケになったようにパンにかじり付く。

 それを見ながら、光も二口目に取りかかる。安いマトンの肉臭を押さえるため、岩塩とにんにくがこれでもかと効いている肉を、やや苦みのあるパンの味が上手く包み込み、朝食としてはまずまずだ。正直言えば、コーヒーかコーラが欲しい所であったが無いものねだりである。


「……神殿に行ってきたよ」

「……そうか」

「儀式の手段も手に入れた」


 そこで「ただし」と、光はそう強調した。


「ダルゴ。お前の協力が必要だがな」


 それを聞いてダルゴの表情にみるみる生気が戻っていく。それまで通夜のような顔をしていたというのに。


「オイラに出来ることが……っ!?」

「つか、お前にしか出来ん」


「しか」の部分を聞くと俄然ダルゴは張り切りだした。


「なんだって言ってくれ! 血が必要ってのならいくらでも出すしっ、生け贄が必要ってんならオイラが!」

「あー待て待て、落ち着け。一応神殿に伝わってる術法だぞ? んな物騒なモンが有るわけ……」


 無いとは言い切れんか。

 

「あー、とりあえずこれを見てくれ。真琴」

「はいはい」


 真琴が貸してくれたタブレットPCをダルゴに見せる。画面には既に儀式の手順が掲載されているページがうつされていた。


「これ、神殿から借りた本を映した物なんだけどさ、ドワーフ語で書かれているんで、あたし達じゃ読めないんだよね。そこでダルゴ君の出番ってわけ」

「……文字が小せぇんだけど」


 無理も無い。原版は真琴の胴体ほどもある本だったのだ。タブレットに納めようとすれば相対的に文字は小さく見える。


「あ、それはある程度大丈夫。こうすれば……」


 真琴がタブレットの画面を操作して、画面を拡大する。そうするとなんとか読めるくらいの大きさにまで画像を拡大する事が出来た。だが。


「……今度は字がかすれて読みにくい」

「あー……そればかりは解像度の問題だから仕方ないね」


 あははと笑う真琴の声が乾いていたが、まぁこれは我慢して貰うしか無い。


「んでどうだよ。読めそうか?」

「読めるっちゃ読めるけどよ、ホントにこれ出来んのかよ」

「ん? なんか難しそうなとこあった?」


 真琴があっけらかんと尋ねてきたら、ダルゴは呆れたようにタブレットを示す。


「この『神に心委ね、その魂を幽界へともて』とかいうところ。なんか魔術めいてよく分からんけど」


 要はトランス状態になって幽体離脱が出来るか、とか言った意味辺りだろう。

 真琴も同じ事を思ったらしく「どうだろ?」と首を捻っていたが。


「やったことないから、わかんないってのが正直な所かな」


 真琴は率直にそんなことを言ってしまい、ダルゴの不安を煽る。

 当然ダルゴは「勘弁してくれ」と言わんばかりに頭を抱えていた。


「おい、頼むぜ。お前らだけが頼りなんだからよう」

「まぁ、確率を上げる方法が無いわけじゃないがな」


 光はダラク大司教の事を思い出す。


「大司教さんがな、俺がオスカル暗殺してくれたら、儀式に協力してくれるってさ」


 これにはダルゴも驚いたらしい。


「ダラクおじさん……大司教様が? なんで?」

「知らねぇよ。お前の親父さんの紹介状を持っていって、たまたま拝謁したらそういう話を持ちかけられてな。こっちもどう返事していいもんか迷ってる」


 そう言って光は最後のパン切れを口に放り込んだ。そして咀嚼して嚥下するまでの間、ダルゴの反応を待つ。

 何も反応がないと見ると、わざとつっけどんにこう言った。


「言っとくが、俺は真琴が危険にさらされる様なら、迷わずこの一件から手を引くぜ。言っちゃ悪いがそこまでの義理はねぇ」


 この一言はダルゴを悩ませるのに十分だったようだ。無論光とて意地悪や悪意からそんなことを言っているわけでは無い。

 ダルゴ達の事は応援しているし、エルレインの命を救いたいと言う気持ちに偽りはない。

 だが、何事も越えられない一線という物が有る。光の場合真琴の安否がそうで、真琴の命を差し出してまで、この二人に肩入れするつもりは無いと言うことだ。

 この一線を決めておかないと、視野狭窄に陥っているダルゴからどんな要求が出てくるかわかったものではない。ダルゴには酷だろうが、この点だけはきっちり伝えておく必要があった。


「わかったよ……兄弟ぇ」


 それまで話を聞いたダルゴが、意を決したように立ち上がる。


「オスカルの野郎はオイラが殺す。そうしたら援助して貰えるんだろ? マコトの安全も保証されるし、言うこと無しじゃねぇかい」


 何と短絡的な、とダルゴを責める気にはなれなかった。自分だって真琴が同じ目に会えば冷静さをかなぐり捨てているだろう。


「まぁ待て。こいつは俺の予想だが、俺にオスカルを殺させようとしたのは、多分お前の親父さんの入れ知恵だ」

「親父の?」


 光は密かに感じていた違和感の正体が見えてきた気がしていた。


「ああ。身内で処理することが出来なくなった親父さんは俺に目を付けた。それを密かに紹介状に書き込んだんだ。でなけりゃ、神殿側から俺にオスカルを殺せなんてアプローチがかかるはずもねぇ」


 そうなのだ、それでこの奇妙な殺しの依頼の説明がつく。

 異教徒・邪教徒狩りなら、神殿からしてみればどうとでも動きようがある。例えば有ること無いこと証拠をでっち上げて、拷問の末自白なり仮初めの証拠なりを引き出せば良い。歴史上権力を持った個人や組織がそうしてきたように。

 それにドワーフ族特有の家長制度だ。

 この世界のドワーフ社会にはおそらく裁判権を持った機関は神殿よりも、一族あるいは氏族単位でその刑罰を決める風習があると見て良い。それはダラク大司教との会話で確信に近い感触を得ている。

 実際言っていたでは無いか。「裁きを下すのは家長の役目」と。

 そしてなによりオスカル自身が「銀の腕」の適格者の一人であるということ。オスカルの家からしてみれば、我が子は一族の発言権を増す宝子たからごだ。始末するなどとんでもない事と言える。

 ではどうすれば良い? 答えは簡単だ。「銀の腕」の適格者は二人も要らない。


 どちらかが死ぬまで殺し合えばよい。


 そして高い可能性で、エルレインに呪いの傷を与えた暗殺者達は、オスカルと繋がりがあると見て構わない。しかもダルゴが帰ってきた当日に襲って来たことを考えると、昨日今日の付き合いではないはずだ。

 オスカルにとって何が最終目標かは本人に聞いて見ないと分からないが、ロクな事では無いことであろう事は想像に難くない。


「で、お人好しにも首を突っ込んで来たのが俺達ってわけだ」


 ダルゴの本家にとっても、神殿にとっても自分達の存在は実に都合がよかったのだ。

 なにせ表向きオスカルと接点は何も無い。ばれても知らぬ存ぜぬを通せばそれっきりだ。

 ダラク大司教は光の身の安全を保証してくれたが、実際の段階になればどうだかという気はする。


「……なんだよ、それ」


 光の説明を聞いて、ダルゴは肩を震わせていた。


「それって、親父と神殿が良いようにお前らを扱っているってことじゃねぇか……っ」

「まぁ、そうなるな」


 光としても他人を悪く言うつもりは無いが、そう推論してしまえばすっきりまとまってしまうのだ。


「だが俺が言ったのは、あくまで辻褄が合うってだけで証拠はないぜ?」


 しかしダルゴは憤懣やるかたなしといった様子で握り拳を震わせている。


「きっとそうだ……親父の奴、兄弟ぇを売りやがったんだっ!」

「だから落ち着けって! ったく」


 こんなことなら言わなきゃ良かったなと、光はため息をついた。


「とりあず手順の翻訳だ。時間がねぇから、さっさとやるぞ」



 それにしても、と思う。

 ダルゴの様子を見ていると、なにか自分が致命的なミスをしたのではないかと考えてしまう。

 誰かのてのひらの上で踊っているような、そんな感じがする光であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る