第66話 友のためならば③
「薮から棒になんです。物騒な」
だが、相手は人目をはばかりこそすれ、本気でそう言っていた。
「ここではなんだ。詳しい話をしたいと思うのだが時間は?」
光は正直迷った。儀式を学ばせてもらうという事には言質をとって有るから問題ない。
問題があるとすれば、儀式の難易度が真琴一人では荷がかちすぎると言う点だ。
友人の為とはいえ、いや友人の為だからこそ真琴の安全は確保しておきたいというのが正直なところである。
その為の援助を受けるのは必要な所であるが、人の命を悪党とは言え奪ってまで求めるのは良心の呵責を感じる。
だが、一方で裏仕事をやるにしてもやらないにしても、情報は必要だった。
「……うかがいましょう」
結局のところ、光に選択肢は殆ど残されていなかったのだった。
※※※※※※
「まずはかけたまえ」
光がダラク大司教の執務室で所在なくしていると、大司教は王侯貴族の調度品もかくやというソファーを勧め、待祭に茶を用意させた。
ちなみに真琴とマリオンは同席していない。真琴に言えば気にかけるだろうし、ましてやマリオンまで同行させたらあのポンコツは何を口走るか分かったものでは無いからだ。
一応真琴の付き添いにと資料室に同行させてはいるが、問題を起こしてなければいいなと心底願っていた。
「良い香りですね」
話に集中するため、光は世間話でもするかのように茶の香りを楽しむ素振りを見せるが、実際には緊張のあまり香りなど分かったものではない。おそらく飲んでも味わえるか疑問だった。
そして用心深く、ダラクが茶をひとすすりするのを確認にして自らも茶を含む。
「それで? 聞き間違いでなければ俺にオスカルを、殺せと」
「うむ」
ダラクは茶葉の香りを楽しみながら口を湿した。
「ちなみにオスカルの事はどこまで知っているのかな?」
「……忌まわしい神に魅入られて、自分の妹を犯し、産まれてきた子供を贄に魔剣を打ったとか」
「うむ……」
「だけど分からない。オスカルのやったことは罪になるんでしょう? どうして公にしょっぴかないんです」
それは光がずっと気にかけていたことだった。いくらヌゥーザの一族の権威があろうとも、好き勝手やれるほど秩序が乱れているとは思えない。だがそれは、光の現代地球の感覚だった。
ダラクが苦々しく口元を歪める。
「……縄を打てるほどの証拠が無い」
「そんな馬鹿なっ」
光が声を荒げるが、ダラクはため息でそれに答えた。
「家の問題は家で解決する。少なくとも裁きを与えるのは家長だ。だが家長が『そんな事実は無い』と言えば、それは無かったことなのだよ。わたしたちの間ではな」
「……女の子一人、辛い思いをしているってのにですか」
「だから君に頼んでいるのだ。オスカルを殺してくれと」
「なんで俺がっ!」
光の怒りは当然のものだった。
だが、ダラクはそんな光の心情に構わず言葉を続ける。
「もはや”銀の腕”の後継者にオスカルは相応しくないと、トーリン殿が決めたからだ。無論一族の手でケリをつけるのが筋なのだろう。だがオスカルの父親はそんな我が子でも惜しいらしい」
馬鹿げた話だった。
光が聞く限り、自分には縁もゆかりも無い。聞き届ける義理すらなかった。
「だから赤の他人の俺に殺させようと? 馬鹿馬鹿しいっ。なんで俺が手を汚さなきゃならんのです」
暗殺者とは言え、人の命を奪ったその重さは今なお光の心に影を落としている。この世界の人間から言わせれば甘ちゃんのそしりを免れないだろうが、光にとっては譲れない一線であるのだ。
だが、ダラクは諭すような声音でなおも続ける。
「気持ちは分からんでもない。だから報酬として『呪い返し』の援助を行おうというのだよ。そうすれば呪いをかけられたエルフのお嬢さんも、あの勇敢なエルフのお嬢さんも助かる。間違いなくな」
「……あんた、それでも聖職者かよ。第一俺はどうなる? オスカルは表向き罪を冒してないってことになっているんだろ? それを殺したら俺が罪に問われる。そんなのまっぴら御免だ」
絞り出すような光の台詞は、再び穏やかな声によって遮られた。
「そうはならんよ。君の身の安全は神殿が責任を持って保護する。モランディーンの右腕にかけてな」
どうだか。
光は内心舌を打つ思いだった。一応光は国王の名代としての権限と立場を得ている。ある意味治外法権を持つ外交官にも等しい。そんな立場に何かあれば国際問題になるだろう。
もっとも、それがこの食えない大司教の耳に入っていればの話だが。
「……とりあえず考えさせて下さい」
今の光はそれだけ言うのが精一杯だった。
※※※※※※
賢明な返事を期待している。
そんなダラク大司教の声を背に執務室を辞した光は、陰鬱な心持ちで真琴達が向かっているはずの資料室へと足を運んでいった。
おそらくダラク大司教がオスカル暗殺に乗り気なのは、異教徒ならぬ邪教徒に対する見せしめの意味合いもあるのだろう。
もっともオスカルが、そうあっさり殺されてくれようなタマではないことくらい分かっているだろうが。
そういう意味ではよそ者の自分は鉄砲玉としては最適ということだ。ただ、せめてその弾の代金が洒落にならないくらい高くつく事を思い知らせてやらねばならないが。
そんなことを思いながら資料室門をくぐると、真琴が自分の身体ほどあるような巨大な本を前に、タブレットPCのカメラを使いなにやらページを撮影していた。
身を乗り出して撮影しているため、ミニスカートの端からちらちらと下着が見えている。
相変わらずの無防備ぶりにため息をつくと、光は疲れたように声をかけた。
「真琴。どうにか分かりそうか?」
熱中していたのかそれを聞くと驚いたように真琴の身体が跳ねる。
そして慌てて光の方を向くと、ようやく安堵したようにため息をついた。
「もーびっくりさせないでよ」
「驚かせるつもりは無かったんだがな。悪かった。それで、儀式の方法は?」
「一応資料は見せてもらったよ。ただ……」
「ただ?」
「文字が読めない」
はい? と光は思わず尋ねてしまった。
真琴が読んでいた書物を見ると、確かに金釘で引っ掻いたような無骨な文字が並んでいる。おそらくドワーフの文字なのだろうがさっぱり読めない。
「参ったな。どうしようか」
考えて見れば異世界に来ているのだ。指輪の力で話は通じても、読み書きが出来るわけでは無いことに今更ながら気がつく。
これは致命的だった。
「でさ。写真撮ってダルゴ君に読んで貰おうかと思って」
「ああ、なるほど」
専門的な知識は期待できそうも無いが、読み書きだけなら大丈夫そうだと思える。
ただ、中世の世界だと識字率は低そうなので、万が一も考えておかねばならないだろうが。
「ところで先輩はあの偉い神官さんと、何の話ししてたの?」
光はそれを聞いてかなり迷ったが、心に秘めていても仕方が無いと考え正直に話した。
果たして、真琴の顔が嫌悪に歪む。
「なにさ、それ。それ単に自分達の手を汚したくないから、先輩を道具にしようってつもりなわけでしょ? ほっとけばいいのよ。何の義理があるってのさ」
「でも、お前の負担が軽くなるかもって思うとな」
それを聞いて真琴は腰に手を当て本気で怒った。
「見くびらないで。そりゃ一人じゃ頼りないかもしれないけどさ、そんな人達と協力なんてそれこそ不安だよ。いっそ一人でやった方が清々するくらい」
「でもよ……」
それでも光は不安だった。『呪い返し』の儀式の危険性を考えると、いっそエルレインを見捨てるという選択肢も考えられるのだ。自分が犠牲になるならともかく、真琴が犠牲になるのはどうあっても許容出来るものでは無い。
それに方法は一つではない。ザクールの情報待ちも視野にいれて良いのだから。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか。
ペチンと間抜けな音を立てて光の頬が鳴った。
「大切に思ってくれるの嬉しいけど、あんましかっこ悪いとこ見せないでくれる? あたしを信用して、どっしり構えてくれればいいからさ」
そして真琴が頬を染めてついばむような軽いキスをする。
その後離れると照れ臭そうに微笑んだ。
「大丈夫。まーかせて」
敵わないな。
光は諸手を挙げて観念する。
結局のところ、光に残されたのは祈ることだけだった。
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