第65話 友のためならば②
威厳という言葉を人の姿形で例えるのなら、この壮年のドワーフを見ると良い。
その人物はそれほど迫力と慈愛という一見反対に見える印象を見事に調和させ、堂々と立っていた。
「こ、これはダラク大司教猊下」
初老の神官が慌てて頭を垂れる。
(また、いきなり大物が出てきたな)
大司教と言えば、かなり階梯の高い地位にある。それこそ大きな町の神殿の一つを任せられるくらい。
ここはチャンスを活かさねば損だと思い、
ただ、マリオンだけが「マスター。何をしているのですか」などと状況が分かってなさそうな事を言っていたが、そこはあえて無視した。
言い訳は一応考えてあるので問題ない……はずだ。
幸いにしてマリオンの事は追求されなかった。それどころか染み入るような魅力的な声で「楽に」と一言言って、光達を立たせる。
ちと大袈裟だったが、対応としてはまぁ及第点かという感触だった。
なぜならダラクと呼ばれた人物が苦笑いしていたからだ。
「他種族から最大限の敬意を払われるとは、わたしも偉くなったものだ。ましてエルフからとは、な」
そう言って忍び笑いを浮かべるのも実に様になっている。あるいは下心まで見抜かれたかな? と心配していたら、流石にそこまではいかなかったようだ。
「ところで何を騒いでいたのかね? 呪いがどうこうと物騒な言葉が出てきたが」
多少は聞こえていたらしい。光は真琴が持っていたダルゴの父ダインの紹介状を受け取って、それを手渡す。
「ダルゴを庇って傷付いたエルフの女の子が、呪いで死を待つ身となってしまいました。期間は保って三日……いえ、もしかしたら二日あるかどうか」
ダラクと呼ばれた大司教は、光の話を聞いているのかいないのか、黙って書状に目を送りつづけた。
光達にとっては長い永劫とも呼べそうな時間が過ぎたとき、ようやくダラク大司教は書状を巻き、傍らに控えていた若い待祭のドワーフにそれを手渡す。
「話はわかった。ダインとは幼友達でもあるし、頼みを聞いてもよい」
「じゃあっ!」
喜び勇んで子犬のように食いつきそうな真琴を手で制し、ダラク大司教は言い聞かせるように尋ねてきた。
「ただ、儀式には丸一日かかるぞ? それまでに取得できるのかね。それ以前に儀式に必要な触媒や人手はどうする気かな」
「そ、それは……触媒ならありますし、儀式もあたし一人でなんとか……」
それを聞いて「分かっていない」とばかりにダラクは
「たしかにエルフは魔術の才に溢れた種族であることは、わたしも認めよう。だが呪いを返すということはリスクが伴う」
「リスク? なんですか、それは」
魔術にはとんと縁が無い光には、術士の感覚というものが分からない。リスクが高いと言われても、「大変なんだろうな」位の意識しか無いのだ。
ただ、恋人にかかる負荷次第では考え直す必要がある。自分の命ならともかく、真琴の命がかかっているのなら、ダルゴへの友情を天秤にかけるとその
薄情と言われようとそこは譲れない光であった。
「呪いと立ち向かうと言うことは、魔術師どもがいう『アストラル界』から呪いを受けている対象に、攻撃をしかけている『悪霊』やその他の『この世ならざるもの』と、同じ土俵で戦わなくてはならない。さてここで問題だ」
ダラク大司教はため息をつくように教え諭す。
「一対一と一対多。どちらが勝ち目があると思うかね?」
実に単純な話だった。
「ちなみに、そのアストラル界? での戦いに負ければどうなります?」
「良くて霊障を受ける。まぁ呪いの対象が増えるだけだな。最悪は死に至ることになる」
それを聞いて、光はゾッとした。真琴が居なくなる人生なんて、今は考える事も難しい。
それが現実のものになるなど、考えたくもなかった。
「ちなみに『呪い返し』の儀式を知っているのもやれるのも、わたしを含め三人といまいよ。それ以上に、こう言ってはなんだがエルフの為に命を
再び染み入るような魅力的な声でそう説得されると、心が揺らいだ。このドワーフの大司教は私心無く善意で言っているのだ。それに抗うことは今の光には難しかった。
だが、相方は違った。
「それでも良いですっ、方法を教えて下さい!」
「真琴っ!? お前、今の話聞いて……っ!」
でも、涙目になってこちらを見返してくる真琴の視線を受けると、なにも言えなくなった。
そこには覚悟があった。どうあってもエルレインを助けるという覚悟が。
「大丈夫だよ。ゲームでもあたし結構上手くやってきたんだし、喧嘩なら負ける気がしないね!」
「ゲーム? 喧嘩?」
それを聞いてダラク大司教が怪訝そうな表情になるが、真琴は「あ、何でも無いです。こっちの話」と何でも無いように誤魔化す。もっとも成功したとは言い難い感じだったが。
「まぁいい。モランディーンの右腕にかけて、そこまでの決心が有るのなら教えてしんぜよう」
「やった! ありがとうございますっ!!」
真琴は迷惑そうに眉をしかめるマリオンに構わず、その手を取って無邪気に飛び跳ねていた。
呆れとも困ったようにも見える複雑な表情でその様子を見ていた光に、ダラク大司教が近付いて来て、ポツリといった風に尋ねくる。
「君は剣士のようだが、人を殺した事は?」
「そりゃ……あります」
光はあの襲撃のことを良く覚えている。二人も殺した。その事実は変わらない。
「ならば、儀式を成功させるのに必要な人材をこちらで揃えようではないか」
「……一体、俺に何をさせる気で?」
光はダラク大司教の言葉に不穏なものを感じた。そして、そういう悪い予感というものは往々にして良く当たる。
「人を殺して貰いたい」
果たして、その返事は聖職者とは思えぬ依頼だった。
「対象は……オスカル・ウンガルド・ヌゥーザ」
その名を聞いて、光は胸が弾けるかと思うくらい驚いた。
「そう……異界の神に魂を売った、ヌゥーザ一族の狂人だ」
そう言ったダラク大司教の瞳には、昏い影が宿っていた。
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