第64話 友のためならば①

「……ねぇ、先輩」

「なんだ」

「宗教家って、儲かるのかな?」

「……知らん」


 ドワーフの神殿に来たみつる達の感想の第一声が、罰当たりなことにこの台詞だった。

 建築物にも造詣が深いドワーフ族らしく、勇壮ながら豪華絢爛とした造りになっている。

 床や柱は大理石だし、そこかしこに黄金の細工が散りばめられていた。

 北欧神話でのドワーフ族は、不思議な道具を造ることが出来ると同時に、極めてーいっそ病的にと言ってよいがー黄金に執着しているという記述があったのを覚えている。

 そしてそれを証明するかのように、ドワーフ族が崇める鍛冶の神モランディーンの偶像は金ピカの偶像であったのだ。はっきりいって眩しくて品が無い。

 とはいえ、奈良の大仏も今でこそわびさびを備えた風格のある色合いだが、建立当時は金泊を貼って金ピカだったと言うから、人様の事を言えた義理では無いが。


「おや珍しい。この神殿になにかご用で?」


 光と真琴まことがボケッと神殿を眺めていたら、いかにも好々爺然とした声が聞こえてきた。みるとドワーフにしてはやや細身な初老の男性がニコニコとした表情でこちらを見ていた。


「あ、神殿の方ですか? あたしは、えーと。巡礼中の聖騎士パラディンなんですけど、お祈りさせていただけないかなーと」

「巡礼の聖騎士? エルフのあなたが?」

「あ、はい。……おかしいですかね?」


 確かにゲームでもエルフは筋力と耐久度に劣る種族だから、神官クレリックはともかく聖騎士はめずらしい。真琴がビジュアル優先でビルドしているのと、攻撃も頑張りたいというのでこういう形になったが、いささか趣味的な感は拭えなかった。


「いえ、まぁ……そういう御仁がいても不思議はないかと。しかしよろしいので? わが神モランディーンとエルフ族の神ルナアマーレは対立しているのはご存じのはず。まさか改宗でも?」

「あ、えーと。そ、それはですね……っ」


 振り向いた真琴の顔には「先輩助けて」の文字が大書されていた。

 仕方が無いな、と光は真琴の側に行って、おもむろにその胸元に手を突っ込んだ。そしてペンダント状の聖印を引っ張り出して見せる。


「あ、こいつ改宗して今は太陽神ラームの信者なんですよ。亭主の俺がラームの信者なもんで」


 なぁ? と、気安く真琴の肩を抱くと、相手は納得したらしい。


「そうでしたか。それでモランディーンの祝福を?」

「はい。道中の安寧と、加護を賜りたく」

「よろしいでしょう。こちらへ」


 初老の神官と思しきドワーフは、光達を案内してくれた。


「寄進をどうぞ」


 寄進? と言われてみたら、偶像の前に賽銭箱のような物があった。

 見れば旅の巡礼者や、地元のドワーフ達が銀貨や銅貨などを投げて祈っている。

 さて、自分達の分はと財布代わりの巾着を開けてみたら、大判の金貨しかない。

 両替でもしておけばよかったかなと今更後悔するがもう遅い。光も真琴も太っ腹にもままよと大判金貨を喜捨した。

 初老の神官や他の信者は目を丸くして驚いていたが、この際無視する。

 そして見よう見まねで祈るが、問題が起きた。


「そこの銀髪のお嬢さんは祈らないんですかな?」

「なんでわたくしが、神なんぞに祈らなければならないのです」


 光はそれを聞いて頭を抱えた。


「マリオン! 神様の前だぞっ、お前もちゃんとお祈りしろ」

「マスター。これは単なる置物ではないですか。別段神本体では無いのですから、祈るだけ無駄かと」


 それを聞いて周囲がざわめく。マリオンの言っていることは不敬どころか偶像崇拝そのものに対する反逆行為だ。案の定というか、初老のドワーフも頬を引きつらせていた。


「ああ、すみませんーっ! こいつちょっと心に傷を負ってまして、つい失礼な事を……」

「マスター。わたくしはいたって正常です」

「お前はだーとれっ! このポンコツっ!」


 光が慣れない口八丁で誤魔化そうにも、このエロイドはいったいなにが悪いのかと、怪訝そうな顔をして周囲の不信感をあおる。


 ここにいたって、最早術は一つしか無い。


「これ、お気持ちですが……」


 と、大判金貨をさらに追加する。


「よかったらこの子の安寧を祈っちゃくれませんか」


 それを聞いて、初老のドワーフの神官は慈悲深い笑みを浮かべ、マリオンのために祈ってくれた。マリオンはそれを見て「なにやってんだ、こいつ」みたいな態度を取っていたが、光に頭を押さえられ、深々と頭を下げることになったのだった。



※※※※※※




「『呪い返しの儀式』が知りたい……ですか」


 初老の神官は難しい顔をしていた。


「あれは神殿でも秘伝の術法とされておりますれば、よほど高位の方の許可が下りなければ、お伝えする事は叶いませんが」

「そこをなんとかっ! 友達のためなんですっ、教えて下さい!」


 それでも真琴は食い下がって離れない。


「ほ、ほらっ。ヌゥーザの一族の長の人からの紹介状もあるんですよっ!」

「といわれましてもなぁ……」


 初老のドワーフが困ったように顎髭をいじっていたが、それ以上は何も言わない。

 おそらくだが階梯が足りていないのだろう。みるからに質素で高位の聖職者には見えなかった。

 このまま押し問答になりそうな、その時だった。


「一体何事かね?」


 いつの間に来ていたのか一人の壮年のドワーフがそこに立っていった。

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