第48話 月下の人形劇②

「……なんですか? あの奇妙な巨人は」


 めポーズを取る巨大人形ミケーネスZを見て、ザクールが呆れたような驚いたような奇妙な声を漏らした。


「ここの迷宮の主が作った、最強の戦闘人形だと」

「……ほぅ」


 それを聞いてザクールの表情が興味深げなものに変化する。


「……ミツル様。なんとかしてあの人形を手に入れられないでしょうか」

「はぁ?」

 

 光はその言葉に少なからず面食らった。

 ザクールから積極的に提案や要求をしてきたことなど、殆ど無かったからだ。


「……古代カナン文明の遺物とあればどれ程の価値を持つか。……それに戦力としてもその価値は計り知れない。……あなた方の力さえお借り出来れば、可能かと」

「つってもなぁ」


 確かに変身すれば互角以上の戦いが出来るかもしれない。

 だが変身すると、場合によってはこの世界もろとも破壊しかねないというリスクがあるのだ。

 無論今の段階ならそのリスクは低いだろうが、万が一を考えると変身には踏み切れなかった。

 そんな躊躇が隙を呼んだのか、敵は早速こちらの位置を捉えていた。


『霊子感知器っ、ミケーネスアイズ! ……ふむそこか!』


 そういうとこの暗闇の中、脇目も振らず光達のいる方角へ地響きを立てて襲いかかって来る。


「あれはわたくしの持つ感知機能と同じもの。なるほど、森の中というアドバンテージは活かせないようですね」


 マリオンは冷静に分析しているが、こちらはそれどころではない。


「取りあえず奴を攪乱するぞ! マリオンっ、真琴っ! まずはバラバラに逃げて奴の注意をダルゴ達から逸らすっ、いいな!?」

「りょーかいっ!」

「イエス、マスター」


 その合図と共に三人は巨大人形の方に駆けて行き、その目前で三方向に分かれた。

 マリオンが右。真琴が左。そして光は──


『正面から突っ込んで来るだと!? 馬鹿め!!』


 巨大人形が拳を振り上げ光目がけて叩き付けるが、既に光はその場所に居なかった。

 それどころか高々と飛び上がり、あまつさえ巨大人形の腕に着地して、そのまま肩の位置まで駆け上がって行ったのだ。


『何ぃっ!?』


 驚く巨大人形を無視して、光は腰の刀を抜きながらその切っ先に『力』を込める。


「抜刀術っ、飛燕ひえん!」


 振り抜いた刀から衝撃波が放たれ、巨大人形の眼を切り裂いた。

 痛覚があるのか、巨大人形は痛みに身悶えするように身体をよじらせる。


『がぁっ! お、おのれぃ!!』


 巨大人形は肩にいる光を虫でも払うように、反対の手を伸ばすが既に遅い。

 光は技を放った後、バックステップを踏む要領で巨大人形から飛び降りていたのだ。

 無論普通の人間なら自殺行為だが、強化された光の身体は易々とそれを成し遂げる。

 次いで巨大人形の眼前に、まばゆい聖なる輝きが灯った。

 巨大人形は余りの眩しさに顔を押さえてのたうち回る。


「同じ手って結構効くものだね? お馬鹿さん」


 今度は真琴の聖光ホーリーライトが炸裂していたのだ。

 巨大人形と言っても死霊。効果はてきめんであった。顔面から煙のようなものを吐き出し、硫黄が灼けるような匂いが充満する。


 だが、敵もやられっ放しではない。


『回れ回れ因果よ回れ。回り巡りて有るべき姿に』


 巨大人形が呪文を唱えると、顔を覆っていた両手が輝き、時間が逆転するかのように巨大人形の顔が再生していくではないか。


「あんな姿になっても、魔法が使えるのっ!?」


 真琴が驚くのも無理は無いが、どだい常識等というものをどこかに捨てているような相手だ。なにをやらかしても不思議ではない。


「こうなったら真琴っ! あれ・・をやるぞっ!」

「え? やっちゃうの!?」

「生身のままじゃ話にならん。変身するしかないだろう!」

「わ、わかった!」


 覚悟が決まれば話は早い。

 光と真琴は二人でダルゴ達から離れるように駆け出した。


「マスターっ。個体名マコトっ。一体何を……っ」


 二人を案じるようなマリオンの声すら振り切って二人は森の中を駆け抜けていく。


『おのれ! 待ちくされぃい!!』

「そうだっ、付いてこい! このナイチン野郎!!」

『誰がナイチンかっ!』


 光の『戦士の咆哮ウォークライ』に見事に乗せられて、巨大人形は木々を薙ぎ倒しながら二人に突進してきた。こちらの思うつぼとニヤリと光は笑う。

 だがそれが油断だった。

 元々足元もおぼつかない光量しかない夜の森を、勘と足裏の感覚だけで来たのだ。

 盛り上がった木の根に気づかず、足を囚われて転倒するのは当然といえる。


「しまっ!?」

「先輩!!」


 しかも手酷く足を捻っていまったらしい。痛みの余り立つことさえままならなかった。

 そしてそれを見逃す相手では無い。


『死ねい!!』


 もはや光の身体を手に入れようなどとは思ってないらしく、遠慮のない剛拳を振りかぶった。

 その時。


「先輩っ!!」


 真琴が青い光を放ちながらこちらにやって来るのが見えた。そして自分の身体からも赤い光が漏れ出していることにも。


 一瞬迷うが、光は声を張り上げ両手を広げて恋人の名を呼ぶ。


「来いっ! 真琴ぉっ!!」


 鋼鉄の拳が振り下ろされる寸前、二人は

お互いを求めるように抱き合った。

 そして力ある言葉を叫ぶ。


「「クロス・アバターっ!!」」


 二人を纏う輝きが螺旋状に絡み合い、天地を貫いていく。

 そしてその輝きが爆発するように弾けたとき、現れたのは──


『な、なんだ!?』


 振り下ろされた鋼鉄の拳を受け止める。やはり巨大な黄金の爪を持つ手だった。

 突如現れたもう一つの巨躯が、巨大人形の腕を押し返しながら立ち上がっていく。


『これで勝負は互角だ。覚悟しろよ。この変態リッチが』




 鬼神パイラーヴァが光の声で宣戦布告した。

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