第47話 月下の人形劇①

 それ・・は流麗な曲線を描く装甲で覆われた、一つの芸術品だった。

 しなやかでありながら力強さを備えた四肢。

 逆三角形をした胸は大きく前に張り出し、金色に輝く彫金が施されている。

 頭部には鎧武者のような三日月の額飾りが取り付けられており、厳めしくも雄々しい印象を与えていた。


『ふふふ……はははっ! どうだ見たか驚いたかっ! これぞ我が最高の戦闘人形「ミケーネス」だ!!』


 光は震えていた。


「か……っ」


 眼を見開き拳を握り締め、震えながら叫ぶ。


「かっけぇええーっ!!」

「アホかっ、あんたはっ!?」


 馬鹿なことを言っていたら、後頭部に真琴の拳骨が炸裂した。


「だ、だって巨大ロボだぜ!? 男なら燃えない方がおかしいだろ!」

「百歩譲ってあれが格好良くても、あれは敵なの! て き !! わかってるのっ、先輩!」

『うはははは、もっと褒め称えるが良いぞ!』

「あんたも調子に乗らないでっ、さっさと成仏する!」


 真琴の怒りの矛先はライオネルにも向けられたが、生憎と人の話を聞くタイプでは無かった。


『ではいくぞっ! とうっ!!』


 かけ声だけは勇ましく、よろよろとジャンプしたかと思うと、その全身が禍々しい赤い光に包まれ、巨大人形の胸に吸い込まれていく。


『んんーっフェード・インっ!!』


 そしてついにその光が完全に胸に吸い込まれた時、巨大人形の双眸に凶悪な赤い光が灯る。


『合身! 機動死霊っ、ミケーネスZぉお!!』


 しかも要らぬ事に、合体バンクのおまけ付きだった。


『さぁ、もう謝っても許さんもんね。覚悟するが良い』


 巨大人形ミケーネスZはその巨大な腕を光達に伸ばそうとする。

 光達がそれをかわそうとダルゴ達の元に駆け寄り、二人を担ぎ上げた時、その腕が襲いかかった。

 そのはずだった。──しかし。


『あ、あれ?』


 巨大人形ミケーネスZの手が、寸前で止まった。

 よく見ると、頭部と下半身が格納ハンガーに挟まれており、自由にその巨躯を動かす事が出来ないのだ。


『あ、あと少し……っ!』


 巨大人形は身を屈め、なんとか手を更に伸ばそうと足搔くが、明らかに格納庫の設計ミスだった。あと少しで手が届かない。


「よし今のうちだ。真琴、マリオン。エルレインを頼む。俺はダルゴを連れて行く」


 光の指示に二人は頷くと、両脇からエルレインを抱えて出口の方に向かう。光もダルゴを背負うと一目散に脱出を図るのであった。


『ちっ逃げたか。だがこのまま帰すものかよ。ゲートオープン! ポチッとな』


 巨大人形が壁にある魔方陣に手を伸ばす。

 すると轟音をたてて、その巨躯がリフトアップしていった。

 ──すなわち外部へと。



※※※※※※



「ザクールさんっ! いるか!?」


 ようやくダンジョンから逃れた光と真琴はは、ザクールの姿を探す。

 だが、かなり時間が経っていたのか、森の枝葉の隙間から月光が僅かに降り注ぐだけで、光には殆ど見えない。


「まさかザクールさんになにかあったんじゃ」


 真琴も心配げに周囲を見渡すが、エルフの視力を持ってしてもザクールの姿は見えないようだった。

 だが気付いた者が一人だけ居た。


「わたくしの背後を取るとは何者です」

「……そういうあなたこそ何者ですか」

 

 いつの間にいたのだろう。マリオンの背後に、剣を構えて立っているザクールの姿があったのだ。しかも構えた剣はマリオンの首筋をとらえている。 


「自己防衛モード起動」


 そう言うや否や、マリオンは裏拳でザクールの顔面を打ち据えようとした。

 だがその拳はなぜか空振りに終わり、ザクールの剣がマリオンの首を薙ごうとしたその

時、真琴が咄嗟にザクールの腕にしがみついた。


「待ってっ、ザクールさんっ! この子がこの遺跡のお宝なの! 傷つけちゃ駄目!」


 それを聞いてザクールは怪訝そうに尋ねる。


「……この娘がお宝? どいうことです」

「この子がダルゴ君が言っていた、古代のからくり人形なの」


 これにはザクールも驚いたらしい。どう見ても人間にしか見えないから当たり前だ。


「……話はわかりました。ところでダルゴとエルレインは一体どうしたのです? 様子がおかしいのですが」


 光は一瞬とは言え二人の事を忘れた事を恥じた。


「リッチにエナジードレイン喰らっちまった。正直生きていられたのが不思議なくらいだよ」

「……明かりを」


 ザクールがそう指示すると、真琴が聖光の魔法で周囲を灯す。

 するとザクールが、テキパキと二人の容態を確かめ、深いため息をついた。


「……命に別状はないでしょう。しかし十分な休息と栄養が必要です。この場所では……」


 光はしばし考えると、腰のポーチから二つの小瓶を取り出した。そしてそれをザクールに手渡す。


「……これは? ポーションですか」

「効くかどうかわからねぇが、エリクサーだ。二人に試してみてくれ」


 エリクサーと聞いてザクールは今まで見たことが無いほど驚いていた。


「高価な万能薬ではないですか! それを使うなど……っ」


 エリクサーはゲーム中でも最高の治癒薬であった。

 HPやMPの回復から状態異常の治癒まで万能にこなす。当然価格も高価だったが、光のレベル帯ともなると、もはや常備薬として重宝されていた。

 まぁエナジードレインに効くかどうかまではわからないが、無いよりはましだろう。


「高価でも、使うべき時に使わないと何のために持ってるのかわからないからな。後は頼む」

「……後は頼むと言われても。もう目的は果たしたのでは?」


 だがその時、地鳴りが響いてきた。


「……何事ですか」

「ラスボスのお出ましだよ」


 そして地鳴りがピークに達したと思った瞬間、森の地下からそれ・・はせり上がるようにその威容を現わす。


『ふははははっ! 機動死霊っ、ミケーネスZっ!! 出 陣 っ!!』




 おとこの浪漫の名を借りた、馬鹿者のご登場だった。

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