第49話 月下の人形劇③

 鋼鉄が軋み合う甲高い音が、静寂なる死の森に響き渡る。

 その森の中、木漏こもれた月光に照らされて、二体の鋼の人影が対峙していた。


『き、貴様!? その姿は!!』


 拳を掴まれ、じりじりと押しやられていく巨大人形が叫ぶ。


『こっちも人形だよ。ただしっ、神様が作った人形らしいがなっ!!』


 一方で紫がかった黒の装甲を纏った鬼神は、巨大人形を押しやりながら立ち上がっていった。

 力の差は歴然。鬼神パイラーヴァの圧倒的な力は、重装甲の巨大人形の拳を鈍い音を立てて握り潰していく。


『馬鹿なっ! 我らがカナン帝國を滅ぼした「神形機ディヴァーター」が何故ここにっ!?』

『なに?』


 初耳だった。まさかカナン文明の滅亡に、自分達の世界の神々が関与しているなど。


『どういう意味だ!』

『うるさい! 「あの方々」を迫害しっ、滅ぼさんとした異界の邪神の眷属が!』

『てめぇっ、一体何をどこまで知っている! 答えろ!!』


 確かに多神教の神々は、いわゆる善悪を越えた価値観の持ち主であることが多い。

 特にヒンドゥーの神々はそれが顕著で、中には邪神とでも言っていいほど苛烈な神がいるのも事実だ。

 実際みつるの中に居るシヴァ神にしろ、真琴の中に居るパールバティにしろ、破壊と殺戮を司る一面を持っている。

 だとすると、一概に相手の言うことを否定は出来ない。自分達はこの世界の侵略者と言われても仕方が無いのだ。

 だが、生憎と相手は人の話を聞く耳を持っていなかった。

 

『燃えよ 燃えよ 鬼火よ 燃え狂いて汝が敵を焼き尽くせ!』


 握り潰されようとした拳から、紫の炎が燃え上がり、鬼神パイラーヴァの手を焼いていく。


『がぁっ!?』


 焼かれると言うよりも噛み砕かれるような痛みが走る。その痛みで鬼神みつるは思わずその手を離してしまった。


『どうだ。死者の牙の味は!』


 巨大人形は握り潰された手を修復し、大きく両手で円を描く。


『餓鬼魂召喚! そら、贄はここにありっ。存分に食らいつくせ!!』


 すると描かれた円の中から無数の青白い炎が現れ、巨大な顎となって鬼神に襲いかかり、食らいついて来た。

 腕と言わず足と言わず、全身を青白い炎が貪り喰らう。

 なまじ感覚があるため、全身を焼き食い尽くされる激痛は耐え難いものとなっていった。


『くぅっ! ほ、聖肌ホーリースキンっ!!』


 それでも真琴は耐えて抗魔の呪文を唱える。

 その清浄な輝きに包まれ、餓鬼魂は昇華されていった。


『ふんっ、舐めないでよねっ! こちとら死霊相手のエキスパートなんだから!』

『ならばこれはどうだ!? 唸れ! ブーストパーンチ!!」


 巨大人形がその両腕を突き出すと、肘の辺りから炎を吹き出し、あろうことかその腕が飛んできた・・・・・

 そしてその両腕が鬼神パイラーヴァの胸部にある女人像フィギュアヘッドへと炸裂する。


『がぁあああ!?』

『きゃあああ!!』


 尋常な痛みでは無かった。まるで鋭敏な部分をハンマーかなにかで殴られたような、言葉にならない激痛が走る。


『くははははっ! 知っているぞ。貴様らの最大の弱点が、その女人像だということをな!』


 女人像フィギュアヘッド、すなわちシャクティジェネレーターは確かに『神形機ディヴァーター』最大の急所である。だがまさかここまで激痛を感じるとは思ってもみなかった。


『くっ……この野郎。調子に乗ってんじゃねぇぞ!!』


 鬼神は空中に十字を切った。その空間が裂け、その中に右腕を突っ込む。


『こい! 小烏丸!!』


 すると裂けた空間から一振りの白い刀が取り出された。


『お前の攻略法はわかってるんだ。こいつでケリをつけさせてもらうぜ!』


 鞘を腰のフックに取り付け、素早く抜刀する。

 だが、それを見て巨大人形は嘲笑った。


『ふはははっ! 弱点を看破された事で、いささか血迷ったか』

『なんだと!?』

『この場所で、剣などというものを抜いたのがその証拠。ここをどこだと思っている』


 見回して巨大人形が言っている意味を理解した。

 ここは森の中。生身の大きさなら問題は無いが、巨大化したこの刀では敵を切り裂く前に、木々に当たってしまう可能性がある。

 無論太刀筋を工夫すれば良いだけの話だが、そうなると軌道が限定されて相手に読まれ易くなってしまうのだ。


『しかもこの森の樹木には面白い特性があってな。その樹液には物を腐食させる効果があるのだよ。すなわち、斬れば斬るほどその剣はなまくらになっていくという寸法だ。いかがかね?』


 巨大人形は肩をすくめて嘲笑うかのように挑発する。


『では、続きと洒落込もうか?』



 それは敵の勝利宣言だった。

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