第24話 袖振り合うも多生の縁③

「……それで、人の話もろくに聞かず、飛び出していった結果がこれですか」


 責めるとも、呆れるともつかない口調でそんな事を言っているのは、おっとり刀でやってきた、みつる達の道案内役兼監視役の青年、ザクールであった。


 今野盗達は、運の良い者は逃げ、大多数の不運な者は旅の護衛役や荒事師の剣の錆になるか、懸賞金が付いている大物は生け捕りにされるかしている。

 ザクールもまた、どこから連れてきたのか結構な規模の警邏けいら部隊をひきつれ、事態の収拾を図っていた。逃げ出した野盗達もこの分ではそう多くは逃げられないだろう。因果応報、自業自得である。

 光はそんな喧噪をぼんやり見つめながら、真琴の治療を受けていた。


 とにかく見るにえない。いくら悪事を重ねて来た連中とはいえ、目の前で一方的に鏖殺おうさつされているのを見るのは。

 それがこの国、ひいてはこの世界の常識なのだとザクールに言われても、胸糞悪さは消えなかった。

 そしてこちらの被害はというとザクール曰く「軽微」なものであったらしい。

 ただ、沈痛な真琴の表情を見る限りは、鬼籍に入った人々も少なくないと分かる。

 だから不貞腐れるように言った。


「俺達が介入しなけりゃ、もっと大勢の人が死んでた」


 しかし、それは自分自身に言い聞かせているような言葉でもあった。


「……確かにヴォーグ兄弟を射止めた、その手腕には敬意を表します。……マコト様の治癒の技で命を救われた者も、決して少なくはありません」


 ヴォーグ兄弟、あのオーク鬼とハーフ・オークはそれなりに有名な賞金首であったらしい。

 だがザクールの口調には、言葉とは裏腹に敬意というものは感じられなかった。

 そのオーク達と言えば、オーク鬼の方は、光まで殺そうとした戦斧使いの少年が、賞金獲得の権利を主張し、警邏の隊員と何やら揉めていたし、ハーフ・オークの方は手枷、足枷を付けられ、虜囚の身となっている。


 それを見ていると「勝った」「救えた」という達成感はなく、自分は『人』と命のやり取りをやっていたのだなと、そんな肝が冷えるような疲労感を覚えていた。


「……そんな有様で、黄金龍を倒すなどとよく言えたものですね」

「倒すんじゃねぇ。救うんだ」


 そこだけは譲れない光だった。


 ザクールは「勝手にしろ」とばかりにそれっきり口を開くのを止めることにしたようだ。

 警邏隊長の指揮の下、次々と討伐されていく野盗達を、なんの感情も持たない瞳で見つめている。


 やがて治療を終えた光はのろのろと立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。野盗達の悲鳴や怒号、助命嘆願の声が聞こえて来るのに耐えられなくなったのだ。

 その時だった、光をひき止める声が聞こえたのは。

 その声の方を向くと、光が最初に救った丸々と太った商人らしき男が立っていた。


「この度は私どもを助けていただき、まことにありがとうございました」


 涙を浮かべ、そう言って頭を下げてくるその商人は、感謝に堪えないといった様子であった。


「ここで知り合ったのも何かのご縁。次の宿場町までご一緒にいかがでしょうか? お礼もしたいですし、恐縮ですが護衛も兼ねていただきたいと。無論、報酬はご用意いたしますので」


「いかがでしょうか?」と目で訴えかけてくる商人を前に、何故か涙が出そうになる光であった。




「それで、お二人は霊峰オールウェンまで一体何をしに行かれるので? 今あそこは黄金龍『デュラントー』が暴れ廻る危険な場所ですが」


 道すがら商人──この国の大商会に所属する行商人という触れ込みだったが、その男が旅の慰めにと話しかけて来たので、ポツリポツリと身の上を話していた。

 もっとも、ザクールの入れ知恵で、自分達が異世界人だと言うことは伏せておき、大陸の東側からやってきた流浪の剣士という触れ込みにしていたが。


 驚いたのは、先程出会った珍妙な二人組の男女まで一緒だったことだ。

 聞けば先にこの商人の護衛を務めていたらしい。

 もっとも、護衛と言いながら守るどころか、賞金首を追っていたというから呆れる。

 その為商人の不興を買ってしまっていたが、賞金首のオーク鬼から賞金をそれなりに手に入れているらしく、商人の荷馬車の荷台に腰掛け、ほくほく顔で賞金を数えている。


「そこに腕利きのドワーフ族がいると聞きましてね。俺の刀を一振り鍛え直して欲しいと思いまして」

「おお、もしやヌゥーザの一族に? 彼らに仕事を頼むとは、一体いかなる名剣宝剣の類いでありましょうか。落ち着いたら是非拝見したいものです」


 それを聞いて短躯の少年が嘲るように笑った。


「よぅ、兄ちゃんよい。一体どんな剣なんだよ。ウチ……じゃなくてヌゥーザの連中は、よっぽどの業物じゃねぇと、見向きもしねぇよ? そんなご大層な代物持ってンのかよ?」

「テメェにゃ関係ねぇ」


 ブスっと言い返す光であったが、正直見せびらかして驚かそうかと思わないでもなかった。

 だが、止めることにした。どのみち町でお別れの身だ。第一見る目がないのなら、逆に馬鹿にされそうなので、黙っておくのが得策だと思える。


 そんな光の態度にカチンと来たのか、戦斧使いの少年が更に挑発を続けてきた。


「へん、どこの遍歴のお坊ちゃまか知らねぇけどよ、いくら金積んでも、なまくらを宝剣にはしねぇよ? あいつらは」


 いい加減黙れと言おうと思ったその時だった。

 

 ゴゲシっと、いい音が鳴り響いた。


「な、何するんだよっ! エル!!」

「せからしかね! さっきから聞いちょれば嫌味ばっかっ。ウチ、そげん女の腐ったごたるような男に嫁入りするごたつもりはなかよ! 好かん!」


 長身の少女が手にした杖で相方を殴り、ツンとそっぽを向く。


「そいに、ウチの名前はエルじゃなか、エルレインち立派な名前があるモン」

「わぁーたよ。エル」

「人の話ば聞いちょったね!? わりゃぁ!!」


 そして光に向かって深々と頭を下げる。


「ワタシ、の、パトナ。失礼いいマシた。ゴメンなさイ」


 口調が代わって聞こえてくるのは、彼女が慣れないという大陸共用語で話しているせいだろう。


「それにしてもさ。あなた達一体どういう関係?」


 それまでハラハラと言った様子で少年と光のやり取りを聞いていた真琴であったが、少女のの発言にやっと落ち着いたのか、そんなことを聞いてくる。


「んー話セば、長クなりマスが、ワタシとこの子、ダルゴとは、将来を誓イアタ仲でス」

「へっ!? ってことは?」

「ハイ。婚ヤクシャです」


 これには光も驚いた。なぜなら。


「おい、団子。じゃなくてダルゴだったか」

「わざと間違えやがったな!? この女男!!」

「んなコトより、お前、もしかしなくてもドワーフ族じゃねぇのか?」


 ダルゴと呼ばれた少年は、腕を組み鼻息も荒く返事をする。


「見てわかんねぇのかよ? この田舎モン」

「んで、そっちの女の子はどう見ても……」


 エルレインと名乗った少女はニコニコとして返答した。


「ハイ。ワタシ、イワゆる『星ノ民』エルフです。アナタの奥サンと同ジね」


 これには光だけで無く、真琴まで息を飲み込むように驚いている。


「じゃぁ、お前ら。ドワーフとエルフで……?」

「結婚すんの、悪いかよ」


 ダルゴはブスッと口を尖らせて、エルレインは頬を染めてニコニコと。

 幸せオーラを放つのであった。

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