第17話 確執

『んで、そのドワーフの地下都市てのは?』

「その前に、元の姿に戻らんか。首が痛くて仕方が無い」


 思わず手に入れた新情報に、鬼神みつるが身を屈めてゴードウェンに詰め寄ると、当の偉丈夫は怯む事無く鷹揚に命じる。

 これは人の上に立つ者としての癖のようなものだろう。

 みつる真琴まことも別段彼の部下というわけではないが、基本的に年長者には敬意を払うべしと教えられ育ってきているので、反発する理由も無かった。


『んじゃ、失礼して。「リクロス・アバター」』


 解除の言葉を口にすると、変身するのにあれほど苦労したのが嘘のように、あっさりと変身が解かれる。


「取り敢えず、立ち話もなんだ。茶でも振る舞うゆえ、わしの執務室まで来い。詳しくはそこで話してやる」


 そう言うと、顎をしゃくり「ついてこい」とゼスチャーを送る。

 光と真琴は顔を合わせると、お互い頷いて老武将の後に続くのであった。




「ま、何も無いが、楽にいたせ」


 通された執務室には、華美という物が一切感じられなかった。

 壁のあちこちには地図が貼られ、書籍棚には今までの報告書の控えでもあるのか、簡素に製本された資料が並んでいる。

 あと、飾りらしいのが武人らしく武具だったが、これも実用一辺倒の代物で、芸術品としての価値はあまり有りそうに見えなかった。


 そんなことを思いながら、キョロキョロと落ち着き無く部屋を見回していた二人だが、老侍女メイドが持ってきた茶の香りに我に返り、自然と居住まいを正す。


「どうぞ、ご賞味あそばせ」


 そう穏やかに笑顔で勧めてくる老侍女の言葉に流されるように、二人は上品な磁器のカップに口を付けた。

 そして一口飲んで驚いた。


「やだ、美味しい」

「そうか。美味いか」


 真琴の言葉通り、出された茶はそれ程美味かった。

 風味は紅茶に似ているが、茶の色が紅茶より更に赤く、スッキリとした爽やかな甘みが広がって、今まで飲んだことが無い味だった。


「旦那様の茶道楽に付き合って、もう40年……にもなりましょうか。ようやくお客様に出しても恥ずかしく無いものを煎れることが出来るようになったと自負しておりますよ」

「要らぬ事を言わんでも良い。エリー」

「これはご無礼を」


 そう言ってはいるが、エリーと言われた老侍女の声に反省の色は無く、むしろ愉快そうな響きを持っていた。


 一体どういう主従関係なのだろう?  ただの主人と侍女というにしては、あまりに気安い印象を受ける。

 それに気が付いたのか、ゴードウェンは目でじろりと威圧して、先んじるように説明した。


「エリーとは乳兄弟でな。儂の姉のようなものだ。それだけの事よ」

「あら、旦那様。旦那様がご幼少のみぎり、エリーにプロポーズして下さったこと、今でも覚えておりますよ?」


 その言葉に、ゴードウェンは思わず咳き込み、恨むような視線を送る。


「儂をからかってそんなに楽しいか? 姉御殿」

「楽しいですとも、昔から手のかかるやんちゃ坊主様」


 そんな風にやりとりする二人には、主従関係以上の何かを感じさせるものがあったが、不思議と男女のそれを想像するのは難しかった。


 だが、と光は思う。

 自分にもそんな存在がいた気がする。男女の仲では無いが、真琴とはまた違った存在が居たような。そんな気がしてならないのだった。


「それはともかく、ドワーフ族の地下都市とそこの職人の事であったな」

「ええ、お願いします」

「聞かせて下さい」


「うむ」とゴードウェンは頷き、更に一口茶をすすって訥々とつとつと語り始めた。


「もう500年は昔の頃と聞くが、この国が建国出来たのは、当時未だ一介の戦士であった始祖王に、『龍殺しの剣』を授けたのがかの国に住まうドワーフ族だったゆえと言う逸話が残されておる」

「俺達の世界でも有名ですからね。ドワーフが総じて優れた職人ってのは」


「ほう」とゴードウェンは感嘆のため息をついた。


「神世の世界でも、ドワーフの見事な技は伝聞として有名であるか」

「ええ、わりと」


 ゴードウェンは再び口を湿らせ、言葉を続ける。


「そして始祖王は、この地を支配する邪龍をその剣をもて打ち倒し、この国を興したそうだ」

「じゃぁ、そんな凄い剣を造れるのなら、先輩の神刀を強化、鍛え直す事も出来るってことですか?」

「現に今でも存在しておる」

「へ?」


 真琴だけでなく、これには光も驚いた。この世界のドワーフ族というのはそれほど長命なのだろうかと。


「言っておくが、ドワーフ族といえど500年もの寿命を持つわけではない。正確にはその『技』を伝える一族がな」

「その一族の名は?」

「ヌゥーザ……『銀の腕』を意味する一族だ。だが、心しておけよ? 気難しい一族が故に」


「特に」と言葉を切って、ゴードウェンはちらりと真琴を見た。


「かの一族はどういうわけだか、他のドワーフ以上にエルフを毛嫌いしておる」

「やっぱり、この世界でもエルフとドワーフって仲が悪いんですか?」


 真琴が心配そうに尋ねると、ゴードウェンはあっさり「悪いな」と言ってのける。


「だが、かの一族はそれ以上と聞く、むしが好く好かぬの話どころではない。あれはもう憎悪に近いな。何があったかは知らぬが」


 それを聞いて、真琴が困った様に光を見つめる。理由はただ一つ。今の真琴はエルフだからだ。

 光達はゲームのキャラクターの能力を獲得している際に、どうやら種族まで変化してるらしい。

 光の持ちキャラ『義経』は人間キャラだったから、今の光に殆ど種族的な特徴を受けていない。

 だが、真琴の持ちキャラ『ラピス』は種族がエルフであったため、真琴もエルフの種族的な特徴を受け継いでいるのだ。


「エルフを女房に持つ、男か女か分からん貴様の頼みを聞いてくれるかどうか」


 ゴードウェンは深いため息をついて、残った茶を一気に飲み干す。


 ──問題は、まだ続くようだった。

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