第16話 一縷の希望

『それで? 次は武装の事でしたね』

『ああ、頼む。一体あの武装はどこから調達してたんだ?』

『っていうか、敬太君が倒れちゃった時、敬太君達と同じように、武装も消えていたみたいだったけど』


 二人の言葉に、敬太はしばし考え込む様な仕草を見せたが、ややあって「実際に見て貰うのが早い」と言って、指先で空中に十字を切った。

 するとどうだろう。空中に十字の『切れ目』が発生し、混沌とした輝きに満ちた空間が現れる。

 敬太は躊躇無くそこに腕を突っ込み、やがて一本の剣を取り出した。


『「クラウソラス」……僕の自慢の武器です』

『「クラウソラス」だとっ!?』


 驚く鬼神みつるに気を良くしたのか、巨神敬太は鼻息の代わりに、蒸気をプシューっと放つ。


『はい。僕がゲーム内でゲットしたアイテムです』


 ちなみに「クラウソラス」の元ネタはケルト神話に出てくる宝剣の名前だが、光達が遊んでいたオンラインゲーム「ヴィクトーニア・サガ」の中では『聖』属性を持つ、レアリティの極めて高い、文字通り聖剣として扱われている、前衛職垂涎のアイテムとして有名だった。

 ただ、入手難易度が極めてというか、事実上困難言われているほど高い代物でもある。

 敬太が自慢したがるのも無理は無かった。


『敬太君の武器が凄いってのは分かったけどさ、それどうやって取り出したの? そもそもなんでそんなに大きくなってんのさ』


 その言葉を聞いて、敬太は肩をすくめてみせる。そして返した言葉がこれだった。


『僕たちにも、よく分かってません』

『へ? なんでさ』

『この姿になった時、自然と分かったんですよ』

『てかさぁ、武装の方法もだけど、変身の仕方までこうも分からない人って、初めて見たわ』


 相変わらず美久の挑発的な台詞を浴びながら、光は疑問に思わずにはいられない。

 何故こうも変身に手間取るのか。転移者なら誰でも分かるという事が、何故自分達には伝えられていないのか。

 だが、どう頭を捻っても答えが出るわけでは無いのだ。

 試しに敬太がやって見せた様に、宙に十字を切る。が、指先が空を切るだけで、相変わらず何も起こらなかった。


『そうだなぁ……光さん、空中に薄い紙が貼られていると想像して、それを指先で切り裂くイメージでやってみてもらえます?』

『空中に紙を置いて、それを切るイメージ……分かった。やってみる』


 光は空中に薄い膜が広がるのをイメージする。そして、指先でそれをツィ……っと切り裂くように指を動かした。するとどうだろう。


『ん?』

『えっ?』


 空中に真一文字の横線が引かれた。


『次に縦です!』


 敬太の言葉に今度は縦方向に指先を動かした。するとやはり、空間を裂くように一本の線が引かれる。

 そして十字が交錯する点が大きく開いて、異次元への扉が開いた。


『そこに腕を突っ込んで、武器を取って下さい!』

『こ、ここにっ!?』


 一瞬躊躇するが、ままよと覚悟を決めてその空間に腕を突っ込んだ。

 だが


『おい! 何もねぇぞ!?』


 なんの手応えもなかったのだ。それどころか汚泥に腕を突っ込んでいるような嫌悪感すら感じる。


『イメージして下さい! 武器を具体的に!』

『具体的つったって、お前!』


 焦った光が叫び返したその時、手に何かが当たる感触があった。


『これかっ!』

『ほらは、早くしないと空間が閉じて、腕が千切れるわよ?』


 美久のその言葉に慌てて腕を引き抜く。勢い余って尻餅を付き、しかもその勢いのままに、ゴロゴロとその巨体をボーリングの球の様に転がさせた。

 そして無様な格好で停止したかと思うと、その手には鬼神サイズの巨大な一振りのカタナが握られていた。

 それを見て敬太が肩を震わせる。


『……それが。光さん……の?』


 畏れさえ含まれたその声に、光は起き上がって誇らしげに頷く。


『こいつが俺の自慢の得物えもの村正MURAMASA」だ』


 その刀は見るからに強い『力』を放っていた。抜けば血が滴る様な『刀気とうき』が溢れて、触れる者全てを切り裂くようなそんな『力』が。


『どうだ? お前の「クラウソラス」も大したモンだが、俺の「村正」もなかなかのもんだろ?』


 得意気に愛刀をかざしてみせる光に、何故か敬太は肩を震わせていた。


『光さん……本気でその刀で黄金龍攻略を?』

『ん? おお、俺の手持ちじゃ最強の武器だからな、こいつだったら悪霊だろうが怨霊だろうが、ズバッと……………あ』

『相手は怨霊、「魔」属性ですよ!? 同じ「魔」属性として名高い「村正」でどうやってダメージ与えられるんですかっ! 下手すれば相手を回復させちゃいますよっ!?』


 がうがうと吠える敬太だが、言われても仕方が無い。愛刀を実体化させて有頂天になってしまったのだが、相性の問題をすっかり失念してしまっていた。


 光達が攻略の参考にしたイベントクエスト『カナン王の帰還』でも、ハッピーエンドを迎えるには、カナン王の怨霊のみを「聖」属性の武器でトドメを刺さねばならない。

 そして同じ『魔』属性では、ろくにダメージが通らない所か、相手を回復しかねないのだ。

 無論手が無いわけでは無いのだが──


『そこは、ほれ、真琴の「聖光付与ホーリーエンチャント」とか使ってだな』

『「村正」みたいに強力な「魔」属性の武器には、「聖光付与ホーリーエンチャント」使っても効果ありませんよっ。不発に終わるか、良くて属性効果が相殺されて、なまくらな武器が出来上がるだけですっ!!』


 敬太に真っ向から否定されてしまった。


 さて、どうしたものかと悩んでいたら、


『ちょっと、攻略に大事な人忘れてないでしょうね?』


 それまで大人しくしていた真琴が、挙手せんばかりに自己主張し始めた。


『ん? いや、お前の力も当てにしてるけど』

『んじゃ、あたしの「聖刀アークサーベル」どうしてあてにしてくれないの?』

『「聖刀アークサーベル」? 悪い武器じゃないですけど、決定的にダメージ不足じゃないですか。相手は怨霊、しかも黄金龍を乗っ取る程高レベルな存在ですよ? 「聖刀」でどうにかなる相手とは思えません』


 完全に手詰まりだった。

 

『言っとくけどね? わたしとケイちゃんの手は当てにしないでちょうだいね。なにせ王都の守護職まかされているんだし、大見得切ったのはそっちなんだから』


 おまけに敬太達からは、協力拒否の通達まで突き付けられる始末である。


 さて、どうしたものかと考えて見たとき、


『ん?』


 と、光の脳裏に閃く者があった。


『確かあったな。「カナン王の帰還」イベでゲットした武器に、「聖」属性の武器が』

サムライ向きの武器? あるんですか? そんなもの』

『おお、ちょっと待ってろ』


 光は再び宙に十字を切った。すると亜空間に繋がる間隙が生まれ、そこに腕をつっこむ。

 そしてまたゴソゴソと何かを漁っていたかと思ったら、『よっと』と言いつつ回収した物を見せつけた。


『これ。神刀「小烏丸こがらすまる」。侍が装備出来る、最強の神聖武器だ』


 それは純白に輝く鞘を持つ、神々しい一振りの刀であった。


小烏丸こがらすまる……名前だけは聞いたことありますけど、あてになる威力なんですか?』

『知らん』

『知らんって、あんた』

『少なくとも、カタログスペック上じゃ、最大限強化した「聖刀」より上だったはずだ。こいつを強化すれば……』


 そこまで言って、敬太に手で制される。


『あー、威力の程は分かりましたけど、強化って? 一体この世界でどうやって強化するんです? ゲームの中ならコマンド一つで出来ますけど、この世界じゃ、人の手で強化しなきゃならないんですよ? そして、そんなレアな代物、一体誰が強化出来ると……』


 そこまでダメ押しする事も無かろうにと、半ば理不尽な怒りに身を焼かせてしまいそうになった時、救いの手は思わぬ所から現れた。


「霊峰オールウェンの地下都市に住まうドワーフ族ならなんとか出来るやもしれんぞ」

『誰だっ!?』


 思わぬタイミングで聞こえて来たものだから、思わず身構えてしまった。


「落ち着かんか、馬鹿者が。わしだ儂」

『ゴードウェン閣下!?』


 足元から聞こえて来たその人物の姿に、今度は敬太達が驚く番だった。


『い、いつからそこに?』

「はて、おぬしらが変身とやらの特訓をしている時からだが」


 それがどうかしたかと言わんばかりのその台詞に、皆絶句していた。全く気が付いて無かったからだ。


「儂だけではないぞ? ほれ」


 見てみるといつの間にか練兵場には、兵士や騎士達が集まって、呑気に見物などしている。


『じゃぁ、あの……俺と真琴がキスして変身したのも?』

「うむ、しっかりとな」


 くそ真面目に返されて、光は「穴があったら入りたい」と言うポーズで頭を抱えた。


『そ、それでモアイのおじさまっ!』

「モアイでは無く、ゴードウェンだと言うに。それにしても、男になったり、女になったり忙しい奴だな。一体どうした」

『あ、ごめんなさい。それより先輩の刀を強化出来る人が居るって本当ですか!?』

「可能性があると言った程度だが、腕の方は保証する」


『先輩っ!』

『真琴っ!!』


『『やったぁああ!!』』


 そう言って紫黒の鬼神は、練兵場で小躍りした。その振動で大地が揺れる。


 だが、いわおの様な偉丈夫は、まるで息子か娘夫婦でも見るような温かい目でそれを見つめ、そして敬太は──


『……っ!』


 どこか憎々しげに、みどりの双眸に昏い影を落として、鬼神を睨み付けるのであった。

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