第13話 スローライフを目指して

『行っちゃったな……』

『うん……行っちゃった、ね』


 鬼神みつる達は、よろよろと立ち上がり、遠ざかっていく黄金龍ゴールドドラゴンの姿を見つめていた。


『助け……られなかった、な』

『助け、られなかった……ね』


 みつるはどこか悔しげに。

 真琴まことはどこか、いたましげに。

 遠ざかる黄金龍を、ぼんやりと見送っていた。

 その声は、二人とも力なく震えていた。


『畜生……っ』


 光がぽつりと呟く。


『……先輩?』


 真琴がぼんやりと尋ねて来た。


『畜生……っ!』


 光の声に力が宿る。怒りと後悔の色を滲ませて。


『先輩?』


 真琴はそんな光に、気遣わしげに声をかけた。


『畜生ぉおおおおっ!!』


 鬼神みつるは、拳を振り上げ地面に叩き付ける。


『あと少しだったんだ!』


 何度も。


『狙いも良かったんだっ!』


 何度も。


『あいつは……っ、あのドラゴンは、「苦しい」って、そう言ったんだ!』


 石畳が砕けていくが、構いはしなかった。


『「助けて」……って、そう言ったんだ……!』


 最後に力無く大地を叩くと、嗚咽を漏らすように肩を震わせる。

 そんな光をいたわるように、真琴がそっと声をかけた。


『でも先輩、町の人は助かったよ? 少なくともこの国の兵隊さんの中で、命拾いした人は多いんじゃ無いかな?』


 その言葉に、鬼神みつるこうべを巡らせ、町の方を向く。

 確かに町は無事だ。そして兵士達もこちらを警戒しつつ、撤収準備に入っていた。


 助けたと言っても実感はそれほど無かった。

 町が無事なのは敬太と美久が頑張った結果で有り、自分達の功績では無い。

 それに自分達が参戦したと言っても、兵士達に被害が出ているのは事実なのだ。

 それよりも、自分達が懸命になっても結果を残せなかったのが、悔やまれて仕方が無かったのだった。


『それよりも先輩。変身解こう? みんな怖がっているし、あたしも疲れちゃったしね』

『そうだな……もうこの姿でいる理由も無い、か』


 敬太のいかにも神の使徒、正義の味方然とした外観とは裏腹に、こちらの外見は鬼神かと思われるほど禍々しいので、下手をすると悪魔にも見える。

 あまり周囲を警戒させたくないので、変身を解くことにした。


『「リクロス・アバター」』


 解除の言葉を口にすると、紫黒の巨躯が光の粒子となって消えていく。

 後には疲れ、そして果てた二人が地面に座り込んでいた。



※※※※※



「二人とも、よくやってくれた。礼を言う」


 なんだか、国王の「やってくれた」が、変身しての戦闘の後には「ヤッてくれた」と別の意味に取れてしまう光だった。

 疲れているんだな、と。本気でそう思う。


「汝達神世かみよ稀人マレビトのおかげで黄金龍を撃退する事が出来た」


 撃退。そう聞いて、光の胸がチクリと痛んだ。

 あれは見逃して貰えたのだ。

 むしろ、黄金龍が最後に一瞬だけ正気に返って、助けてくれたのだと思う。

 決して自分達が撃退したわけでは無い。


 自分達は……何も出来なかった。


「浮かぬ顔をしておるな。疲れたのか。ん?」


 確かに疲れている。

 この世界に来て僅か半日の間に、色々な事が起き過ぎた。

 ゲームで結婚式を挙げたと思ったら、ブラフマンとやらに勝手に身体を改造された挙げ句、このゲームによく似た異世界に連れて来られた。

 そして竜頭巨人ドロウルと戦い、敬太達と出会い、半ば連行されるようにこの王都に来て国王に謁見。

 そこまで目巡るしく状況が変わったと思えば、今度はいきなりラスボス級のドラゴンと戦うことに。

 しかもその龍は決して悪の存在では無く、悪い『何か』に取り憑かれて居ることが分かった。

 それを見破り、良いところまで行ってハッピーエンドまであと少し、というところで手がおそらくは一手、足りなかった。

 疲れの原因はおそらくそこだ。

 どうしようも無い徒労感が今光をさいなんでいる。

 しかもこれはゲームでは無い。やり直しは効かないのだ。


「疲れて当然であるな。晩餐でも共にどうかと考えていたが……止めておくとするか」


 そして国王は「誰ぞある」と人を呼び何事かを指示していく。


「二人とも、もう今日は休め。明日ゆっくりと話でもしようぞ」


 染み入るような、いたわりの言葉に二人は甘える事にした。

 そして国王の前を辞するのであった。



※※※※※



「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」

「……またお前らか」


 与えられた部屋に帰って迎えいれてくれたのは、光をヒン剥いて女性紛いの格好に嬉々としてやっていた三人娘であった。

 戦闘後の徒労感とはまた別の疲労感が襲いかかる。

 更には


「お疲れ様でございました。お風呂になさいますか? お食事になさいますか? それともお休みに?」

「またあんたか。クロードさん」

「クローランドでございます」


 よりにもよって一番疲れそうな長身痩躯の老執事がいた。

 片眼鏡モノクルを光らせ、慇懃に訂正する。


「あー……そうだな。メシを頼む」


 相手が自分より遙かに年上の、初めて会った他人、と言うことも忘れ、光はぞんざいな口の利き方をした。普段なら、目上の者には一応敬意を払うのだが。


 だが老執事は慣れた対応で、慇懃に応える。


「お食事ですな。メニューはいかがいたしましょうか」

「どんな料理が出来るか分からんから、シンプルなモンで良い。但し量は大盛りでな」

「かしこまりました」

「それと、真琴──俺の相方と一緒に食いたい。良かったら呼んできてくれ」

「マコト様……ミツル様の奥様でいらっしゃいましたな。承知いたしました。先方にお声をおかけしてみましょう」

「頼む」


 そこまで言うと、光は身が沈む程豪華なソファーに腰を下ろし、しばし母の胸に包まれる様なその感覚に身を委ねて目を閉じるのであった。


 そして30分程時が流れ。


「先輩」

「なんだよ」

「何? このお料理」

「見ての通り、みんな大好きオムライスだが?」


 豪華なテーブル。

 そこで食事を摂る事にした二人は、目の前に出された料理を見て、絶句していた。


「なんんでそんなモノが異世界にあんのよっ!?」

「俺が聞きてぇわ!?」


 二人の前に有るのは、紛う事なきオムライスであった。しかも完成度がやたらと高い。

 上に乗せられたオムレツは半熟のふわとろとしたものが乗せられており、チキンライスに使われているトマトケチャップは甘酸っぱい香ばしい匂いを立てている。中のチキンも下ごしらえが良いのか、噛めば柔らかい弾力で肉汁が溢れ出てくるようだった。

 無駄に完成度の高いオムライスであった。


 それが二つ。

 真琴の前には普通サイズの。

 光の前には明らかに光の頭より大きいサイズの、文字通り大盛りどころかメガ盛りのが。

 それが鎮座ましましている。


 そんな二人の会話を聞いて、老執事が仲裁に入った。


「はて。この料理は神世からもたらされた物でして、軽食の定番と伺ってましたが?」

「ちょっと待て、まさかこれも?」

「は、当方のリサーチより再現し作りました、神世の料理でございますが」

「……やっぱりか」


 どうやら偏った萌え文化を広めた馬鹿がいるらしい。


「では仕上げに」


 そう言ってクローランドが指を鳴らすと、三人メイドがやってきて、


「じゃぁ、美味しくなるおまじないして差し上げますね」


 とか言い始めた。


 どこのメイド喫茶だ、ここは。


 そしてメイド達の「美味しくなぁれ」のコールをBGMに、二人は黙々とスプーンを口に運ぶのであった。



※※※※※



 そして夜が来た。

 

 本来なら疲れ果てて、泥のように眠るのに、今は少しも眠れる気がしない。

 ベットはふかふかで掛け布団も軽く上物であったが、それでも寝付けなかった。


 考える事が多過ぎる。

 これからのこと

 真琴のこと

 敬太達のこと

 黄金龍のこと──など。


 後何か、そう大事な何かをいる。

 そんな気がしてならないのだ。


 そんな思考が渦巻き、眠るのを阻害していた。


 そんな時。


「ミツル様」


 扉の向こうから、老執事の声が聞こえてきた。


「どうした?」


 一体いつ寝ているんだろうと、そんな事を思いながら返事をする。


「奥様がお見えですが、お通ししてもよろしいでしょうか」

「真琴が?」


 すぐ通すようにいうと、扉が重々しく開き、寝間着姿の真琴が恐る恐るといった感じで入ってきた。


「ごめん、先輩。寝てた?」

「いや? 眠れないで羊でも数えようかと思っていたところ」

「あ、よかった」


 安心したように真琴は微笑んだ。

 そして光が寝ているベッドの近くまで来たかと思うと、とんでもない事を言い出す。


「ね? 先輩」

「なんだよ」

「あのね? 一緒に寝ても、良い?」


 ブホッ


 光はいきなりの爆弾発言に思わず、吹き出した。


「ダメ……かな?」

 

 上目遣いでそうせがんでくる真琴の真意が分からない。

 だが、視線の熱さに気圧けおされるように、思わず頷いてしまった。

 真琴と言えば「わーい」等と子供のようにはしゃぎ、躊躇無く光が寝ているベッドに入ってくる。

 そして光の腕を抱きかかえ「えへへっ」と子供のような笑顔を浮かべていた。

  

「どうしたの? お前」


 なんだからしくないな、と思って尋ねてみたらこんな答えが返ってきた。


「あのね? 一人だと、何だか怖かったから」

「怖いって、なにが」

「なにもかも」


 そう言って真琴はさっきまでのはしゃぎぶりが嘘のように、とつとつと語り始める。


「あたしたちさ、元の世界ウチにちゃんと帰れるのかな? この世界で、生きていけるのかな? そんな事考えていたらさ、悪い事ばかり考えるようになっちゃって」


 真琴の考えも無理は無い。むしろ不安に感じない方がどうかしている。

 わけも分からず、ゲームに似たこの世界に放り出され、生きてゆく手段さえ見つかっていないのだ。

 神形機ディヴァーターという強力な力はもっているが、それはなんの慰めにもならないと今日思い知った。


 死と隣り合わせの青春など、冗談ではない。


「確か敬太が言っていたな。俺達みたいなのが来るとき、この世界に家が建つって」

「あ、言ってたね」

「そこで二人のんびり暮らすのもいいな」

「異世界でスローライフ?」

「今流行りらしいし」


 そう言って二人で声を殺して笑った。


「でも先輩。欠片もそんな事考えてないでしょ?」

「なんで そう思う?」

「黄金龍のこと。助けるつもりなんでしょ?」


 これには心底驚かされた。思わず真琴の目を見やる。

 何もかも見通すような、湖水のように美しい青だった。


「先輩、ゲームでもそうだったしね。クエストは必ず攻略しないと気が済まないって。どんな難しいクエストでも」

「お前、こいつはゲームじゃねぇんだぞ。死んだらそこでお終いなんだ。何もそんな危ない橋渡らなくても……」

「嘘。顔に書いてある。『龍を救うクエスト成功させたい』って」


 そんな顔をしているのだろうか。光は思わず自分の顔を撫でた。


「大体さ、先輩見過ごせない人だもんね。弱い人、困っている人がいたら、手を差し伸べる。あたしが好きになった男の子ひとは、そんな人のはずだから。でなきゃ、あんなに悔しがらないよ」


 確かに悔しかった。

 あと少しと言うところで、敵にトドメをさせなかった。

 全力でやれば、悔いは残らないなんて、あれは嘘だ。

 取れないブドウは酸っぱいに違いないと、そうあきらめているだけ。

 自分は違う。少なくとも、全力を出して負けたり失敗したら、悔しいし後悔だってする。

 今だってそうだ。どうやって再攻略出来るのか考えている。 

 そして、黄金龍を助けられるのか、考えていた。


「いつも言ってるでしょ? 先輩好きな人のことなら、ずばっとまるっとお見通しだって」


 真琴はそう言うと、そっと顔を近づけ、唇を重ね合わせる。

 優しく包み込むような口づけに、光は目を白黒させていた。

 やがて真琴は唇を離すと、


「どんな決断をしても、あたしついて行くから。先輩と同じ道を歩くから」


 それだけ言うと目を閉じ、静かな寝息をたてるのだった。

 そして、光と言えば


「全く。言うだけ言ってもぅ寝やがった。俺が襲ってきたらどうするつもりだ? こいつは」


 真琴の寝顔をつついて呆れかえっていた。

 まぁ信用されているのかな。もしかして誘っているのかな。などと今度は別のことで頭を悩ませる事になる。


 それにしても、と思った。

 既視感デジャヴだろうか? 前にも同じ事があった気がする

 無論相手は真琴ではない。

 誰だろう? 大切な事なのに、思い出せない光であった。



 結局光は、その夜一睡も出来なかった。




※※※※※




「昨日は見事な働き、誠に感謝する」


 翌日、光達は謁見の間で再び国王と謁見していた。

 今度こそ男物の礼服を──と注文したにも関わらず、また女紛いの格好をさせられているのは、一体どういうことか。

 嘘か本当か、あの老執事が言うにはこの国の高山地帯に住まうという、とある民族の民族衣装らしいのだが、本当の所は分からない。

 本人にとってみれば、黒歴史がまた一頁と言ったところである。


 それはともかく、あの黄金龍を撃退したとして、光達は一夜にして英雄的な扱いを受けることとなった。


 今は功労賞の叙勲式が行われており、各将軍らや敬太達が様々な褒美を授与されている。

 それは無断で迎撃戦に参加した光達も同様だった。

 

「さて、ミツルよ。黄金龍を撃退してみせた貴様達には感謝してもしきれぬ。望みを言うが良い。働きに見合ったものであれば、多少の無理難題も聞いてみせよう」

「ではまず、質問する事の無礼を許して下さい」

「良いぞ」


 国王は鷹揚に頷いて見せる。本気のようだと光は見た。


「では畏れながら。今後、あの黄金龍をどうするおつもりですか?」

「『デュラントー』のことか? 軍の編成が終わり次第、奴の根城に討伐軍を送り込む予定となっておるが、それがいかがした」


 光は真琴の方をチラリと見た。

 真琴はそれに対して頷き返してくれる。

 光は決意した。


「まずはその役目、俺達にやらせてもらえませんかね?」

「何?」


 国王にとっても、意外な申し出だったらしい。

 また周囲も呆れたような、又は「逆上のぼせ上がって」などと怒りの声すらあがる。

 

 敬太は目を丸くして驚いているし、美久に至っては怒りの余り口がきけない様子だった。


「静まれ」


 国王は一同を黙らせると、光達に問うた。


「褒美として『デュラントー』討伐の権利が欲しいと申すか」

「いいえ、王様。俺はあの黄金龍を助けたいと思っています」

「助ける? どういうことか」

「実は戦って分かったことなんですが……」


 そう言って光は事の経緯を説明した。


 黄金龍が何かに取り憑かれて操られているということ。

 それさえなんとか祓えれば、黄金龍を正気に戻せる可能性が有る事を。


「ってなわけです。筋道は通ると思いますが?」

「確かに、スジは通る。が、それを誰が信じるというのだ? その取り憑いた『何か』とやらを見たと主張するのは貴様らだけぞ。勇者ケイすら見てはおらん。そうだな? ケイ」

「はい。僕にも見えませんでした」

「だからですよ」


 光はここぞとばかり主張した。


「だから『権利』を褒美としていただきたいんです。無論成功のあかつきには別口で報酬いただきますが」


 国王は顎に手をやって思案している。

 後一押しだ。


「無論勝算あってのことです。俺達にはね、夢が有るんですよ」

「夢? 夢とな。 いかなるものか」

「それはね、王様」


 そこまで言って、光は真琴の手を握る。


「おれはこいつと二人、スローライフを送りたいんですよ」

「スローライフ?」

「そ。金の心配も無く、必要な分だけ働いて、誰にも邪魔されず、ゆっくりのんびり生活を送る。そんな人生を」


 それを聞いて周囲があっけにとられた。

 国王ではなくその場にいた全員。

 敬太と美久など信じられないという顔をしている。


 国王は最初俯いて、肩を揺らしていた。

 ひょっとして怒らせたかなと思うが、本心なので後悔はない。

 だが違った。


 笑っていたのだ。国王は。

 やがて忍び笑いが声を出した笑い声になり、大爆笑へと変わるのに時間はかからなかった。


「なるほど! ただ安穏とした人生を送るために、その為に龍を倒してみせると! そういうのだな!? そしてそのスローライフとやらを援助せよと!!」

「ええ、世知辛いですけど金は必要ですからね。何らかの年金という形で支援をいただければなと」

「なるほどなるほど。いいだろう。その約定、実現したならば、この余、ゴドワート・ウェン・アドモス八世の名に誓って果たそうぞ!!」




 こうして光達は旅に出ることとなったのであった。

 目的地は霊峰オールウェン。 

 目的は黄金龍デュラントーを解放するため



 それと、この世界でスローライフを送るために。

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