第12話 王都攻防戦

 石畳を文字通り砕きながら、疾風怒濤の速さで駆け抜けて行く巨大な紫黒の鬼神の姿は、町の人々をパニックに陥れかけていた。


『すんませーん!! ちょっと通りまーす!!』

『ごめんなさーい! どいてどいてどいてーっ!!』


 鬼神は若い男女の声でそう叫びながら、人波を上手く避けつつも、その速度を緩めない。

 向かっているのは、この国の守護龍とされていた黄金龍ゴールドドラゴンが暴れ回っている現場だ。

 

『んで、真琴まこと!』

『なにさっ!』

『変身したは良いけど、戦うあてあんのか!?』

『ないよっ! そんなものっ』

『はぁっ!?』


 鬼神は街中をなんとか駆け抜けて行きながら、間抜けな会話をしていた。


『いやま、俺もその場の勢いで変身しちまったけど、武器はどうすんだよ? 神聖魔法と素手だけでどうにかなる相手じゃねぇぞ!?』

『魔法? 使えないよ、あたし』

『何言ってんだっ。お前聖騎士パラディンだろうがっ! 神聖魔法使えるはずだろう!?』

『使い方、分かんない』

『んなモン、イメージしてみるとか方法あんだろっ! 実際、竜頭巨人ドロウル龍の息ブレス防いで見せたじゃねぇか!』

『あれ、あたしがやったの? 咄嗟とっさだったから、良く覚えてない』

『あーもう! ホントに考え無しだなっ!? こうなりゃ全部ぶっつけ本番だっ!』

『なにさっ、先輩もあんまり変わんないじゃないっ!』

『やかましいっ!』


 などと夫婦漫才をしている内、次第に黄金龍が兵士達を蹂躙ていく様が近付いてくる。

 前脚や巨大な尾によって薙ぎ払われ、人の身体が冗談のように吹き飛んでいた。

 それを見て、光の中に闘志が宿る。


『この、野郎!!』


 鬼神みつるが大地を蹴ると、その巨体が高々と宙に舞う。そして重力を利用して、高々度からの跳び蹴りを敢行する。


『喰らえぇえええ!!』


 龍が気が付いた時にはもう遅かった。巨大な質量を持ったが、いきなり空中から襲いかかって来たのだ。流石に不意を打たれ、たまったものでは無い。

 馬上槍ランス突撃チャージにも耐えうる龍鱗を突き抜けて、激しい衝撃が浸透し龍の内部を破壊する。

 龍は苦悶の咆吼を上げ、その長い首をのたうちまわせた。


『おっしゃぁああ!!』


 鬼神みつるは確かな手応えに、思わずガッツポーズを決める。

 だが、それは黄金龍の怒りを買うだけだった。

 龍は背中の羽根を展開し、それを羽ばたかせると一瞬で空中へとその巨躯を舞い上がらせる。

 そして口の中が輝いたと思ったら、プラズマの奔流が放たれんとした。

 光は一瞬回避すべきかと思ったが、後ろには未だ撤退中の部隊や人の家屋がある。

 家屋はともかく、人々は守らねば。

 そう思って、光は咄嗟に両手を広げて逃げる人々と龍の息ブレスの射線上に立ち塞がる。

 龍の息ブレスが光達目がけて放たれた。鬼神みつるの巨躯が壁となって人々をを守るが、光の視界が白くなり、全身を灼かれるような痛覚が走る。

 神形ディヴァーター化してまで要らん感覚をとプラズマに灼かれながら思うが、これはどうしようもない。

 光の奔流が止むと、そこには全身から煙を放ち、仁王立ちになっている鬼神みつるの姿があった。

 見た目は無事だが、足元がふらつき今にもその巨躯が倒れそうになりながら、鬼神は必死に持ち堪えている。内部に深刻なダメージを受けているのは明白だった。


 だが


『真琴……無事か?』

『う、うん……なんとか』


 二人の闘志は未だ健在であった。

 とは言え、反撃の手立てが無いのも事実だ。


『畜生。空飛ばれちゃ勝ち目はねぇな』

『防戦一方ってのも、性に合わないしね』


 要は相手が近付いてくれればいいのだ。白兵戦に持ち込めば、手立てが無いわけでは無い。

 ただ相手はドラゴンである。知恵は働くので上空から攻撃すれば一方的にこちらを攻撃できる事に気が付いているであろう。

 ドラゴンの遠距離攻撃は、龍の息ブレスだけではない。個体によっては魔法も使ってくるのだ。そして最悪な事に、黄金龍ゴールドドラゴンは魔法が使える個体であった。

 完全に手詰まりである。


 そんな時だった。


『タ ス ケ テ 』


 声が聞こえた気がした。


『何だ? 今の』


『タ ス ケ テ 』


 やはり聞こえる。


『女の子の……声?』


 真琴にも聞こえたらしい。

 鬼神となった二人は周囲を見渡すが、それらしい人物はいない。


『ク ル シ イ 』


 声は──『上』から聞こえていた。


『タ ス ケ テ 』


『まさか、あの龍が?』


 他に知性体は居ない。空を飛ぶ知性体など限られている。

 龍がもがくように身をよじらせると、それを抑え込むような『何か』が見える気がした。


『何だ? あれ』

『あれって……手?』


 それは不定形の『手』であった。丁度龍の背中から生え、手足や頭部、そして心臓を掴んでいる。

 今の黄金龍はそれに抗っているように見えた。だが、それが溶け込むように消えると、龍は再び攻撃態勢に入る。

 よく見ればその双眸が、赤く染まっていた。


『つまりアレか? あの龍は何かに取り憑かれている……ってことか?』

『でも黄金龍を乗っ取るなんて、一体何に憑かれているってのさ?』


 光は今までやってきた「ヴィクトーニア・サガ」の全イベントを思い返していた。

『何か』に取り憑かれて、その手先となった善なる存在の攻略イベント。

 確かお盆に期間限定でそんなイベントが有った気がする。

 なんだったか……

   

『あ』

『どうしたの? 先輩』

『そう言えば「カナン王の帰還」ってイベント、一緒にやったの覚えてねぇか?』

『ああ、アレ? 高レベルの神官だか聖騎士だかが必須だっていう。お盆におばあちゃんのウチでやったのは覚えてるけど、ストーリーや攻略までは覚えてないよ』


 ストーリーとしてはこうだった覚えが有る。

 古代カナン文明の始祖カナン王の墓所に迷い込んだ、とある伝説的な騎士が、カナン王の怨霊に取り憑かれて暴れ廻るという、実にシンプルな物だったのだが、伝説的と呼ばれるだけあって、やたらめったら強かったのだ。

 無論、正攻法で倒せない相手ではないのだが、そのままだと騎士は怨霊諸共に死亡するというエンディングになる。

 これでも報酬は結構なものがあったのだが、実はこのイベントには『隠しエンディング』が存在し、騎士をカナン王の怨霊だけを倒すと、騎士から限定スキルの数々をゲット出来るという特典がつくのである。

 無論それは容易たやすいものでは無く、騎士からカナン王の怨霊を引き剥がし、定められた時間内に『聖』属性の武器でトドメを刺さなければならない、タイミングと運が要求される結構シビアなものだった。

 今の状況や絵面えづらがそれとよく似ているのである。


『真琴……、「悪霊祓いターンアンデット」は使えねぇか』

『そりゃゲームなら使えるけどさ、今のあたしが使えるかどうか、分かんないよ』

『イメージだ。イメージしてみろ。多分出来るはずだ』


 実際光は、『武技アーツ』を使うとき、その技をイメージしてみた。そうしたら出来たのだ。ゲームで使えた技が。

 そして多分それは魔法にも適用出来るはずだった。寧ろ抽象的な概念である分、イメージする力が強い方が、魔法を発動させやすいはずだ。

 そして想像力に関して言えば、美術を嗜んでいる分、真琴はその能力が高かった。


 このイベントの攻略の鍵は『悪霊祓い』の魔法が不可欠。もし今の黄金龍の状態が『カナン王の帰還』に出て来た騎士と同じ状態であるならば、攻略の可能性はある。

 無論、同じだという明確な根拠は無い。

 だが見てしまったのだ。黄金龍を蝕む『手』を。

 聞いてしまったのだ。黄金龍が『助けて』と救いを求める声を。


『どのみち状況は手詰まりだ。このチャンスに賭けるしかねぇ』

『そうだね……うん、分かった。やってみる』


 真琴もまた覚悟を決めたようだった。

 その言葉には、揺るぎない決意が込められている。


 そんな会話をしていたら、黄金龍はもう次の行動に出ていた。

 背の翼を展開すると、その翼に幾何学模様が現れ、巨大な光の矢が現れた。それも左右合わせて四本。


『おいおいおいっ! 冗談じゃねぇぞっ! 「光の槍ブリュナーク」が四本? 抗魔レジスト出来るのか、あんなモン!!』


 それは光系魔法で最強とも名高い魔法だった。少なくともゲームの上では。

 一発でも致命的なダメージを与えるその魔法は、ダメージを軽減する抗魔レジストという行為を易々と貫いてのける。

 それが四本こちらに牙を剥いているのだ。光が焦るのも当然だった。

 だが


『大丈夫。任せて』


 力強く請け負う真琴の言葉を信じ、この場を預ける。

 そして真琴はと言えば、


『イメージ……イメージ……』


 と言い聞かせるようにブツブツと呟いていた。

 そして黄金龍の咆吼一閃。四本の『光の槍ブリュナーク』が鬼神に向かって放たれた。

 鬼神は向かってくる槍に手をかざして叫ぶ。


聖盾プロテクションっ!!』


 鬼神の腕が柔らかい青に輝くと、竜頭巨人ドロウル龍の息ブレスを凌いだ、聖なる盾が現れた。

 光の槍がそれに突き刺さり、ギシギシと音を立てる。それが突破されるかと思われた次の瞬間。


聖肌ホーリースキンっ!』

 

 鬼神の体が一瞬青く輝く。

 光の槍は聖盾を貫き、鬼神へと殺到した。それらは次々と鬼神の身体や肩脚に突き刺さり、鬼神はガクリと膝をつく。

 だが、鬼神は脚を震わせながらも立ち上がっていった。


『よし……抗魔したっ。今度はあたしの番っ!!』


 そして十字を切るように腕を交差させる。


『破魔っターンアンデットォオオオ!!』


 鬼神から放たれた聖なる波動が、黄金龍に届く。

 すると黄金龍の背中から黒い瘴気が溢れ、徐々にその全容を顕した。

 それは多腕を備えた人型に見えた。それが身をよじり苦悶の声を上げる。


『先輩っ!!』


 その言葉に、鬼神の右手が光り輝いた。


『後はまかせろ!』


 それだけ言うと、鬼神みつるごうっと音を立て、高々と飛び上がる。

 まるで空を駆けるように。

 そして瘴気に向かって手刀を振りかざす。


『秘っ! 「燕落とし」っ!!』


 そして瘴気に向かって手刀を突き立てる。

 聖なる光に包まれた右手に貫かれ、瘴気は霧散無償しようとした。


『やったか!?』


 だが


 ォオオオオオオン!


 瘴気は元の姿に戻り、黄金龍の中へと戻っていく。

 そして鬼神みつるもまた、重力という名の力に引かれ、大地へと着地した。


『くそっ! 威力が足りなかったのか!?』


『秘剣・燕落とし』は本来刀を使った技だ。それを手刀で代用しても無理がある。本来ならもっとダメージを与えられた筈であった。

 手元に武器が無いのが悔やまれる。


 一方黄金龍は勝ち誇ったような咆吼を上げ、再び攻撃を再開しようとした。

 光達もまたもう一度とばかりに立ち上がろうとした──のだが。


 ガクン


『あ、あれ? また力が抜けて。 お、おい。真琴?』

『せ、先輩……あたし……もう、ダメ……っ!』


 どうやら一気にエネルギーシャクティを使ったせいで、また絶頂したらしい。

 冗談の様だが、『神形機ディヴァーター』である鬼神光達は、その体内で擬似的交配行為をして、疑似生命力『シャクティ』を生成しているのである。

 即ちどちらかが限界に達すると、生命力の源泉であるシャクティを生成出来なくなるのだ。

 そして今日二度目の変身で、真琴には大きな負担がかかっていたらしい。

 これ以上の戦闘行為は、事実上不可能であった。


 ──畜生、ここまでか。


 二人とも悔しかった。

 狙いは正しかった。だが、力が足りなかった。

 どうしようもない徒労感が光を襲う。


 だが


 黄金龍は、いたむような咆吼を上げたかと思うと、静かに大地に降り立ち、まるで鬼神を慰めるように頬擦りし、喉を鳴らした。

 そしてまた猛々しい咆吼を上げたかと思うと、今度は苦しむように、もがくように身をよじらせながら宙へ飛び、その場を去っていった。


 後には、祈るように項垂うなだれている、鬼神みつるの姿が残されていた。

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