第11話 守護龍来襲

 謁見の間は無駄に広かった。

 丁度みつる達が通っていた高校の体育館を、縦横たてよこ四つ組み合わせた位は十分ある。

 内部も豪華で、柱や床に大理石がふんだんに使われ、中央には踏んだら足でも沈むんじゃ無いかと思えるくらいの柔らかい赤い絨毯が敷かれていた。

 採光にはこの文明では高価であろうガラスがやはりふんだんに使用され、そこから柔らかい日に光が注ぎ、荘厳な雰囲気をかもし出している。

 それを見て光は、


(金って、有るところには有るんだな)


 等と俗な事を考えていた。


 謁見の間にはすでに有力な貴族と思しき人々が来訪しており、皆左右に規則的に並んでいる。そして謁見の場の中央に立っている光達に無遠慮な好奇な視線を送っていた。


 それを感じて真琴まことが心配そうに、


「ね? 礼儀作法とかどうすればいいのかな。あたし知らないよ?」

 

 と、不安を口にする。

 それに対して美久が、


「あたし達が前に居るから、それを適当に見様見真似してりゃ問題ないわよ」


 と、意外にも助け船を出してくれた。


「助かるわ。ありがとね、美久ちゃん」


 真琴はそう言って笑顔で礼を言うが、美久は「ふん」と鼻を鳴らしてそれっきり黙り込む。

 照れてでもいるのかと思ったが、そうでも無いらしい。「粗相があったら、自分達の恥」といったことを、ぶっきら棒に言っていた。

 それにしてもと、光は思う。呼び出しておいて待たせるとは一体どういう了見だろうか。

 まぁ勿体つけたがるのが支配者という者なのだろうが。

 そんな不敬なことを考えていたら、ようやく国王の登場を告げる鐘の音が聞こえて来た。


 玉座の右側からある開き戸が音を立て、そこから豪奢な衣装に身を包んだ男が現れる。

 すると謁見の間に居た貴族諸侯が一斉に膝をつき、臣下の礼を取った。

 見ると敬太と美久もそれぞれ慣れた態度で、恭しくひざまづいている。

 そして小さく後ろを振り向いて、目線で「合わせろ」と言っていた。

 光と真琴は顔を見合わせたが、不必要に波風を立てることもあるまいと、二人に習ってぎこちなく礼の姿勢をとった。

 

「皆、おもてをあげよ」


 どれほど時間が経っただろうか。重々しくもどこか清涼な声が朗々と広間に響いた。

 その言葉に皆一斉に伏せた顔をあげる。そして玉座に座す男に視線を送った。

 光もまた顔をあげる。そして国王その人を見て少なからず驚いた。

 年の頃は三十代前半だろうか。想像していたより随分若かった。何よりも目を引く様な美丈夫であったのだ。

 目には強い意志と深い慈愛をたたえ、形の良い唇には穏やかな微笑を浮かべている。

 だがその肉体は鋼のように鍛え上げられているのが、豪奢な衣服の上からでも分かった。

 それらが絶妙なバランスで組み合わさり、ギリシャ神話の英雄のような魅力を放っている。


「楽にいたせ」


 国王のその言葉に全員が立ち上がり三々五々にリラックスした姿勢をとった。

 敬太達もまた立ち上がって、「休め」の姿勢をとる。

 まるで体育の授業だなと思いつつ、光と真琴もそれにならった。


「本日、神世かみよより新たな稀人マレビトがこの地に下ったとの報告を受けている。勇者ケイよ」

「はい、陛下。ご紹介させていただきます」


 敬太はどこか芝居がかった仕草で、二人を示した。


「僕の故郷から来訪しました戦士。『日高ひだか みつる』。その妻『日向ひゅうが 真琴まこと』の両名です」


 それを聴いて、国王の顔が僅かに怪訝けげんそうなものになる。


「戦士。術士ではなく?」

「はい。お二人ともに手練れの戦士です」


 ですよね? と言わんばかりに敬太は二人に視線を送った。

 一方そう話題を振られて、光は困ったように頭をく。今の自分をどう説明していいのか分からないのだ。

 もう剣道が得意な平凡な高校生ではない。かと言って、ゲームキャラのクラスを名乗るのも妙な気がする。まぁ、その力は持っているのだが。


「あー……。俺達は剣士です。それに間違いはありません」


 剣道の心得が有る、とだけ伝えておく。これなら嘘でも間違いでも無い。


「ほう、剣士と。人は見かけによらぬ。二人ともあまりに美しいゆえ、美の女神ネヴィルスの使者かと思ったぞ。いや、許せ」

「いえ」


 あまり喋るとボロが出そうだったので、光はそれ以上言わなかった。


「ちなみに勇者よ。お前の世界では彼らはどう呼ばれている? 階梯かいていは?」

「はい、陛下。僕たちの世界では真琴さんが『聖騎士パラディン』。光さんは『サムライ』と呼ばれる、僕たちの故郷の騎士に当たる人です」

「サムライ……なにやらみやびな響きを持つ言葉であるな。して階梯は?」

「お二人とも僕より上です」


 その言葉に周囲からどよめきが起こる。


「ほう、実力主義のそなたらの中で、勇者より上と申すか」


 国王は愉快げに肩を揺らした。


「その強さ、是非この目で観たいものだな」


 そう言うと国王は立ち上がり、玉座から降りてゆっくりと光達に近付いて来る。


「へ、陛下?」


 それを見て側近の一人が止めに入るが、国王は片手でそれを制した。

 そして光と真琴の二人の前に立つ。


 おおきな人物ひとであった。

 光は小柄だが極端に低身長というわけではい。だが見上げる程の存在感を感じる。

 無論ゴードウェンの様な巨躯というわけではない。実際の身長差は10㎝もないだろう。

 それでも放つ覇気というのだろうか、圧のある人物だと感じた。

 だが、二人ともそれにひるむことは無かった。黙ってその目を見返す。

 すると国王は呵々かかと大笑し、周囲を困惑させた。


「気に入った! 気に入ったぞ! 新たなる稀人マレビトよ!!」


 王はひとしきり笑うと、二人の肩を気さくに叩いた。


「なるほど、その目、その気概。見かけによらず実にどうにいっておる。我の目が節穴でなければ、まさしく剣士の目に相違ない!」


 そして今度は新しい玩具オモチャを得た子供の様に目を輝かせてこう言った。


「今回はあるいは美の女神ネヴィルス御業みわざかと思ったが、やはり天は戦の神マーゼナルの加護を与えたもうか!」


 そうして先程までの圧が嘘のように、穏やかで包み込むような気配へと変わる。


「どうだ、二人とも。この国で働く気は無いか? 我の国造りに手を貸してはくれまいか。ん?」


 突然の国王から直々の嘆願に、二人が困って顔を見合わせた。


 その時──


「も、申し上げますっ!!」


 一人の身なりの良い兵士がころびまろびつつ、謁見の間に入ってきた。


「何事か騒々しい」


 国王の後ろから、いつの間に来たのか巌のような偉丈夫が尋ねる。


「ご容赦っ! ですが緊急の事態にございますっ!!」

「だから何事かと聴いておる」

「ド、ドラゴンがっ、龍がこの王都に向かってきております!」


 その言葉に周囲がざわめく。

 だが偉丈夫、ゴードウェンはそれがどうしたとばかりにため息をついて見せた。


「だからそれがどうした。厄介ごとではあるが、今に始まった事でもあるまいが。今日の防衛指揮はルーハンドだったな。彼奴きゃつは防衛戦に秀でておる。何を心配する事があるか」


 その言葉に一瞬兵士は怯んだが、喉を鳴らし尚も報告を続けた。


「た、ただの龍ではありませんっ! ゴ、黄金ゴールドの……っ!」

「なに?」

黄金龍ゴールドドラゴン、『デュラントー』が近隣の村町を襲いながら王都へ向かっているとの報告がっ!」


 その名前に、ゴードウェンの鉄面皮さえ破れ、周囲に悲鳴や怒号まで響き渡った。

 だが


「静まれ!!」


 国王の一喝で、周囲が水を打ったように静まり返る。


「ゴードウェン。火急の事態で有る。総大将の名の下、その責務を果たせ」

「御意っ!」


 ゴードウェンは国王に向かって一礼すると、声を張り上げて「総員戦闘準備!」とのげきを飛ばした。そして敬太の方に視線を送ると、敬太と美久が頷きスマフォを操作して装備を一新して変身する。


「ケイ、ミク。まだいけるか」


 癖なのだろうか、ゴードウェンは確認するように二人に尋ねた。

 それに対して二人は、


「問題ありません」

「いけます」


 と、幼い顔に決意を浮かべている。


「一個大隊を与える。好きに使うが良い」

「ではルニール卿の部隊を」

「許可する。連絡はしておく故、お前達の手足とするがよい」

「ありがとうございます」


 そう言って、二人は駆け出して謁見の間を後にした。

 ──最後にチラリと光達を見て。


 残された光達は、どうしたものかと顔を見合わせた。


「どうする? 先輩」

「どうするつってもなぁ」


 光は指先で自分のこめかみをこつこつと打ちながら、思案した。

 実際の所、この防衛戦に参加する理由が見つからないのだ。

 誰の指示かは知らないが、手枷、足枷をつけられてこの王都まで連れて来られた。光達からすれば、半ば拉致に等しい。

 そしてお仕着せを着せられて、こうしてこの場に居るに過ぎない。

 意外にも国王から熱烈なラブコールを貰ったわけだが、それに感激して忠誠を誓う、等と言ったことは無い。

 飯でも食わせて貰っていたなら「一宿一飯の恩義」という名目で加入も可能だが、それもない。

 ただ、国王にしろ、その臣下にしろどこか憎めない、好感の持てる人ばかりだ。困っているなら手助けしたいというのも、いつわざる本心でも有る。

 ただ、救援要請も何も無いので勝手に動くわけにもいかなかった。


 第一それ以上に気になる事がある。


 黄金龍はこの国の守護者だと聞いたことが有る。無論それはゲーム内での話なので、『こちら』の世界とは食い違いがある可能性は否定できない。

 だが符合する部分があまりに多いので、見過ごせない違いではあった。


 そこまで思考して光は考えるのを止めた。分からない事は聴けば良いのだ。


「陛下。すみません、少し質問があるんですがいいですか?」

「む? 何か」


 国王は咎める事も無く、意外とあっさり反応してくれた。


「俺達の世界じゃ、黄金龍はこの国の守護者ってことになってるんですが、実際にはどうなんです?」


 国王相手に不敬な言い方かなと思いながら、光は尋ねてみる。

 すると国王は軽く目を開き、そして笑った。


「ははっ。我が国の事が神世の稀人マレビトの世界にも知られているとは光栄だな」


 そして、静かに頷いた。


「確かに黄金龍『ディラントー』と、我が国の建父けんぷアドモス一世との間には不可侵の約定と、発展の守護の約定が結ばれたと、伝承にあるな」


 だがそこまで言って、国王は不機嫌そうに口を歪めた。


「だが不可侵はともかく、守護して貰った覚えなぞ一度も無い」

「一体何からこの国を守護していたんでしょうか?」


 今度は真琴が尋ねてみたら、益々不機嫌そうに口をへの字に歪める。


「さて、邪龍や龍族の襲来が絶えぬこの国だが、それに介入したという伝承も逸話も無い。それどころか霊峰に籠もっておれば良いものを、里に降りて暴れ放題暴れおって」

「え? でも不可侵の約定がなされたって、今国王様が」

「三月ほど前からだな。被害の報告を受けたのは」


 吐き捨てる様にそう言うと、ふんすと鼻息鳴らして国王は腕を組んだ。


「知恵有るとはいえ、所詮しょせんは畜生と言うわけだ。大方腹でも減って里を襲ったので有ろうよ」


 そこまで聞いて、光と真琴は顔を見合わせた。どうもおかしい。何百年も経っていて今頃人や家畜を襲うだろうか。しかもそれが極々最近のことだという。

 何かが引っかかった。

 また、引っかかると言えば、もっと重要な事が有る。


「国王様、話は代わりますけど、質問いいですか?」

「構わんぞ? どのみち戦はゴードウェンに一任しておる。彼奴あやつの手に負えん事態になったときが我の出番よ。それまでは祈るしか無い。が、それも性には合わぬ」


 そしてニカッと笑うと指を鳴らした。


「民草の盾となって散るのも一興よ。それまでは無聊を慰めてくれる美姫達との会話も、また一興。ゆえに遠慮要らぬ。むしろ話し相手が出来て嬉しく思うぞ?」


 美姫って、俺も含まれているのか? と疑問に思いながら、良い機会なのでお言葉に甘えることにした。


「そう言えば俺達以外のマレビト? でしたっけ。敬太と美久以外に見ませんけど、一体どこに居るんですか?」


 ん? と不思議そうな顔をして、国王は逆に聞いてきた。


「ケイから聞いておらんのか?」

「なにをです」

「彼らならもうこの世にはおらぬ」

「え?」


 一体どういうことなのか、聞き捨てならない事を聞いた。


「二月ほど前か。我らの依頼で黄金龍討伐に向かったが、ケイとミクを残して壊滅したと聞いておるが」


 国王は傷ましげに、そして申し訳なさそうにそう説明してくれた。


「じゃぁ、敬太君が勇者と呼ばれるようになったのは、そこから生還してきたから、ですか?」

「それも違うな。本当に聞いておらんのか」


 聞くも何も、むしろ話すのを嫌がっていた。


「そう言えば教会が認定したとかなんとかってぇ聞きましたっけか」


 光はこめかみを指でつつきながら、そんな話を思い出していた。


「うむ。ひと月程前も黄金龍が都を襲ったのだが、ケイは変身して戦いながら全軍を指揮してみせたのだ。瓦解寸前の軍をな。その功績を称え、教会はケイに『勇者』の称号を与えたのだよ。軍神が遣わした勇者とな」


 軍略の才能があったという事だろうか。そう言えばゲームの知識を活かしてと言っていたから、集団レイド戦の知識を活かしたのかもしれない。しかし瓦解寸前の軍をとっさに立て直して見せるとは、並大抵の応用力ではない。この地の人間が勇者呼ばわりするのも無理は無かった。


 だが、何故敬太は黒歴史扱いするのだろう。もしやゲームでいう『指示厨』扱いされるのが嫌だったのだろうか。

 答えは敬太にしか分からなかった。


「どれ、趣味は悪いが、高みの見物といかんか? 新たな稀人よ」

 

 国王はついてこいと、顎をしゃくって鷹揚に頷いた。

 光と真琴は顔を見合わせて、結局お付き合いする事にする。

 戦況も確認したかったし、敬太の戦いぶりも見ておきたかったのだ。

 三人は揃って謁見の間から立ち去るのだった。




 獅子奮迅とは敬太の事だろうか。

 遠目から見ても、良く黄金龍の猛攻を凌いでいる。


「ふむ。やはりケイの指揮する部隊の動きは理に適っておるな。ややセオリー通り過ぎるきらいが有るが、非凡なものを感じる」


 国王は満足そうに、戦う敬太の動きを見ていた。

 確かに遠くからでも変身した敬太と美久の姿はよくわかる。

 何せドラゴン並の巨躯なのだ。それに声も拡声器でも使っているように良く響く。

 悠々と城壁の上から飛行してプラズマのブレスを放つ黄金龍の攻撃を、盾と『聖盾プロテクション』で防ぎ、美久や魔術師兵団の攻撃魔法で反撃をする。

 だが、確かに良く凌いでいるが、決定打にも欠けていた。

 元のパラメーターを見る限り、防御支援特化型なので『神形機ディヴァーター』の姿になっても攻撃力が足りないのだ。ましてや相手は自分達と同じ転移者ばかりのパーティーを撃破している強敵である。

 第一、位置取りが悪い。なにせ相手は『飛べる』のだ。白兵戦は無理と考えてもいい。

 加えてドラゴン、中でも黄金龍は魔法に対する抵抗力が極めて高かった。

 接近も駄目。遠距離魔法攻撃も効果は期待できない。

 良く防衛出来ているだけましなほうだろう。


 それはともかく


「と、ところで、王様?」

「どうした? ミツルとやら」

「なんで俺達こんな高い場所にいるんですかねっ!?」


 冷たい風が頬をくすぐる。

 そして光は柱につかまって震えていた。

 光達が今居る場所。そこは高層ビルもかくやという高い、あまりにも高い尖塔であった。


「言ったであろう? 高みの見物と」


 一体何を言い出すのかと、国王はいぶかしげに光を見ている。


「ここは星見の塔と言ってな、我の子供の頃からお気に入りの場所よ」


 国王は得意そうに笑みを浮かべると、欄干に身を預ける。


「ここから民草の生活がうかがえる、とっておきの場所ぞ」

「わー。良い風に良い眺めっ! 先輩もここまで来れば良いのに」

「お前も躊躇ねぇな!? 真琴っ!」


 塔の頂上に窓は無かった。壁が開口しており、簡単な欄干が設けてあるだけだ。

 下を覗けば人が蟻のようだった。

 見たら足が震え、股間がすくみ上がる。


「あ、そう言えば先輩高いところ苦手なんだっけ」

「そうだよ!?」


 日高 光 17歳。


 実は重度の高所恐怖症だった。


 怖いもの知らずの光の数少ない弱点がこれだった。

 子供の頃父方の祖父母の家に遊びに行ったとき、木登りをしていて降りれなくなり、一日高所で過ごしたのがトラウマになっているのである。

 どれ位の高さなら大丈夫かと言われると、校舎の2階迄くらいならなんとかなる。だがそれ以上となるともう駄目だった。

 校舎の屋上など行ったことが殆どないし、遊園地に行っても絶叫系マシンは勿論、観覧車すら駄目だった。ましてや飛行機に乗るなど正気の沙汰とは思えない。

 こうやって床が有るから落ちないと分かっていても、身体が言うことを聞かないのだ。


「ふむ。高い所が駄目か。良い景色と風なのに勿体ない」


 国王は理解に苦しむとばかり、光の醜態を呆れ見ていた。

 だが、唐突にその表情が変わる。

 戦況が変わったのだ。


 黄金龍が急降下し敬太に体当たりを敢行する。

 敬太は好機とばかりカウンターの要領で、剣を突き出した。

 そして巨体と巨体がぶつかり合う、轟音が響き渡る。

 そしてもうもうと上がる土煙から現れたのは──


「敬太!?」

「敬太君!!」


 黄金龍に組み付いたまま、空へと上がっていく白い巨体だった。


「上手い! 格闘戦に持ち込めば」

「地上戦なら剣も使える!」


 光は思わず恐怖を忘れ、欄干にしがみついた。そして叫ぶ。


「行け! 敬太ぁあ!!」


 その言葉が聞こえたかの様に、一角の巨神がギリギリと黄金龍を締め上げ、龍が苦しみの声を上げた。

 このまま落とせるか?

 光達だけで無く、誰もがそう思い願った時。

 不意に敬太の力が抜け、締め上げていた両腕がダラリと落ちる。

 同時に力を失なった身体が、壊れた人形のようにブラブラと揺れた。


「ど、どうしちゃったの!?」

「まさか……エネルギー切れ!?」


 光も記憶に新しいあの感覚。力を出し切った後の脱力感が蘇る。


 黄金龍はあざ笑うように咆哮をあげ、敬太を掴んでいた前脚を離した。


 敬太の巨体が地面に落下し、轟音と土煙を上げる。

 そして巨体が消え去り、光の粒子が天へと帰って行った。


 後には、絶望が残された。


 精神的にも物理的にも守りの要となる敬太は倒れ、残ったのは生身の人間達。遠くからでも兵士達が茫然とし、次第に混乱していくのが分かる。

 国王も茫然としている様子だった。

 だが優れた統治者らしく、すぐに次なる手段を考えて居る様子だ。そして伝令管に声を張り上げて何事か指示している。


 そして光達は。

 最初はどこか他人ごとのように考えていた。だが必死になって生き抜こうとする人々を見て、なにかが弾ける感覚を覚えた。


 ややあって、真琴がポツリと呟く。


「先輩……」

「……なんだよ」

「変身って、どうやるの?」

「変身って、でも」


 俺達には戦う理由が無い。義理も無い。

 そう言いかけて、思い直した。

 戦う理由が無い? そんなの嘘だ。

 ただ厄介ごとが面倒だっただけ。


 今まさに死にゆく人々がいる。民を守らんとして。

 今まさに、生き抜こうとする人々がいる。やはり民を守らんとして。


 生ける暴虐に抗って。


「……クロス・アバター」

「え?」

「クロス・アバターだ。変身するときの決意の言葉」

「先輩……」


 真琴が手を差し出す。

 光がその手を握り返す。


 心は一つだった。


「行くぞ、真琴」

「行こう、先輩」


 そして叫ぶ。


「「クロス・アバターっぁああ!!」」


 だが


「……何をしている? 貴様ら」


 何も起きなかった。


「あ、あれ? おかしいな、ここって変身する流れじゃねぇの?」

「知らないよっ! 先輩、セリフ間違っているんじゃないでしょうね!?」


 がうがうと吠える真琴を横目に、光は焦った。


「も、もう一回だっ! もう一回っ!」


 二人で何度も叫ぶ。声も枯れよとばかりに。

 だが、どうしても変身できない。


「お、おかしいな?」

「先輩、思い出してっ。他には? 他に無いか思い出して!?」


 真琴が身体を揺さぶってくるが、他には思い出しようがなかった。


「そう言われても、あの時は俺も必死でっ! 気絶したお前守ろうと竜頭巨人ドロウルの拳の前に立ってっ! 死ぬかと思ったときに変身をっ!!」


 それを聞いて真琴の表情がピクリと動いた。

「先輩……今何て?」

「だから、お前を守ろうとして」

「それは嬉しいけど、その後!」

「え? し、死ぬかと思ったら変身を……」

「死……死……?」


 真琴は形の良い顎に指をあててしばし黙考する。

 そして何かに気が付いたように、光と塔の欄干を見比べた。


 その様子に、光の背筋がぞわりと逆立つ。


「真琴? お、おまえまさか」


 だが、真琴はツカツカと寄ってきて、全身を使って抱きしめる。

 そして


「先輩……死ぬときも一緒だからね?」


 と言うや否や、そのスレンダーな身体の何処にこんな力が有るのかという勢いで光を引きずり、二人揃って塔から身投げした。


「やっぱりかぁああああ!?」


 この高さから落ちたら間違いなく死ぬ。

 光がそう覚悟したその時。


 真琴の身体から青い光が。

 光の身体から赤い光が、奔流となって流れていく。


「この感覚ねっ! クロスっ」

「のわぁあああ!?」

「アバターっぁああ!!」


 真琴が決意の言葉を叫ぶと、二人の身体の輝きが増し、太陽となる。

 そして二人の身体が大地に叩き付けられたと思ったとき、大地から爆発と轟音。そして

膨大な土煙が立ち上った。


 そこから出現した、その紫黒の巨躯は──


 フゥウウウ……っ


 鬼神となって立ち上っていた。


『ったく。死ぬかと思ったぞ!? かなりっ! マジでっ!!』

『ゴメンゴメン。でもちゃんと変身できたじゃない?』


 鬼神はそれぞれ男女の声で、一人漫才をやっていた。


 国王は今何が起きたのか、理解できずかたまっている。  


『んじゃ王様、俺達ちょっと黄金龍に喧嘩売ってきますんで、後はよろしく』


 紫黒の鬼神は、そう言って気さくに手を振ると、戦場目がけて駆け抜けていった。


 後には、茫然とした国王だけが残された。

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