第10話 王宮騒動

「なんだぁ? この部屋」


 王宮に入り、真琴まことと引き離されたみつるは、元の世界ならば上に超が付くほど高級ホテルのロイヤルスイートルーム並の部屋に通されていた。

 素人目にも名画と分かる作品や、その他某鑑定番組にでも出せば百万単位の値がつきそうな調度品が、光の家のリビングルーム二部屋分位有りそうな部屋に品良く飾られている。

 はっきり言って、場違い感が半端なく落ち着かない。根っからの庶民なのだ。


「何って、来客をおもてなしする、迎賓室ですけれど……気に入りませんでしたか?」


 何が不満なのかと、心配そうに尋ねる敬太に、光は呆れたような返事を返す。


「気に入る気に入らない以前に、落ち着かねぇよ。もっと地味な部屋無いのか」

「仕方ないんですよ。防犯上、一番安全なのがこの部屋なんですから」


 困ったように深いため息をついて、敬太は申し訳なさそうにそう言った。


「防犯上って、何から何を? どうやって」


 自分達異世界人は、何かに狙われているのだろうか? しかしどんな手段で?

 だが敬太の答えは全く逆のものだった。


「僕たち地球人から、この王宮を守るため、ですよ」

「はぁ?」


 光はその返答に呆れかえった。

 右も左も分からない、そんな自分達が一体何が出来るというのか。心配性にも程がある。

 そんな光の心境をさとってたかのように、敬太は丁寧に、だがどこか言い聞かせるように説明してくれた。


「僕たちはこの世界では規格外の強さをもっているんですよ? 言ったでしょう? 英雄でもレベル50くらいだって。光さんみたいにレベル93なんて、お伽噺とぎばなしどころか神話や伝説に出てくるような、神がかった英雄クラスなんです」

「俺のレベルをどうやって……って、ああ。スマフォ見て確認したのか」


 敬太は申し訳なさそうに頷き、言葉を続けた。


「そんな僕らが王宮で暴れたら、この世界の人たちの手に負えませんよ。だから安全が確認されるまで、この特別な結界を張った迎賓室に一旦していただいているんです」

「つまりはていの良い監獄ってぇわけね」


 皮肉げな光の言葉に、敬太の顔が苦渋に歪む。


「……害が無いと判断されれば、自由になります」

「んでも、この部屋のその結界ってそんなに強力なワケ? 見たところただの豪華すぎる部屋にしか見えんけど」


 それに対しては敬太はどこか得意そうに言った。


「試しに壁を殴ってみて下さい。思い切り、全力で」

「壁を?」


 今や岩をも砕く威力を持ったこの拳で殴ったら、それこそ簡単にぶち抜けるんじゃなかろうか。

 そんな事を思いながら、光は腰だめに構え、右手を引き絞ってまで使って壁を殴ってみる。


「ふっ!」


 神速の速さで放たれた拳は、吸い込まれるように壁に激突する。この勢いなら壁を突き破る事が出来る。

 そう思っていた光は、思わぬ感触に驚いた。


「なんだ? この手応え」


 まるで暖簾のれんでも殴ったかのように、衝撃が優しく霧散させられたのだ。

 そう表現するしかない、妙な手応えだった。


「分かったでしょう? この王宮も古代カナン文明の遺産を改装したものなんです。それだけじゃありません。この王都そのものが古代カナン文明の遺産なんですよ」


 ふんすと得意そうに言った敬太に呆れつつ、光は改めて古代文明の威力を思い知った。


「そう言えば、ゲームの設定でしょっちゅう見かけるよな。レアなアイテムがカナン文明の遺産だったり、古代遺跡のダンジョンに妙に強力な罠が仕掛けられていたりとかな。独自のモンスターもいたんだっけ」

「ええ。そしてこの世界じゃ、それは現実リアルに存在します。そして、これらを活かす者だけが強者たり得るんです」


 言われれば、光がゲームで持っていたレアなマジックアイテムのテキストには、必ずと言って良いほどカナン文明の名が見え隠れしていた。

 ただでさえ強力な自分達が、そんな代物アイテムを装備したら? 下手をすると、この世界の一軍すら相手に出来るのではないだろうか。

 そこまで考えて寒気がした。

 力を得るのは良いとしても、言動いかんによっては、として認識され、暗殺等という手を使われるのかもしれないのだ。

 そう考えると、敬太は上手く立ち回っていることになる。でなければ、こうも好意的に受け入れられている訳がない。

 一見繊細で臆病そうなこの少年が、実際にはしたたかな性格では無いかと、光は改めて思い始めていった。

 そんな事を考えていた矢先の事だった。


「おい、真琴まことは? 大丈夫なんだろうなっ!」


 急に不安に駆られ思わず敬太を問い詰めてしまった。

 だからだろうか。敬太は首をすくめ、恐々こわごわと返答する。


「ちゃんと無事ですし、僕らがあの人をどうこう出来るわけないじゃないですか。だってあの人レベル91なんでしょう? 返り討ちになるのがオチですよ」


 そうでしょう? と言わんばかりに上目遣いで卑屈そうにそう言ってのける。

 だが、光はその目の中に何か昏いものを感じていた。


「そういうお前のレベルはいくつなんだよ」

「僕のレベルは76です。疑うんならデータも見せてあげても良いですよ? 見ます?」

「おう、見せてみろ」


 光の要求におどおど応じ、敬太は自分のスマフォを操作して、パラメーター画面を呼び出す。

 そしてそれを光の目の前にかざして見せた。


「確かにレベル76の……クラスは聖騎士パラディン?」

「です。ゲームの中では僕は壁役兼前衛の回復役でした」

「……それで軒並み戦闘向けの能力値パラメーターが低いのか」


 実際ゲーマーとしての視点でデータを見た限り、戦闘向けの能力値には設定されていない。極めて支援向けの能力になっている。戦闘能力など自衛目的程度しかない。


「これでも転移してきた人間の中では高い方なんですよ」

「そうなのか?」

「はい。ここに来る道中にお話しした、僕が『師匠』と呼ぶ人もレベル自体は僕より低かったですし。ただ、プレイヤースキルが凄く高くて、人柄もよかったから勝手に師匠扱いしてたんですけどね」


 敬太は懐かしそうな憧れるような、そんな表情で人物のことを語っていた。

 敬太にそこまで言わせる『師匠』という人物はどんな人なんだろう。

 光はふと興味を覚えた。


「その人は今?」

「さぁ、今頃奥さんと一緒にこの世界の空の下。どこかの町か村でのんびりスローライフでも楽しんでいるんじゃないですかね?」


 勿体ない。敬太の声音はそんな残念そうな響きを伴っているように聞こえる。


「そう言えばお前『勇者』だの『勇者様』だのって言われていたよな? 一体何やったんだよ」


 光は気になっていたもう一つのことを尋ねてみたが、反応はあまりかんばしく無かった。


「あまり大したことじゃないですよ。ちょっとだけゲームの知識と経験活かしたら、教会が勝手にそう呼び始めただけです」

「何。勇者って教会が認定するもんなの?」


 教会と言えばゲームの中では蘇生ポイントとしてだけで無く、キャラクターメイキングを司る部門であった。クラスチェンジなどもここで行われる。

 それと何か関係があるのだろうか?


「いいじゃないですか。僕のことは」


 いかにもその話題には触れて欲しくないとばかりに、敬太は会話を打ち切った。


「それよりも光さん。お腹すいて眠たいでしょう?」

「ああ、なんかもう疲れた」

「ならやることやって、食事と睡眠といきませんか?」

「何すりゃ良いんだよ」


 一体何をさせるのかと、光は身構えるが、敬太は「散歩にでも行きましょう」とでもいう軽い口ぶりでこう言った。


「王様に謁見してもらいます」

「はぁっ!?」


 光は思わずすっとんきょうな声を上げて、敬太に問い返した。


「王様に謁見って、どうして?」

「先方がそれを望んでいるからに決まってるじゃないですか。大体、僕らが兵士さん達と一緒にこれたのは、誰のおかげだと考えてたんですか?」

「あのモアイのおっさんとか」

 

 光は王都に入って美久との私闘を仲裁した、巌のような偉丈夫を思い出していた。


「モアイって……ゴードウェン閣下の事ですか? まぁ確かに僕たちはあの人の下で働いてますけど、それを決めたのは誰だと思います?」


 光は返す言葉が無かった。


「どのみち世界で暮らすなら、何らかの後ろ盾があった方得だと思いますよ? 特にこの国の王様って僕たち地球人に理解が深いようですし、会って悪いことにはならないと思いますけど」


 どうなんです? と、問うような敬太の言い草には、あまり良い気分がしなかったが、理屈としては納得できてしまう。


「そうと決まれば早速」


 敬太はこれ以上の会話は無意味とばかりに打ち切った。

 そして、テーブルの上に有ったハンドベルを鳴らす。

 すると待ち構えていたかのようにドアが開き、片眼鏡モノクルをかけた白髪の男が姿を現した。

 黒い服をきっちり身に纏い、隙の無い痩躯のその姿は有能な執事を思わせる。


「クローランドさん、お願いします」

「かしこまりました」


 やはり執事かそういう感じの職らしい。

 クローランドと呼ばれた男がパンパンと手を打つと「はーいっ!」という華やかで若々しい乙女達の声が聞こえてきた。そしてうやうやしく、三人の少女がドアを潜って現れる。


 メイドであった。


 ただし、秋葉原辺りでお目にかかるような、萌え系の。


 胸元は谷間が垣間見えるほど空いているし、袖も短く肌が露出している。

 スカートの丈も短い、下手に動こうなら下着が見えそうである。

 何より各所にフリルが付いた甘めのデザイン。


 三人の可愛いメイドさんは元気よく、可愛く「お願いしまーす!」と言って光ににじり寄ってきた。

 光はその妙な迫力に押され、執事と思しき痩躯の男に助けを請うように尋ねる。


「あ、あの。クロードさん?」

「クローランドでございます」


 クローランドは慇懃に訂正した。


「あの、この子達は一体?」

「見ての通り、侍女メイドにございます」

「質問していいですか?」

「お答え出来る範囲であれば、なんなりと」

「この格好は、この国の物ですか?」

「まさか」


 クローランドはキッパリと否定した。


「このように肌を見せる服など、はしたない」

「じゃなんで着てるんだよっ!?」


 それを聴いて、三人メイドは顔を真っ赤にしてモジモジしている。


神世かみよの方々は、このような侍女メイドを使っていらっしゃるとうかがいまして、それに合わせたのですが、それがなにか」

「なにかじゃねぇよっ!! どこからツッコんでいいか、分からねぇじゃねぇか!! 普通でいいんだよ普通でっ」

「ですから、これが神世の方々の普通だと。違っておりましたかな」

「確かにそういう文化が有るのは否定しねぇけどっ、一般的なもんじゃねぇええ!?」


 それを聴いて、クローランドは僅かに身体をよろめかせた。


「なん、です、と? おかしい。今までいらした神世の方には大変なご好評を」

「そら、こんな可愛いメイドさんならみんな喜ぶだろうよ!?」


 それを聴いて侍女達は顔を更に赤らめ、


「可愛いですって」

「きゃーっ!」


 と喜んでいた。


 そしてクローランドは、


「お気には召したのですな?」


 と、確認するかのように眼鏡を光らせる。


「そりゃ、嬉しくないっちゃ嘘になるけどよ」

「なら、なんの問題もありませんな」


 再起動したクローランドを見て、光は最早もはやなにも言うべき言葉無かった。

 正直もう好きにしてくれという心境だ。

 それにしても、どこのどいつだ。萌え文化カルチャーなんてものを持ち込んだのは。


「ということで、皆続きを」

「「「はーい」」」


 クローランドが指を鳴らすと、侍女達が再びにじり寄ってきた。


「待て、だから何をする気だ」

「お召し物の着がえを」


 再び片眼鏡モノクルがキラリと光る。


「王の御前に向かうので有れば、それに相応しい出で立ちを」

「話は分かった。けど着替えくらい一人で出来るからっ」

「いけません。ここは我らにお任せを」

「ということで、旦那様」

「お洋服、ぬっぎちまちょーねーっ」

「……………脱がす」


 光は一瞬抵抗しようかと思ったが、今の自分の力では、相手に重傷を与えかねないと迷った。

 それが隙を呼ぶ。

 六本の腕が、光の衣服を捕らえた。


「ま、待てっ! 落ち着い あ────っ!?」


 光の絶叫がしばし轟く。


 だが、やがて諦めたような沈黙が訪れたのだった。





 そして、小一時間が過ぎた。


「いかがでございましょう」


 微量に得意気を含ませた声でクローランドが尋ねてくる。


 そして光はというと──


 大きな姿見の鏡の前で、肩を震わせていた。


「よくお似合いです、旦那様」

「素敵ですっ、旦那様」

「…………お持ち帰りしたい」


 侍女達から一部不穏当な台詞が聞こえて来たが、それどころではなかった。


「な ん だ この格好はぁあああ!?」


 姿見には、女の子が着るような露出多めのフリルがついた甘めのデザインを身に纏った、光の美麗な姿があった。


「なにかご不満でも」

「ご不満も何もっ、なんだ、この女みたいな格好はぁあああ!?」


 それを聴いて老執事は軽く首を捻った。


「はて。ご報告ではそのような礼服がお好みと窺いましたので、見合う物をなんとか見付けて来たのですが」

「どこから来た!? そんな報告!!」

「他でもない、そこにおいでの勇者ケイ様です」

「お前のせいかっ!!」


 吠える光に脅えながらも、敬太はようやくといった調子で声を振り絞った。


「だ、だって。光さんのデータ見てたら、コスチューム欄ほぼメールシリーズばかりだったから、女装そういう趣味か願望でもあるのかと思って、早馬で手配させたんですけどっ……違いました?」

「ねぇよっ、そんな趣味!? いらん気を利かせやがってっ、他に礼服はねぇのか! ちゃんとした男物のっ!!」


 クローランドは首を捻って、


「無いことはございませんが、問題が一つ」


 と勿体ぶって懐中時計を取り出し、厳かに言った。


「謁見のお時間でございます」

「冗談抜かすなっ!? こんな格好で王様に会えるかっ!!」

「大丈夫です。陛下は他者の趣味にご寛容な方でありますれば」

「だからそういう趣味は無いと!!」

「おっともうお時間が」

「逃げるなっ!?」


 だが、老執事は韜晦とうかいして、もはや何も言うことは無かった。






「先輩。何その格好」

「誰のせいだと思ってるんだ、お前は」


 控えの間で無事合流できた真琴と交わした会話が、まずこれだった。

 元はと言えば、ゲーム内で真琴がMシリーズと呼ばれる、男性向けキャラクター用の女装服をプレゼントし続けた結果がこれである。

 もっとも、断る事も出来ずもらい続けた光自身にも、責任がないとは言い切れない。


 それにしてもと、光は真琴に視線を送った。


「なにさ? 人のことじっと見つめて」


 真琴は本当に化けた。

 青と白をを基調としたドレスに、薄く嫌味にならない程度に化粧を施している。

 普段活動的で活発な事から中性的に見られがちだが、今や立派な貴婦人として紹介しても恥ずかしくなかった。


「そんなに似合わない? やっぱり」


 ただ、当の本人は自覚も自信も無いようで、身を捻って自分の姿を見ている。


「いや、よく似合ってるよ」

「え? 今なんて?」


 光は照れ臭くなって、プイッと視線を外した。


「二度も言わねぇ」

「けち」


 美久が「このバカップル」等と言っていたが、無視してやった。

 それが面白く無かったのか、じっと光を睨んでくる。そして女性の様な姿をからかうかと思ったが、


「恩には着ないからね」


 それだけ言うと、後は黙っていた。

 何のことかと思っていたら、真琴が


「町での一件よ」


 と、こそりと言ってウィンクしてきた。

 それを聴いて「ああ」と納得する。


「気にすんな」


 こっちもそれだけ言うと、後は黙っておいた。

 実際、あの一件で光達は上手く立ち回り、町の人間の信頼を勝ち得ている。

 得にはなっても損はしていないのだ。

 美久達は面白くないかもしれないが。


 そうこうしている内に、謁見の準備が整ったとの案内がやって来た。

 こうして一同は王の下へと向かうのであった。

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