第7話 神の形

 平原を渡る風が心地よかった。

 ガタゴトと揺れる馬車の上で、光は気持ちよさそうに目を細める。


「いい風だ。こうしてると、お前達が世話になってるってとこって、結構良さそうだと思えるぜ」


 頬をくすぐる風を浴びながら、光はそんな事をつぶやいた。

 もっとも、手には手枷てかせ、足には冗談のように大きな鉄球が付いた足枷がかけられているのだが。


「ふん。強がりもそこまでいったら大したモンね。それとも格好つけてるだけかしら?」


 そう毒舌を吐いているのは、同じくこの異世界に飛ばされて来たという少女、美久みくだ。

 出会った頃から敵対的と言うか、少なくとも好意的では無かった彼女だが、今は光と真琴同じ馬車に乗り、非常時──光達が敵対行動に出る事──に備えて待機している。

 もっとも、道中散々悪口雑言を浴びせられて辟易へきえきしていたのだが。


「でもま、賢明な判断かもね? これだけの兵士とわたし達に囲まれて、逃げ出せるはずも無いだろうし」


 あの後、二人は大勢の兵士に囲まれて降伏を余儀なくされた。

 無論素手でも抗う術が無かった訳でもないが、むやみやたらと暴れまくるのは状況を悪化させることは有っても、良くはなりはしないという考えが有った為だ。


 とにかく今は情報が欲しかった。だからこうやって真琴と共に虜囚の身に甘んじているのだ。


 ちなみに二人はいまだに寝間着姿のままであった。

 転移してきた時、何故か一緒についてきたスマフォには一瞬で装備やコスチュームを替えられる、まるで冗談のような機能が付加されている。

 ちなみに二人のスマフォとタブレットは、美久みくが発見して、今彼女の手の中にあった。

 どうやら敬太が自分のスマフォを使って光が言った番号にかけ、その着信音を頼りにして探し出したらしい。ご苦労な事だと光は内心苦笑していた。

 それでもその機能で着替えさせてもらってないのは、その機能を使うと瞬時に武装出来るので、その安全対策のためだった。

 まぁ妥当な判断だが、この世界の人間が思いつくとは考えにくい。大方敬太か美久の入れ知恵だろうと予測する。

 どのみち今はやることもないし、風を楽しむ事にした。


「それにしても、未だに信じられない。あたし達がゲームの世界に転移して来たなんて」


 真琴もまた腹を据えたように、呑気に風を浴びていた。

 不安が無いわけでは無いだろうが、光同様今は流れに身を任せる時期と割り切っている様子だ。


 そんな真琴に敬太は淀んだ視線を向けてきた。


「ゲームじゃありませんよ」


 敬太の口調は硬いものだった。


「ゲームと違って、死んでも神殿で自動的に復活できる訳じゃありません。死ぬ人は……死にます」


 敬太のその話ぶりからすると、どうやら想像していたより、事態は生易しいものでは無いことが二人にも理解できる。

 未だ中学生だという多感な二人は、この異世界で何を見てどんな体験をしたのだろうと想わずにいられない。


「……すみません。これ以上は、落ち着いてからでいいですか?」


 正直この繊細そうな少年を傷つける事は本意では無い。ここは話題を変えるべきだと光は判断した。

 それでなくとも情報は今喉から手が出るほど欲しい。そんな打算もある。


「ああ、悪ぃ。でも、あの時よく俺の前に聖盾プロテクション張ってくれたな? まさか出待ちしてたわけじゃねぇだろうに」

「そうよ。出待ちしてたの」


 うつむいている敬太の代わりに、美久が返答する。


竜頭巨人ドロウル三匹相手にどうやって凌ぐか、見てたのよ。二匹をあっという間に仕留めたのには正直驚かされたけど、長続きしなかったわね? この早漏野郎」


 それだけ言うと美久はケタケタと笑った。だが、その猫を思わせる目は笑ってなどいない。蔑むような憎むような、そんな色をたたえている。


「ミクちゃん。それぐらいにしておきなよ。怒って暴れられたら面倒だし」


「ふん。そうしたらわたしの爆炎槍フレイムランスで黙らせてあげるから、安心して?」


 相も変わらず人を舐め腐ったような少女の口ぶりに、流石に一言言ってやろうかとしたが、こつんとふれた真琴の肩と気遣わしげな視線に再び冷静になった。

 そして疑問を投げかける。


「出待ちしてたってことは、俺達がすでに転移していたのが分かってたみてぇだな?」


 すると敬太はどう説明したものかと考え込んでいるようだった。神経質に、親指の爪を噛んでいる。


「……お二人とも、結婚機能マレッジ・システムについては、ご存じですよね?」

「あれだよね? 結婚したキャラ同士がパーティー組むと、戦闘力がグンって上がる奴」

「それと──倉庫付きのホームが貰えるんだっけか」

「あ、それそれ。スローライフも楽しめるんだよね? あたし、楽しみにしてたんだー」

「それですよ!」


 いきなり敬太が叫んで、二人をビシッと指さしてきた。あまりの豹変ぶりに二人は目を白黒させてしまう。


「どういう理屈か未だ分からないんですけど、新しい転移者が来るといつの間にか家が建っているんです!」


 ふんすと鼻息も荒く力説する敬太に、呆れかえってしまう。

 どうもこの少年、見かけによらず感情の起伏が激しいようだ。


「それで、今までの統計から出現ポイント割り出して、手分けして探してたんですっ。僕があそこにいたのは、僕達もあの場所で転移したからなんですよ!」


 ついには、どや顔で胸を張っている。

 何が嬉しいのか光にはさっぱりだったが、敬太は説明出来ることがあると、ついつい興奮してしまう気質のようだ。

 多感な少年らしいと言えばらしいが、ちょっと度が過ぎている気がしないでもない。


「あー、その点については分かった。でも家が建つって、一体どこに?」

「あっ、それはですねっ──」

「ケイちゃん、いい加減に落ち着いて!」


 美久の言葉に敬太がすっかり我に返って、叱られた子犬のよう顔になって黙り込む。

 どうやらこの二人、手綱は美久が持っている様だ。おかげで情報を引き出し損ねてしまった。

 となると、情報を聞き出す相手は少女の方、つまり美久と言うことになる。

 この敵意丸出しの上に、人をゴミか汚物かとでも言わんばかりのお嬢さんから情報を引き出さねばならないわけだ。

 からめ手で攻めるしか無いが、どうもこの年頃の娘扱いは光でも難しい。

 そもそも女心にうとい光には荷が重い相手だった。

 ただ、妙な既視感を感じているのも確かだ。それがつかめればあるいは──

 と思っていた矢先。


「美久ちゃん、だっけ。聞きたいことがあるんだけど──いいかな?」


 そう、真琴がいた。

 女同士ならポロリもあるかも、と期待しつつこの場は任せてみることにする。


「何よ。あんた達のデータ見てるのが気になるって言われても、私もケイちゃんもそれが仕事だから、謝らないわよ」


 さっきから何をしているのかと思ったら、二人のスマフォと真琴のタブレットを操作して、なにやら確認していたらしい。

 しかもそれがどうやら二人のパラメーターだった様だ。

 とんだ、個人情報保護の侵害であるが真琴はニコニコとしていた。


「うんうん。構わないよ。あたし達の事知って欲しいし。特に美久ちゃんとは仲良くなりたいから」


 と、あくまで鷹揚に構えている。


「馴れ合いはしないわよ」


 そんな真琴の手には乗ってやるものかとばかり、美久はぷいと横を向き警戒する素振りを見せていた。


「ところでさ、敬太君が真っ先にあたし達の指輪気にしてたよね? 何か関係あるの?」


 真琴の問いに、美久は仕方が無いとでも言いたげに向き直る。


「それはね、この世界に転移する人達には一定の法則があるのよ。聞いた事無い? 『ゲームで結婚したリア充は神隠しにあう』って」

「あー、あるある。ね? 先輩」

「俺も聞いた事があるな。単なる都市伝説かと思っていたんだけどよ。まさか自分たちがそうなるとはなぁ」

「そ。条件としては、リアルで男女である事。そしてお互い好意以上の感情を持っていること──らしいわ」


 まさに光と真琴の状況と合致している。


「ってことはさ、美久ちゃんも敬太君の事好きなんだ?」

「んなっ!?」


 それを聞いた途端、幼さをたっぷり残した二人の顔が真っ赤になった。


「ケ、ケイちゃんとはただの幼馴染みってだけよ! 別に、それ以上の感情はっ!?」

「ほー? でも幼馴染み同士でもエッチな関係にはなったりするんでしょ?」


 はい?

 いきなり何を言い出してるんだ真琴こいつは。と思いながらも、美久から意外な反応を引き出した事には驚嘆する。


「な、何のこと言って」

「とぼけてもだーめ。あたしだって経験者なんだから。ずばっとまるっとお見通しよ?」


 だから、何を言っているのか。この真琴おんなはっ。


 真琴の「経験者は語る」的な発言に、その場の温度が2℃はあがった。

 敬太は真琴の顔をガン見したかと思ったら、次の瞬間には慌てて顔を背けていたし、美久に至っては、まるで悪さをした現場を見られた様に目を白黒させながら口をパクパクさせている。


 そして光は──


 光と真琴はキスまではしたことが有るが、いまだ男女の関係にはなっていない。

 高校までは学生らしい清い付き合いをする。それがお互いの親への誓約だったのだ。そしてそれを律儀に守っている。

 それとも何か? 真琴は付き合い始める前に他の男と──

 

 などと恋人の貞操に関して思考を巡らせ、固まっていた。

 はたから見てる分にはまるでヤッて当然、みたいな様子であったがこれは当人の知らぬ事である。

 だがそれが幸いした。

 ニコニコと経験者宣言した真琴と、黙って鷹揚に構えている光の姿を見て大人の貫禄を悟ったのか、美久はとうとう白旗を上げた。


「あー。まぁエッチしてるって言えばそうなんだけど なんで分かったの?」


「あのロボットみたいな姿に変身してたとき、あたしなんだか気持ちよかったんだよね。エッチしてるみたいでさ」


 やっぱり経験あるのか?

 あけすけな真琴の言葉を聞いて光の頬が引きつった時、真琴の肘が脇に当たったのに気づいた。

 横目で恋人の顔を見たら、その顔に「少しは自分を信用しろ」と書いてある。


「それに美久ちゃん、先輩を責めていた時に話の中で『女の子を大切に優しくしろ』みたいなこと言ってたじゃない? だからもしかしてと思ってカマかけてみたの。当たりみたいね」


 言ってたっけ?

 そう言えば『気絶している時変身なんて最低』という罵詈雑言を浴びたし、『不感症』だの『早漏』だの、男として言われ放題──


「──あ」


 そういうことか。

 でも、あの時も思ったが、なんでそんな感覚が?

 自問自答してみるが、答えは出ない。


「ケイちゃん。タッチ」


 疲れたように顔を赤く染めて、美久は降参したように敬太に助けを求めた。

 請われて敬太は説明を引き継ぐ。


「『シャクティ』って言葉聞いたこと有りますか?」

「なにそれ? 人の名前か何か?」


 真琴は聞き慣れない言葉にキョトンとしている。

 だが光は、聞き覚えがあった。


「確かインド神話に出てくる用語だったな。男女の仲から生まれる霊的エネルギーじゃなかったか?」

「概ね合ってます。で、これを見て下さい」


 敬太は自分のスマフォを取り出し、画面を操作して一枚の写真をセレクトして見せた。

 そこには一角の白い鬼神となった二人の姿が映っている。


「この女人像がミクちゃんなんです」

「どういうこと?」

「この女人像の中って、魔法で透視してもらったら、中がシリンダー状になっているんです。でガソリンエンジンみたいに中にピストンが入っていて」


 そこまで言って、敬太の顔が赤くなった。


「ま、真面目な話なんで笑わずに聞いてくださいね? そのピストンの形っていうのがいわゆる、そのぅ」

「分かった皆まで言うな」


 光はその構造と形状に検討がついた。


「ちょっと先輩。一人で分かってないで説明してよ」

「真琴。シャクティってのは、男女の性愛から生まれる神のエネルギーって聞いたことがある。ってことは、この女性像フィギュアヘッドが女性器。中に有るのが男性器、だろ?」


 最後は敬太に向けた言葉だった。

 その言葉に敬太は赤くなりながら真剣な表情で頷いた。


「僕たちはこれを仮に『シャクティジェネレーター』と名付けました。文字通り神の力を生み出すエンジンに相当するんです」

「日本でも男根信仰ってあるだろ? 古来洋の東西を問わず、人間の性器や男女の営みを生命や豊穣のしるしとして信仰するって文化は多いんだ」


 へー、と真琴は感心したようにため息を漏らした。


「つまり、わたし達がこの変身した姿で戦っている時は、中で男どもが腰を振ってるってこと」

「ミクちゃん」


 身も蓋も無い美久の言い方を敬太がたしなめるが、美久はそっぽを向いて無視をする。


「なるほど、話は大体分かった」

「分かったって、何がですか」


 敬太のそれは、問いと言うより確認に近かった。


「俺達には力がある。竜頭巨人ドロウルすら易々と粉砕出来るだけの力。シャクティという神のエネルギーを使える力がな」


 そこで光は一旦言葉を切った。

 ガタゴトと馬車の車輪がわだちを刻む音が静かに支配する。


「そしてお前達はその力を利用したいと考えている連中の犬になって、俺たちのような新参ものを狩り出して捕らえている。違うか?」

「……僕達は、同類の人を保護しているだけですよ。この異世界に来て途方に暮れている人たちを、ね」

「ご丁寧に手枷、足枷をして?」


 再び重い沈黙が周囲を支配する。

 美久は頬杖を付き不貞腐ふてくされた顔で馬車の外を見ているし、敬太はくらい目で光を睨んでいた。

 光もまた表情の消えた顔で敬太の表情を見返す。真琴はそんな光を心配そうに見つめていた。


「ちなみさ、ロボットの姿をした時のあたし達ってなんて呼ばれているの? 敬太君」


 緊張に耐えられ無くなったのか、真琴がそう尋ねた。


「人の形をしたものを人形って言いますよね? じゃ、神の形をしたものって何て言うと思います?」

「神の形……縮めたら、神形しんぎょう?」

「僕たちはこう呼ばれています。『神を形どった神の化身』その名を『神形機ディヴァーター』──と」

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