第6話 少年と少女

 電光石火とはこういう事をいうのだろうか。


 瞬く間に竜頭巨人ドロウルを倒した一角獣ユニコーンのような白い鬼神は、周囲を警戒するように立っている。


『う……ん』


 その時、真琴まことが目を覚ました。

 どうやら竜頭巨人ドロウルに突っ込んで行ったとき、途中で意識が無くなってしまったらしい。


『おい真琴! 無事か!?』


 紫黒の鬼神、みつるは胸元に対して、心配そうに声を掛ける。


『先輩……? !っ 竜頭巨人ドロウルは!?」

『安心しろ。あの白い巨人が助けてくれた』

『白い巨人?』


 光はまだ周囲を警戒している白い外装の鬼神を指さした。


『綺麗……あのロボットみたいなのが?』


 真琴も驚きを隠せなかったようで、目を丸くしている様子である。


『ああ、凄かったぜ? 竜頭巨人ドロウルをたった二発で殲滅しちまうんだからな』


 光は頼もしげにその背を改めて見つめた。


 白い鬼神は一通り見回って安全を確認したのか、二人の元にゆっくりと歩みよってくる。


 美しい鬼神だった。

 光達とは違って禍々しさが全く見られず、純白の外装には蒼天を思わせる青がアクセントとしてちりばめられている。

 その双眸は穏やかなみどりをたたえ、特徴的な額から長く伸びる角は、一振りの剣にも似ていた。

 何より、胸にはやはり光達のように美しい白銀の女人像が取り付けられている。


 それは明らかにこの鬼神が、光達と同じ物だという証左であった。


 だが二人の前まで来ると、白い鬼神はその剣の切っ先を倒れた二人に突き付けてくる。


 これには二人も何事かとびっくりして、思わず声を上げた。


『お、おい! お前っ!?』

『一体何の真似!?』

『騒がないで下さい!!』


 その声はやはり少年のものだった。

 ややかすれてトーンが高いところから、声変わりの最中と思われる。

 少年の声で白い鬼神は油断する事なく切っ先を突き付け、なおも言葉を続けた。


『あなた達は地球の人ですか!? 答えて下さい!! さ、さもないとっ、き、斬りますっ!』


『『へ?』』


 二人はその質問に思わず間の抜けた声を上げていた。

 それはそうだ。二人の危機に『聖盾プロテクション』までかけて助けておいて、今度は斬るという。


 ただ、妙に声が引きつっているし、よく見たら剣の切っ先も震えている。

 ここはあまり刺激を加えない方がいいかと思い、光は出来るだけ冷静に質問に答えた。


『そうだが、まず物騒なもの引っ込めてくんねぇか? こちとらまだわけも分からずいるんだ』

『じゃぁ、地球から転移してきたばかりってこと?』


 今度は白い鬼神があどけない少女の声で問いかける。


 やっぱりこいつ、俺たちと同じ存在か。

 よく考えてみれば会話が成立している時点でその可能性は十分あったのだ。

 光は密かに納得し、目の前の鬼神からどう情報を引き出そうかと思案した。


『そうだよ。多分あたし達とあなた達は同じ境遇だと思う。だから落ち着いて。ね?』


 真琴も目の前の二人を落ち着かせようと、光をフォローする。

 だが、白い鬼神は警戒の色を解こうとはしなかった。


『じゃぁさ、まず変身を解いてよ』

『『はい?』』


 緊張した口調の少年の声とはどこか裏腹に、少女の声はどこかぞんざい、というか面倒臭そうだった。


『いや、変身解けって言われてもなぁ』

『あたしも気がついたらこの状態だったし』

『俺も無我夢中になって変身したから、どうやればこれが解除出来るのか分からん』


 これには相手も呆れたらしい。


『ケイちゃん。もうこいつら殺そ?』


 白い鬼神は少女の声で人をゴミでも捨てるかのように、恐ろしいことをさらりと言ってのけた。

 だが、少年はそれをたしなめる。


『ちょっと待って美久ちゃん。駄目だよ、いきなり殺すなんて言っちゃ』

『そ、そうそう短気はよくないぞう』

『殺すのは、後でも出来るから』

『おい』


 少年の方もさして変わりはなかった。


『取りえず、お前達はどうやって変身解除してえいるんだ? 多分変身方法は同じなんだろ?』

『質問に質問を返すのは失礼ですけど、あなたはどうやって変身したんですか?』

『え? そりゃお前。真琴──あ、俺の相方のことな。そいつが気絶してるときに、内側から変身の言葉が浮かび上がって』

『それで?』

『その言葉「クロス・アバター」って叫んだら、この姿になってた』

『ふむ』


 少年がそう呟く声が聞こえると、その剣の切っ先がわずかに下がる。


『相手の意思がないときに変身したんだ? うわー、このひとサイテーっ』


 それのなにが悪かったのか分からなかったが、ここはひとまず大人しくしておくに限る。

 とは言え、少女の言い草を聞いているとなんだか敵対的というか、同郷の人間相手に敵意を持っている感じすらした。

 一体この世界では何があったんだろう? と思わずにいられない。


『あー取り敢えずですね、お互いの身体を離しすイメージを浮かべて「リクロス・アバター」と言ってみて下さい』

『分かった。いいな、真琴』

『こうなったら仕方ないね』


 変身を解いた途端踏み殺される可能性も考えたが、それは無いかと考える。

 少女の方はともかく、会話や様子を見聞きする限り、少年の方は明らかに人を殺す事に慣れていない。

 第一、最初から殺すつもりがあるのならいくらでも機会があったし、そもそも助けにも出てこないはずだ。

 油断がならないのは少女の方だが、身体の主導権は少年にありそうな気がしたので、この点も心配はないだろう。


『けど、身体を離すイメージって?』


 真琴がそう尋ねる。

 確かに妙な言い草だった。光は自分が巨大な鬼神となっている感覚は確かにあるが、真琴とどこか接触しているという感覚は無い。

 真琴の方も同様のようで、変身解除の言葉を言っても解除できない可能性が高かった。

 それに対して、少女の声が怒ったような呆れたような響きでこう返答する。


『あ、あんた達。二人揃って不感症なの!?』

『不感症?』


 なんの事やらと光が内心で首を捻っていたら、少女がモゴモゴと恥ずかしげといった感じで答えた。


『だ、だからっ! お互いのっ! えーと何? お、お股とお股のってこれ以上言わせないで!?」

『股? あっ』


 そこまで聞いてようやく気がついた。

 そう言われれば、戦闘中も妙に股間が温かった気がする。

 それに真琴が悩ましげな声を上げていたし。

 

 まるでそれは男女の──


 と、そこまでで恥ずかしくなって考えるのを止めた。

 とりあえず、腰のモノを引き抜くイメージを浮かべる。


『あ……っ』


 また真琴の切ないような声が聞こえたが、この際無視をした。


『じゃぁいくぞ、「リクロス・アバター」』


 すると光達、紫黒の巨躯が光の粒子となって消え、二人は元の姿に戻る。


「これでいいだろ? お前らも変身解けよ。おっかねぇたらありゃしねぇ」

『いいでしょう。「リクロス・アバター」』

『ちょっ!? ケイちゃん、何勝手に!!」


 少女の抗議にも関わらず、ケイと呼ばれた少年は変身を解いた。

 まるで雪が天に舞い上がるように光り輝く粒子となって、白い鬼神は姿を消した。


 そこには光より小柄な二つの影があった。


 光より3つは年下だろうか。髪の毛も黒みがかった栗毛だし、やや白い肌と言いどうも色素が薄い体質らしい。顔立ちも愛らしかった。光ほど女顔では無いが、整った顔立ちをしている。瞳の色は驚くべきことに金色だった。

 そんな少年は、まるでファンタジーRPGの様に白く輝く甲冑と、見事な意匠の剣。そして丸い盾を装備している。

 しかもそれが結構様になっていた


 少女の方は少年と同じ年頃のようで、長い黒髪を無造作に後ろで束ね、まるで魔法使いのように深紅のローブを羽織っていた。

 ローブの下は所謂ゴシックロリータ風で、派手でエキセントリックなドレスを着込んでいる。

 手には短杖ワンドを携え、油断なく身構えていた。

 その大きくつぶらな紫の瞳は、今は嫌悪というか敵意で染まっており、あまり話したい雰囲気では無い。顔立ちも猫系を思わせるもの、笑えばさぞかし可愛いのに勿体ない、などと光は思った。


 それはともかく、この二人がどう出るか。

 光は敵意が無いことを示すために手を挙げた。真琴もそれを見て抵抗する意志が無いことを示す。


 それを見て少年は頷き、ゆっくりとこちらに向かって歩み寄って来た。


 すると


 こてん


「「え?」」


 なんと、少年は二人の前で膝を折り倒れてしまった。


 どこかでカラスが「アホー」と無く声が聞こえる。


 ややあって 少年は「あはは……」と申し訳なさそうに笑うと、ようやくよろよろと立ち上がった。


「あ、あの。お二人とも大丈夫ですか?」


 そして先ほどの凛々しく、緊張した姿とは全く逆に、何か悪い事でもしでかしたかのようにおどおどしている。

 身長も160cmにはやや届かないという小柄なので小学生か中学生くらいだろうか。ただでさえ小柄なのに申し訳なさそうに猫背になっているので余計に小柄に見える。


「いや、俺は無事なんだが……」

「君の方こそ大丈夫?」

「あはは……せ、戦闘の時は平気なんですけど、気が抜けると腰が抜けちゃって」


 その時になってようやく確信できた。

 この少年は日本語を話しているのだ。少なくともそう聞こえるし、口の動きも合っている。


「君、日本人なのか?」

「はい。『小野田おのだ 敬太けいた』といいます。多分ですけど、今中学二年です」

「多分?」

「現実世界とこっちの世界じゃ時間の流れが同じか分かりませんから……だから多分なんです」

「なるほどな……。あ、言い忘れてた。俺の名前は『日高ひだか みつる』。ひかりと書いてミツルって読むんだ。で、こっちは」

「あたしは真琴まこと 『日向ひゅうが 真琴』よ」

「んで? あそこで親の敵みたいに俺たちを見ている女の子は?」


 聞こえていたのか、少女がぎろりとこちらを睨み付けてくる。


「ああ、彼女は美久みく。『長谷川はせがわ 美久みく』。僕の幼なじみです」

「ケイちゃん。余計なこと言わない!」


 今度は相方にまで噛みついてきた。何が気に入らないのかさっぱりである。


 ケイちゃんこと敬太は、剣を鞘に納めその手を差し出した。


「さっきは失礼しました。そう言えば、お二人ともこの世界に来たばかりなんですって?」

「え? なんで分かった?」

「さっきご自分でいってましたし、その格好」


 言われて二人とも自分の姿を確認する。そう言えば寝間着のままであった。


「コーディネイトソフトは持ってます? 取り敢えずそれがあれば、服装はなんとかなるはずですけど」

「ソフト? もしかして、スマフォやタブレットにインストールしてあった、あの変身ソフトのことか?」

「あー、やっぱりふたりともスマフォ持って来てるんですね? 今持ってます?」

「いや、竜頭巨人から逃げ出すとき、どっかに落としちまった」

「あの、じゃあ電話番号教えてもらえます?」

「いいぜ? 番号は──」


 それを聞くと敬太は頷いて、ちらりと美久に視線を送る。すると彼女は了解とでも言うように頷き返し、手に持った短杖ワンドを小さく振ってどこかへふらりと去っていった。


 妙な胸騒ぎがしたが、光には第一に考えなければならない事がある。


「ところで小野塚君? だっけ。俺の相方を休ませてやりてぇんだが、どこかに休める場所はねぇか?」

「あたしを?」

「だって、お前怪我してるじゃねぇか。頭も打ったみたいだし、気のせいか顔色悪いぞ?」

「え? 頭を打ったんですか? 吐き気や眩暈めまいとかは?」

「あー、吐き気は無いけど、目がちかちかする」

脳震盪のうしんとうかな……? ちょっと診せていただけますか?」


 少年は頭を慎重に診て顔色までチェックしていく。


「専門的な知識は有りませんけど……コブができてますね。腫れは……大したことないようです。一応治癒ヒールかけておきますね」


 そういうと小野田少年の手から暖かい光が灯った。それを真琴のコブに当てる。

 優しい光が真琴のコブを見る間に癒していった。


「これで大丈夫ですか? 他に痛むところは?」

「後は……そういえば左足くじいちゃったんだっけ」

「これですね。うわ、結構腫れてますよ。骨に痛みとか有りませんか?」

「どうかな? 足首が動かしにくい感じはあるけど」

「じゃぁ、今度は少し強めに治癒ヒールかけておきますね」


 再び優しい光が真琴の左足を癒す。すると見る間に腫れが引いていき元の綺麗な足へと戻った。


「へぇー魔法って便利なんだね。あたしにも使えるのかな?」


 身体の調子を見るために、軽くスキップしていた真琴が感心したように言う。


「クラスとスキル次第では使えますよ。もっとも使えるのと使いこなせるのとは違うそうですが」

「名言だな。それ経験からくる持論か? 小野田君」

「あ、僕の事は敬太で良いですよ、日高さん」

「じゃ、俺も光と呼んでくれ。ところでさっきの質問だけど」

「ああ、これ師匠の受け売りなんです。もっとも、あの人は『俺は弟子を取ったつもりはない』って言ってますけど」


 そういって敬太は渇いた笑いを浮かべた。

 なんか敬太のいう『師匠』という人物は、昭和の頑固オヤジのイメージしか思いつかない。気難しい人そうだなぁと他人事のように思う二人だった。


 しかし『師匠』という人物が居るということは、敬太以外にもこの世界に来ている人物が居るのだろうか? そもそもこの世界はゲームの中なのか? 色々と疑問があったので聞いてみることにした。


「なぁ、敬太君。君以外にもこの世界に来てる人がいるのか? そもそもこの世界って、ゲームの中なのか?」


 敬太はうーんと腕を組んで、何から話したものかと考え込んでいる。

 そしてややあって、おずおずと逆に尋ねてきた。


「あのう、その前に確認させてもらっていいですか? お二人とも『ヴィクトーニア・サガ』のプレイヤーさんだった、で間違いないですか?」


 光と真琴はお互いの顔を見合わせて答えた。


「うん。そうだけど?」

「で、結婚機能マレッジ・システムで結婚式を挙げて、この世界に転移してきた……ですよね?」

「……間違いねぇ」

「すみません。お二人とも、左手見せていただいてもいいですか?」

「「左手?」」


 再び光と真琴は顔を見合わせて首を傾げた。とはいえ断わる理由も無い。黙って敬太に左手を差し出す。


「やっぱり。間違いないですね」


 敬太の視線を受けて、二人はようやくあるものに気が付いた。


「あれ? これって……」

結婚指輪ウエディングリング?」


 二人の左薬指に、シンプルだが精密な彫金が施された指輪がはめられていた。


「いつの間に?」

「っていうか、あたし全然気が付かなかった……」


 まるで長年付けているような感じで、違和感というか装着感がまるで無い。

 光は試しに外してみようかと、引き抜こうとしてみたり回そうとしたが、どういう訳か貼りついてでもいるかのように、ピクリとも動かなかった。


「どうなってんだ? これ」

「石鹸でも使えば取れるんじゃない?」


 真琴もそう言いながら外そうとしていたようだったが、早々に諦めていた。

 そんな二人を敬太は、なぜだか申し訳なさそうな視線を送っている。

 そしておずおずといった風に、驚くべきことを言った。


「あ……あの、ですね。それ外れません。っていうか、外れたらある意味死んじゃいます」


 なんだか思わせぶりな口調だった。

 流石に聞き過ごせなかったので、光は事情の説明を求める。


「事実上って、どういう意味だ?」

「えと。その指輪の機能について、なんですけれど……ゲームでの効果はご存じですよね?」

「同じパーティーにいるか、フィールドにいると、強力な戦闘力向上バフが乗るんだよな?」

「です。それ以外にも効果があって、まず僕たちが持つゲーム上の能力の源が、その指輪みたいなんです」


 真琴は感心したように指輪を見つめる。


「へー、そういう事なんだ」


 しかし、それに続く敬太の言葉は更に深刻なものだった。


「ただ、ですね。それが外れるとなると、その恩恵は丸ごと失われます。普通の人間に逆戻りするんです」

「そりゃ、確かに勿体ねぇけど、死ぬって穏やかじゃねぇな。他にもリスクがあるんだろ?」

「それが、そのぅ……この世界の人たちとの会話が出来なくなるんです」

「ってことはさ、この指輪って翻訳機能もついてるんだ?」


 真琴の言葉に、敬太はうなずいて正解を告げる。


「そうなると、この世界じゃ生き残れません。だから、事実上死んだも同然、なんです」


 それだけ過酷な世界ということなのだろうか。確かにそれは深刻な問題である。

 例えるなら言葉も風習も違う外国に、無一文で放り出されるようなものだ。生きていくなら残飯でもあさるか、最悪奴隷のような扱いを受ける事なるだろう。

 となると、この世界の住人はやはりレベルが高いのだろうか?

 その事を光が尋ねてみるとこんな返事が返ってきた。


「なぁ、敬太君。この世界の住人って、強いのか?」

「強いか弱いかと尋ねられると、返事に困りますけど、本来の僕たちの基準からすると強いです」

「えと、ゲーム的には何レベルくらいなの?」

「僕らと違ってレベルという概念はありません。けど、単純に戦士クラスで換算したら、町の人たちがレベル5。農村で生活してる人達ならレベル10から15。専業兵士がレベル25くらい。達人と呼ばれている人が40。英雄として名を残している人で50、ってところでしょうか」


 いまいちピンとこない。

 光と真琴は顔を見合わせた。

 ゲームでレベル50と言えば、そこそこやり込めば半年やそこらでたどり着ける境地である。 もっともそこから先が徐々にレベル上げしにくくなっていくのだが。


「ちなみにさ、普通のあたし達のレベルだとどのくらいになるの?」

「あー……なにか武道系のスポーツなんかやってる人はまた違うと思うんですけど、大体2から3がせいぜいでしょうか」


 殆どモブ扱いである。


「しかし、農家の人間がレベル高いのは、どういうことなんだ?」

「あの、単純な話です。過酷な力仕事の上、自衛までしなければなりませんから。あと非常時には民兵として駆り出される事があるからなんです」

「なるほどな……」


 光は歴史の知識を紐解いてみた。確かに洋の東西を問わず、過去農閑期に農民兵が徴収されたという事例は結構ある。

 むしろ騎士階級の準貴族や小さな地方領主などは、平時には畑仕事に勤しんでいるという事例もあるほどだ。


「あのぅ、ここで立ち話もなんですから、そのとりあえず僕たちが今お世話になっている所まで行きませんか? その方が落ち着いてお話しできると思うので」

「そだね。あたし、もう色々ありすぎてパニックになりそう」


 真琴も同意見のようだし、けがの具合も心配だ。ここは素直に甘えておくのがいいだろう。


「なぁ敬太君。方向はあっちでいいのかな?」


 光は煙が立ち上っている方角を指さして尋ねた。

 それを聞いて敬太は目を丸くする。


「そ、そうですけど。なんでわかったんです?」

「いや、煙が見えたから」

「煙?」


 敬太は光が指さした方角と光を見比べる。


「み、見えるんですか?」

「だから見えるっつたじゃねーか」

「あぅ……す、すみません」


 なんだか敬太をいじめるような展開になってしまった。

 助け舟を出そうと真琴が光をたしなめるように小突く。


「あ、心配しないでいいからね? 敬太君。先輩のやることなす事にいちいち驚いてたら身が持たないから。なんだかんだで異常だし、先輩って」

「おいこら、真琴。お前、自分の彼氏捕まえて、化け物呼ばわりするのはどういう了見だ」

「十分化け物じゃないさ。普通あんな距離の煙なんて、見えないってば」


 夫婦漫才を始めた二人に、敬太もようやく安堵のため息をついて苦笑を浮かべてくれた。


「じゃぁ、お二人は僕たちとご同行願います」


 ん?


 二人は敬太の妙な言い回しがひっかかった。

 だが、気づいた時にはもう遅い。


 ザッ


 森の中から槍や弓で武装した兵士達が現れ、瞬く間に見事な動きで二人を包囲していく。


 そして少年──敬太は、悲しそうな困ったような様な笑みを浮かべ、そんな二人を見つめていたのだった。

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