第5話 最初の戦い
グルルルゥ……
漆黒の闇を切り裂いて現れたのは、
──鬼神
そう、
紫がかった黒い体躯は見たことも無い質感の金属で余すこと無く覆われ、肩や腕に脛、そして胸部は特に厚く装甲化されている。
またその両手は、金色の輝きを宿す禍々しい爪が鋭い輝きを放ち、獲物を切り裂かんと微動していた。
頭部は巨大な三角錐状の角が耳にあたる所から後方に向かって伸び、まるで龍を思わせる。
そして顔。その双眸は紅に輝き、口元を覆うマスクは鋭く伸びた牙の意匠が施され、まるで憤怒に駆られているような造形が施されている。
だがそんな禍々しい意匠の中にあって、まるで場違いな様な物が胸から腹部にかけて装着されていた。
それは女人像であった。しっとりとした蜂蜜色に近い黄金の輝きを放ち、穏やかな表情を浮かべ、天に昇る聖女のような、そんな逸話を思い出させるような、そんな神々しささえ感じさせられる一つの芸術品であった。
その女人像が『歌』を歌い始める。
それは生命の歌であった。その歌声を耳にした者達は皆己の生に
だが、その美しい歌が、森と平原を渡る風に乗せられて響き渡った時。
ウォオオオオオオ!!
鬼神が天に向かって咆哮し、一頭の
鬼神はその爪を大きく振りかぶり、竜頭巨人の頭上にそれを振り下ろす。爪は一瞬硬い物同士がぶつかり合う音がしたかと思うと、メキィというイヤな音を立て竜頭巨人の頭蓋を切り砕いた。
竜頭巨人はたたらを踏むが立ち直り、脳漿を散らばしてなお、鉄のような拳を叩き付け反撃するも、鬼神は揺らぐ事無くそれを受け流し、その腕をつかみ取る。そしてその腕を無造作に引き千切り竜頭巨人の頭に叩き付けた。
血と体液が緑萌える草原の草を赤に染め上げる。腕を奪われ、頭蓋にダメージを負った巨人はたまらずドウと大地に倒れ伏し、痙攣を起こすと共に血の泡を吹き出して動かなくなった。
まずは一体。鬼神は千切り取った巨人の腕をギシリと握り締めると、それが血煙を放ちながらボロボロと崩壊し消滅していく。その力の差は歴然だった。
だが、ここで鬼神の様子が変わった。
『……ん。俺、どうなったんだ? 確か……』
鬼神は
──そして
『……え?』
何かに気がついたように、目の前にいる竜頭巨人と自分の身体を見比べ、血に塗れたその鋼の手を見つめ肩を震わせた。
『なんんっじゃぁあっ!! こりゃぁああ!?』
どうやら自分の現状を理解したようで、身体のあちこちを見たり触ったりしている。
『俺っ、巨大化してる!? おまけにこの身体、まるでロボじゃねぇかぁああ!!』
一方残る二体の竜頭巨人はわずかに怯んだが、突然奇妙な行動に出始めた鬼神を見て、闘争心を復活させていた。
元々竜頭巨人は龍の系譜に繋がる種族でありながら、その知性は極めて低かった。またこの時彼らにとって不幸な事は、彼らが極めて好戦的な種族であるという一点だろう。
無残に倒れ伏した同族を見せつけても、彼らを真に恐怖させる事は難しいのだ。
だが、目の前の鬼神が自分たちを凌駕する存在である事は理解したらしい。平原を吹き抜ける風に乗せて高々と咆哮すると、今度は二体がかりで
自分の異変に戸惑っていた
『ちょっ!! ちょとタンマがはっ!?』
一体が顔面に二体目が腹部に、それぞれ鋼鉄に匹敵し城の外壁すら砕くと言われる威力の拳を放ち、
だがその巨躯は小揺るぎもしない。
鐘が鳴るような音が平原と森に響いただけで、鋼の肉体は傷一つへこみすら付かないでいる。
『あれ? 大した事、無い??』
これには
その行動パターンに光は覚えがあった、『
竜頭巨人は腐っても龍の系譜に繋がるモンスターである。当然『龍の息』を使いこなす事が出来る。
ゲームでは当初この攻撃方法に苦しめられたなぁ、などと思わず呑気に考えていたが、不思議と焦る気持ちは無かった。
とは言え見くびっているわけでもない。どう対処しようか、思考をフル回転させていたその時。
『う……ん……』
なになら妙に艶めかしい
『あれ? あたし、どうな……っ』
そこまで言いかけて真琴は今にも『龍の息』を吐かんとする、竜頭巨人の存在に気がついたようだ。
『き、キャーっ! キャーっ!! な、何なのこの状況っ! あたしどうなっちゃってるの!? 先輩どこっ!?』
『ここに居るよっ! ってか、なんで俺の胸元からお前の声が聞こえてんだ!?』
『せ、先輩!? 先輩こそ、なんであたしの後ろから!? それに、あうぅんっ! こ、これってっ』
『パニクっている場合じゃねぇぞ! つか、何悩ましい声出してんだよっ!?
『だって、あんっ!』
だがもう遅かった。
四つん這いになった二体の竜頭巨人が、その
だが。
『きゃぁあっ!!』
真琴の悲鳴と同時に鬼神の両手に優しく清浄な光が灯り、鬼神がその手を
『なんだ、こりゃっ!?』
『これって、まさか。「
それはゲームの中、二人が飽きるほど見てきた神聖系の防御魔法『聖盾』のエフェクトそっくりだった。
ゲームでは序盤から使える基本にして究極の魔法とも呼ばれ、
一方竜頭巨人達は必殺の技を
それを見て、光はどうしたモノかと考え込んでいた。
一体片腕を失った死体が転がっているから、これは自分というか自分達が撃退したものだろう。
だがあいにくとその時の記憶は無い。
この巨体、防御能力は折り紙付きで実証されているが、攻撃方法が分からないのだ。
まさか素手で文字通りぶち殺したなどとはかけらも思って無なかった。
剣道はやってるが刀はおろか、この巨躯に見合うような木など転がっていない。
となると格闘戦しかないが、自分の技量でどこまでやれるか不安は残る。
いっそ、ままよと覚悟を決めて腰だめに構えを取った。
──そうしたら
『あ……っ』
『って、人が真剣に戦おうとしてるのに、何て声だしてんだ、お前は』
何故か再び真琴が切なそうな声を上げる。
『だ、だってそんな姿勢とられたら、くぅっ』
『あーもう。な、なんだかよく分からんが、ちょっと我慢してろ。気が散るっ!』
夫婦漫才が出来るのはそこまでだった。
ガァアアアアっ!!
竜頭巨人の一体が大地を
鬼神の姿が消え、その後にドゥっ! という轟音が鳴り響く。
気がつけば
竜頭巨人は何が起きたのか分からない、という顔で自分の腹を見つめていた。
『これで、終わりだ!!』
『ああっ!!』
光の勝利宣言と、真琴が絶頂でも迎えたような声が響き渡り、鬼神は突き入れた手刀を引き抜く。
竜頭巨人が
残り、一体。
これならいける。
手応え感じた光は、残った竜頭巨人狙いをつけ、再び腰だめに構えを取ろうとする。
だが
『あ、あれ?』
何故か下半身に力が入らない。
それに妙な開放感というか心地よい疲労感があった。
──何故か股間から
『せ、先輩……あたし、もう、だめ……っ』
一方真琴は息も絶え絶えという風に力なくそうつぶやく。光は真琴に何か異常があったのでは、と必死になって声をかける。
『どうした真琴! 一体何があった!?」
『あたし………………ちゃった』
『なに? なにがどうしたって!?』
小さく、そして何故か羞じらうように、真琴はポツリと呟いた。
『あたし……………………イッちゃった』
『はい?』
光は最初、真琴が何を言っているのか分からなかった。
『真琴さん? 今なんて??』
だから思わず聞き返した。
『だ、だから い、イッちゃったんだってばっ! もうっ、女の子にこんな事何度も言わせないでっ!!』
今度やけくそ気味に真琴が吠える。
そんな真琴の告白に、光は困惑していた。
そういえば、自分の股間も何か柔らかく温かい物に包まれているような感覚がある。
しかもそれは複雑にうねって、心地良い刺激を与えていた。
この感覚って、まさか
光が戸惑うのもそこまでだった。
突然横殴りに激しい衝撃が走り、
『忘れてた! もう一匹いやがった!!』
鬼神はよろよろ立ち上がると衝撃が来た方向に視線を向ける。
そこには勝ち誇ったように腕を振り回している竜頭巨人の姿があった。
幸い外装に異常は無いようだったが、脱力感がひどく、立ち上がることも踏ん張ることも出来ない。
好機と見たのか、最後の竜頭巨人は再び『龍の
まさか、これで終わり?
冗談じゃない。
光は必死に立ち上がろうとした。
幸いこの身体は防御力が桁外れだ。竜頭巨人の『龍の息』程度耐えてくれるだろう。
問題はその後だ。
逃げるにしろ戦うにしろ、力が出なければどうしようも無い。
『真琴っ、まだ立てそうか?』
『た、立つくらいなら、多分なんとか』
『よし、最後の勝負に出るぞ。「龍の
『うん、分かった』
真琴がそう言うと、鬼神が足を震わせながら子鹿のように立ち上がる。
勝負は一発。
そんな二人の覚悟を嘲笑うかのように、竜頭巨人が炎漏れる
そこには存在するだけで全てを焼き尽くす化のような炎が渦巻いていた。
今だ!
鬼神は震える足に力を込めて、大地を蹴る。
その巨躯が竜頭巨人向かって突進して行くかと思われたその時。
ガクン。
『なっ!?』
決意虚しく、鬼神は膝を折って大地に倒れ伏した。
そこに灼熱の炎が襲いかかる。
真龍もかくやという威力に、強固な外装がダメージをうけ、赤熱化する。
鬼神はそれに足掻き、なおも立ち上がろうとしたその時。
『
ややかすれた、声変わりの途中と言った感じの少年の声が、風に乗って戦場に響き渡った。
そして強固な光の障壁が鬼神を守る。
『やらせない! 美久ちゃん!』
『うんっ!
今度は幼くあどけない少女の声が響いた。
すると巨大な炎の槍が竜頭巨人の強靱な身体を焼く。
『ケイちゃんっ!!』
その声と同時に、地響きが鬼神の横を通り過ぎていった。
その地響きの元は光達と同じ様な意匠の外装をを持った白い鬼神だった。
額から伸びる角は、まるで一角獣のようだ。
『これでトドメ!
一角の鬼神が手に持った、巨大なブロードソードを振り下ろす。
『
その巨大な質量を持った光輝く剣は、竜頭巨人を易々と袈裟切りにした。
光と真琴は、ただその光景を呆然と見つめていたのだった。
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