異世界に来たけれど、やっぱり世の中甘くない

第4話 放浪の始まり

 そして二人がこの地に来て現在──

 わずかに湿り気を帯びた風が、平原のさわやかな匂いを運んでいる。

 太陽は何事も無かったように、春めいた日差しを降り注いでいた。


 その中で、真琴まことがポツリとつぶやく。


「ねぇ……先輩。あたし達、これからどうなっちゃうの? 何をすればいいの?」


 その大粒の瞳からは今にも涙が溢れてきそうだ。


 あの曼荼羅の中で経験したことは二人とも覚えていなかった。


 ただ今では多少なりと冷静さを取り戻しているのが幸いだったが。


「さぁなぁ。定番だとなんか事件に巻き込まれて、チート能力にめざめて無双して、なんとかなりました、めでたしめでたし。ってところだが」


 実に身も蓋もない。


「そもそもここって、ゲーム世界の中なのかな?」


 とてもそうは思えない。


 下生えの草の柔らかさ。

 頬を撫でる風の優しさ。

 わずかに湿った土の冷たさ。


 どれもが、ここが現実的な世界である事を証明している。


「景色としちゃ、どっかで見た事ある覚えがあるんだがな」

「なんか特徴のある建物とかあればいいのにね」

「あと、特徴のある動植物とかな。例えば……ほれ、あそこを飛んでる──飛竜ワイヴァーン……とか?」


 そう言ってみつるが指をさしたその先には、蛇の様な尾を持つ鳥に似た何かが飛んでいた。

 それは二人目がけてグングンと近づいてくる。


 キシャァアア!!


「てかっ、あたし達狙ってるじゃないっ!? あの飛竜!!」

「だな──逃げろぉおお!?」


 飛竜程度、ゲームの中では二人のレベルと装備なら小遣い稼ぎにもならない雑魚である。


 そう、ゲームなら。


 だが今の二人は生身の上丸腰である。

 加えて言えば、亜種とはいえ竜に連なる種族を相手に戦えるだけの戦闘力があるのか分からない。


 何より死んで復活出来るのか、分かったものではないのだ。

 

 恥も外聞も捨てて逃げるのは、この場では正解だった。脱兎のごとく駆けだして、ひたすら走る走る。

 時折飛竜の爪や毒の尾が襲いかかって来るが、紙一重でかわしていく。


「先輩! 右側から爪っ!!」

「真琴! 後ろから尻尾!!」


 二人は阿吽の呼吸で互いの死角を補い合い、奇跡的な回避をみせていた。


 しばらくして、ようやく飛竜も自分が相手にしているのが、ただのつがいではないと思い知ったのだろう。

 もっと楽な餌を求めて飛び去っていった。


「な、なんとか逃げきったね?」

「し、死ぬかと思ったけどな?」


 平原に寝そべり、荒い息をしながら、二人は生き延びた幸運を感謝していた。


 とはいえ、状況は余り好転していない。


 取りあえず手持ちの全財産、全兵力をと今手持ちのものを整理してみたのだが──


「……スマフォだな」

「……スマフォだね」


 どう逆さに振っても、出てきたのは光のスマートフォンだけであった。


「これが俺達の全財産、全兵力なわけなんだが」


「それ一つで、一体なんの役に立つのさ」


 そう言って真琴はみつるが手にもっているスマートフォンを指さす。


「だよなぁ……」


 大昔のRPGにひのきぼう一本持たせて『魔王を退治してこい』という無茶ぶりを言った王様がいたというが、現状ではそれ以下だ。


 光はため息一つついて、手に持ったスマフォの画面を見やった。

 すると──


「ん?」


 光はその画面を見て違和感に気が付いた。


「なんだ? これ。Wi-Fiの感度がマックスになってる……それに───電波状態も良好だ」

 充電の度合いもおかしい。この世界に来る前までは充電度は50%程度だったのに、今では100%になっている。しかも絶賛充電中のマークまで表示されていた。

 周囲を見渡してみてもWi-Fiスポットになりそうな建物や構造物はないし、無論電波塔になりそうなものまで無い。

 第一光達の住む田舎町ではフリーのWi-Fiスポットなどコンビニにある程度で、ましてこのような大自然の中でどのようにやって繋いであるのか、完全に想像の埒外であった。

 そもそも充電器も無しにどうやって充電されているのだろう?


「とりあえず、やれることやってみるか」

「どうすんの?」


 怪訝そうに見つめてくる真琴に、光はにやりと笑ってこう言った。


「困った時にはお巡りさんかレスキューの出番だろ? それ試してみんの」


 そしてまず110番をかけてみる。

 もし繋がって「異世界にいます。助けてください」などと言えば、間違いなくいたずら電話として処理されるだろうが、現実世界と繋がるという事実は残る。

 まぁ、何もしないよりましだ、くらいの気持ちだったが、その結果はというと。


「どう?」

「だめ。『おかけになった番号は現在使われておりません』っていう例のテンプレすら出てこねぇ」


 試しに119番をかけてみたが、やはり結果は同じだった。


「わからん。通じもしないのに何で通信状態だけがいいんだ?」

「あたしに聞かれてもなぁ」


 その時「ん?」と光の脳裏に閃きが走った。

 そして連絡先を『日向ひゅうが 真琴』にして発信してみる。

 すると──


「ん?」

「えっ?」


 どこからともなく軽快なJ-POPの曲が流れ始めた。


「これ、あたしの着信音!?」


 真琴は立ち上がって、長い耳をせわしなく動かしながら周囲の音を探し始める。


「先輩っ、そのまま発信し続けて!」


 そうして音を頼りにあちこちを探していた真琴だが、ようやく音の発信源を見つけたらしい。二人からそう離れていない所にしゃがみ込み、獲物を確保する。


「あったー! あたしのスマフォ! おまけにタブレットまで!!」


 喜色満面の笑みを浮かべ、ばんざいして自分のスマフォとタブレットを掲げてみせる。


 異変が起きたのはその時だった。


 突如突風が吹き、いたずらな風の精シルフが真琴のスカートをえいやっとばかりにめくりあげていったのだ。

 薄桜色をしたレース付きの美しい三角の布が露になる。


 しばし、沈黙。


 そして真琴はようやくスカートを抑え、プルプルと震えながら、きっと光を睨みつけた。


「……見たね?」


 光は慌ててそっぽを向く。


「何を?」

「あーっ! そっぽ向いたっ! 見たんでしょ!?」

「だから、何をだ!!」


 光は首が捻じ切れるかと思うくらい、さらにそっぽを向いた。心なしか頬が熱い。


「あ、あたしの、ぱ、パンツ! とぼけてもだめだよ!? 先輩、誤魔化したり嘘つくとき、すぐそっぽ向くクセ有るんだから!」

「え? ウソっ!?」

「ホントだよっ。部活のみんな全員知ってるんだから! で? 見たの? 見たんだよね? 見たんでしょ!!」


 そこまで問い詰められて、光はやけくそ気味に答えた。


「あー! 見たよ、見ました! ばっちりと!!」


 そして真琴を指さして怒鳴り返す。


「なんでぇなんでぇ! 高校デビューにしたって派手過ぎんだろ! 大体お前、中学の時は三枚千円のスポーツパンツ履いてたじゃねぇか!」

「なんで知ってるのさ!? あたし中学の時は先輩から距離とってたはずだよ!?」

「あんな短いスカートで校庭を飛び跳ねてたら、いやでも見えるわ!? 自慢じゃねぇが、俺視力は2.0以上あるんだからな! 俺がどんだけ冷や冷やしながら見てたと思ってやがんだ!!」」

「なにその無駄なスペック!? いーじゃん。ゲームの中っていったって、結婚式だったんだよ!? 勝負下着くらい履いててもいいじゃん!」

「誰と何の勝負をするつもりだったんだっ、お前は!」

「……忘れなさい」

「無茶言うな。俺の記憶力の異常さはお前も知ってるじゃねか」

「いーから忘れろーっ!!」


 そういうと、真琴は涙ながらに手にしたタブレットで光の頭をぽかぽかと殴りつけてきた。


「お、おいやめろ! ンな事よりもっと大切な事があるだろうが!」

「なにさ、大切な事って」

「とりあえずこのスマフォとタブレットがどの程度役に立つのか、まずそれを調べねぇと」


 それを聞いて真琴はリスのように頬を膨らませていたが、確かに痴話げんかしている場合ではないと悟ったようだ。

 しぶしぶ腰を下ろしてスマフォとタブレットをチェックしはじめた。

 光もまた、スマフォをいじってあれこれ試してみる。


「あーネット関係はダメだな。プラウザが役に立たねぇ。アプリもほとんどがさっぱりだ。真琴、そっちはどうだ?」

「おなじく。ストレージに直接インストールしているデータとソフトは使えるけど、クラウドに接続できない」

「微妙に役に立たんな」

「ところでさ、先輩。このアイコンなんだろね? あたしインストールした覚えが無いんだけど」


 スマフォとタブレットを見比べていた真琴が怪訝そうな表情を浮かべていた。

 確かにそこには見慣れないアイコンが二つインストールされている。

 自分の方はと確認してみたら、やはり同じアイコンがいつの間にかインストールされていた。


「なんだ? これ」


 光は躊躇なく一つのアイコンをタップしてみる、するとそこには──


「パラメーター画面?」


 光そのままの姿のアバターと能力値アビリティ技能一覧スキルツリー他にもクラスやレベルが記載されていた。

 ただし装備欄はブランクになっており、倉庫をチェックしてみたら、今まで獲得した武器防具、その他アイテムやコスチュームが並んでいる。所持金にしてもそうだ。

 試しに倉庫から武器防具を装備欄に移動させてみると──


 カチリ


 何かがはまる様な音がして、装備欄の下にあるアイコンが輝いた。


 もしやと思い、光はスマフォ片手にザッ! ビシッ!! っとポーズを決めながらアイコンをタップする。すると──


「おおっ、こいつは良い!」


 そこには装備欄通りにゲームの装備をまとった光の姿があった。オートで装備を装着出来るという優れものだが、更に試してみると、それを5パターンまで登録し切り替える事で、装備を変更することが出来るという夢の様な機能までついている。気分は完全に変身ヒーローだった。


「もうひとつの方はなにかな?」


 真琴が興味深々とばかりにクリックしてみると、まるでFacebookのようなSNSの画面が現れた。トップには『新規登録』の文字が現れている。


実に怪しい。


怪しさ満杯だった。


「……これ、今の段階じゃうかつに登録しない方がよさそうだな」

「……そだね」


 あとは、今の自分がどのくらい力を持っているのかに焦点があてられる。


「定番だとゲームの能力値が反映されてるってことだよな?」


 光はスリッパを脱いで、軽くトントンとステップを踏んでみる。

 そしてその場で軽くジャンプをしてみた。

 するとどうだろう。


「え?」

「ええっ!?」


 軽々と2m近くジャンプしてみせた。

 着地した光は唖然として自分の体を眺めまわす。


「ど、どうなってんだ? これ」


 着地の衝撃から考えると、重力が低いという感じではない。試しに光はもう一度ジャンプしてみた。今度は戦士系が持つ二段ジャンプだ。落下の瞬間にさらにバネを活かして更なる跳躍を行うマニューバの基本技である。

 ジャンプと共に一旦その加速が止まる。そこにさらにバネを活かしてさらに跳躍。

 すると4mほどまで跳躍することが出来た。眼下には唖然として見つめる真琴の姿がある。着地の衝撃を逃がすために一旦空中で回転して落下の衝撃を緩和した。


「すげぇな、これ」

「あ、あたしもやってみようっと」


 真琴はスマフォとタブレットを光に預けると、その場でぴょんぴょんとスキップをはじめた。

 そしてジャンプ。


「おおっ!」


 真琴もまた軽々と宙を舞う。


「おもしろーい! まるでトランポリンみたい!」


 調子に乗って二度三度と跳躍を繰り替えす。真琴は未知の感覚にすっかり夢中になっていた。

 それを下で見ていた光は深いため息をつく。


「おーい。真琴―」

「なーにー?」

「調子に乗るのはいいが、下から見るとパンツ丸見えだぞ」


 その言葉に「きゃっ!」と慌ててスカートを抑えるがもう遅い。真琴はそのまま着地を誤って盛大にしりもちをついていた。そして「痛たたた……」と尻を撫でる。

「ったく、調子に乗ってポンポン飛ぶからだ」

「先輩こそ、見えてるなら見えてるで言ってくれたらいいじゃないのさ!」

「お前が無防備すぎるんだろうが! 俺以外居なかったからいいようなモンの、他に人がいたらどうする気だったんだ!」

「むーっ」


 可愛らしく頬を膨らませても駄目だ。昔から真琴はこの調子なのだ。無防備にもほどがある。


「それより大丈夫か? 立てるか?」


 光が手を伸ばすとおずおずとその手を掴んで立ち上がろうとするが、「っつ!」といってしゃがみ込んでしまう。


「どうした?」

「あう……着地の時に足捻っちゃったみたい」


 そういって左足首をしきりと撫でている。まだ腫れあがってはいないが、立つのも辛そうだ。


「しかたねぇから、そこでしばらく休んでろ」


 そして光は次の獲物が無いかぐるりと見渡してみる。

 すると、平原のところどころに一抱えはありそうな岩が地面からせり出しているのが見えた。


「今度はこれを試してみるか」


 光は手近な岩を選ぶとその表面を撫でた。そして、右足を後ろに引くと右腕を引き絞り掌底の要領で岩に思いきりズンと打撃を加える。すると──


「痛ぇええええ!?」


 案の定右手に衝撃が走った。


「あははは! そんなんで岩が割れたらびっくりだよ」


 ふぅふぅとと右手に息を吹きかける光を真琴は大笑いして指さしている。

 だが。


 ピシリッ


 岩がかすかに音を立てた。それと同時に岩に亀裂が見る間にはしり、真っ二つになる。

 光と真琴はそれを見て思わず「嘘ん……!」と絶句した。


 だが、これで分かった。二人の体は異常なまでに強化されている。

 それが分かっただけでも大いに収穫なのだが、肝心の問題は何も片付いていない。


「とりあえずここに居てもしょうがねぇから、人のいる場所探さなけりゃな」

「言葉って通じるのかな?」

「ラノベなんかじゃ何故か通用するケースが多いけど、ここもそうとは限らんか。でも二人でいるよりましだろ」

「それはそうだけど……もしさ、この世界の人たちがみんなあたし達みたいに強かったらどうする気?」

「まぁ、与えられた力で無双するってのも定番っちゃ定番だが、その可能性も考えなくちゃな。ま、その時はその時だ」

「お気楽だね」

「現実的っての、こういうのは」


 これ以上考えても仕方がない。光は何か手掛かりになるものはないかと平原を見渡した。するとある方角から煙がかすかに昇っていることに気が付く。


「お? 真琴、あそこで誰か火を焚いているぞ」

「え? どこどこ。あたしには見えないけど」

「ほら、あそこだよ」


 光が指を指した方角を真琴も見てみるが、さっぱり分からない。


「見えないけど?」

「そうか? 確かに見えるんだが……森火事ってわけでもなさそうだ。集落か村でもあるんじゃねぇの? 距離は……4~5kmってところか」

「相変わらずどういう視力してんのよ」


 真琴もまたくるりと周囲を見渡す。


「えーと、北がこっちで南がこっちだから……西南西?」

「相変わらずよく分かるな、お前」


 光も人の事は言えないが、真琴も異能と言って良いほどの特技がある。

 なにしろどんな場所にいても東西南北がピタリと分かるのだ。たとえ閉鎖された空間であれ、あまつさえ目隠しされても正確に当ててしまうので「コンパス娘」の異名を頂戴しているほどだ。おかげで知らない街を歩いてみても迷うことが無い。

 まぁ、なんにせよこの場では助かる能力には違いない。


「じゃ、覚悟決めて行ってみるか」

「その前に先輩……」

「? どうした」

「あたし、足痛めちゃって歩くのちょっと辛い」

「……しゃーねーな」


 光は自分のスマフォを真琴に預けると、その体をひょいと持ち上げた。


「ちょちょっと、先輩!?」

「こうした方が早いだろ。今の筋力なら重さもほとんど感じねぇしな。あ、それと。片腕俺の首に廻してくれ。少しは楽になる」

「う、うん……」


 お姫様抱っこされて恥ずかしいのか、真琴の顔が見る間に赤くなっていく。そして再び真琴の甘い体臭がほのかに香ってきた。


「んじゃ、行くか」


 そういって光が歩みを進めようとしたその時だった。


 ぐぅるるるうぅ……


 森の中から得体のしれないうなり声が聞こえた。それと同時に木々をなぎ倒すかのような轟音が近づいてくる。


「なんだ?」


 光が森の方を向くとなにか巨大なモノが姿を現してきた。

 そして森を抜けて現れたそれは、雄叫びを上げて光達を睥睨へいげいしている。


 小山のような巨躯。肌は鱗状の表皮に覆われている。なによりその頭部。

 まるで竜とも恐竜ともつかぬ異貌に短い角が生えていた。

 いわおのように盛り上がった筋肉を誇示しながら、その巨人は二人をねめつけている。


 光はソレを知っていた。


「ド、竜頭巨人ドロウル……」


 風に乗って生臭い体臭が鼻腔を襲う。何よりその巨躯は圧倒的な威圧感を放っていた。ゲームの中でもモニターを占拠するほどの巨躯だが、実物はそれ以上だ。しかも最悪な事にその後から二匹も続いて出てくる。


「真琴っ! 逃げるぞ!!」


 光は脱兎のごとく駆け出した。パーティーを組んでいれば倒せない相手では無かったが、こちとら武装もないし、一人はけが人だ。しかも相手は三匹。三十六計逃げるに如かずである。

 幸い光が鍛え上げた足腰はこの世界でも健在であった。見る間に引き離していく──はずだったのだが。


 うごぉあああああ!!


 ドロウルは四つ手をついて追撃してくる。その速度たるや猛スピードで走るダンプのようだった。

 くそう、なにか逃げおおせるスキルは無いかと考えた時、一瞬一つのスキルが閃いた。


「縮地!」


 光の体がさらに加速する。これは光のクラスが持つ瞬発移動能力だ。

 基本的には相手との間合いを詰めるためのスキルだが、こういう使い方もある。

 これで時間と距離を稼ぐっ!

 光は断続的に縮地を使いながら相手との距離を取り始めていた。だが、消耗も激しい。体が慣れていないためだ。一旦は引き離したが光の速度が遅くなるにつれドロウルは着々と間合いをつめてくる。

 やがて雄たけびと共にドロウルの拳が二人に襲い掛かった。

 その衝撃で二人は毬のように吹き飛ばされる。


「くっ……真琴!?」


 吹き飛ばされた衝撃で、二人は分かれ分かれになっていた。しかも真琴は打ちどころが悪かったのか、ぴくりとも動かない。

 そこにドロウルの幹のような腕が真琴に伸びる。


「真琴に……手を出すんじゃねぇ!」


 光はあらん限りの力を振り絞ってその腕に蹴りを放った。ドンっという轟音と共にドロウルの腕が跳ね飛ばされる。だが、それだけだった。

 せめて真琴の盾にと巨大な敵を前に立ちふさがるが、他にどうしようもない。


 畜生、ここまでか──せめて真琴だけでも



 覚悟を決めた光はただ、鉄塊のような拳を振り上げる目の前の竜頭巨人を睨む。出来るのはそれだけだと。

 

 だが


 ──否


 異変が起き始めた。


 光の体から淡く赤い光が。気絶した真琴の体から青い光がうっすらと放ち始めたのだ。 

 そしてふつふつと、破壊の衝動が胸の奥底から湧き上がってくる。

 それは光にとって、不愉快極まりない感情だった。


 ──壊せ

(やかましい)


  ──壊せ!

   (やめろ)


   ──壊せ!!

    (黙れ)


 ──時至れり! 今こそ全て破壊せしむ!!


「やかましぃいい!! てめえは黙ってろい!!」


 光は内なる衝動に吼えた。

 破壊・殺戮・蹂躙

 それら忌まわしい衝動に抗うように。

 それに、記憶がささやくのだ。

 定めに抗えと。大切なものを守る為に。


「お前は吼えるな。お前は怒るな。お前は壊すな! こいつは俺の、俺達の戦いだ!!」


 そして光は真琴の身体から溢れ出る光を握りしめ、叫んだ。魂に刻まれたその言葉を。



「クロス・アバタァアアア!!」


 

 雷鳴が轟く。柔らかな風を砕いて。


 闇が侵食する。澄んだ空をけがして。


 炎が舞う。豊かな大地を燃やして。


 そして──巨体が唸る。世界を震わせて。


 

 それは紫黒の身体であった。

 鍛えられた鋼鉄の肉体。

 全てを切り裂くは鋼の爪。

 胸には命を生み出す黄金の乙女の像が埋め込まれ、高らかに生命の歌を歌い上げる。

 



 オオオオオオオオっ!!




 ここに竜頭巨人を誅する、鋼の巨神が降臨した。

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