第13話 進化と限界

 ドラゴンが檻に攻撃をしようとしたら、僕が背後から近づいて攻撃、妨害する。

 だがドラゴンも何度も同じ攻撃は受けない。別の動きに見せかけて誘い、僕に振り向くこともある。

 そのせいで、しっぽで打たれることもあった。


「はっ!」

 気をつけるのは、倒れるときは無理にでも檻から出ること。

 すぐ入る。

 逃げるように出る。

 また入る。


「ぐ!」

 打たれて状態が悪くなれば、檻から飛び出てライ先生にごくかんたんに治療してもらう。なにか指示をしたわけでもなかったけれども、自然に連携ができあがっていた。


 予想通り、ドラゴンの攻撃による魔力の呪いのようなものは僕には影響がなかった。このことから、ドラゴンの呪いは、相手の持つ魔力に影響を与えるものなのだと考えられる。これも仮説だが、父の言っているように、いまはそれぞれが仮説を立て、行動し、修正を加えていくしかない。


 かんたんな治療を受け、ドラゴンがまた動き出す前に檻にもどる。

 まだまだやってやる。

 来い!

 が、ドラゴンは動かなくなった。

 トカゲを払う、最低限の動きだけだ。

 檻を狙わず、僕を見ている。

 なんだ?


「ドラゴンになにか魔法を使いそうな様子はありますか!」

 僕の問いに、いいやと父。

 打つ手がなくて困っているのか?

 ならじっくり考えてもらおう。

 かまわない。こちらは時間をかけたいんだ。

 援軍が来ることはドラゴンにはわかっていない。


 だが気になることが一点。

 アカマさんの剣はドラゴンの足元に落ちたままだった。ドラゴンはそれに足をかけていた。折れてはいないようだが、僕らにとって、あの剣が非常に強力で、決定的な攻撃力を持っていると気づいているようだ。

 しかし他の言い方もできる。

 ドラゴンは、動きが不自由になったとしても、剣を取りもどさせたくないということだ。それはつまり、実際に、あれは強いというだけではなく、効果的という証明でもある。

 すきを見てあれを回収する価値はありそうだ。


 ただ、わざとそう見せかけ、取りに来る僕を攻撃しようとドラゴンが考えることもあるか。

 ドラゴンは考えている。さっきから、何度も誘う動きを見せている。

 ワナかもしれない。

 僕はどうするか。

 決まってる。

 時間稼ぎだ。

 ドラゴンの思考を完全に理解する必要はない。

 できるだけ単純に考える。

 王都からの援軍を待てばいい。


 僕は前に出る。

 反応してドラゴンが振ったしっぽを、すこし下がって避ける。

 ドラゴンは僕の動きを予想していたような動き。僕もそれを予測し、ドラゴンとの思考が絡み合う。

 回避、回避。

 でも多少は当たってもいい。

 僕が前に出て、弱くとも、ドラゴンに攻撃をするかもしれない存在、と思わせないと楽をさせてしまう。

 長続きさせることを第一に考える。


「あ」

 間合いをとっていると、しっぽを縮められるようにしたドラゴンは、まっすぐ僕に向かって、突きのようにしっぽで打ってきた。

 新しい動きだ。

 どうにもならず胸で受けてしまった。

 ミシ……!

 体に響く嫌な音。

 勢いのまま、僕は檻を転がり出てしまっていた。

 まずい。立ち上がりかけて呼吸が苦しくなる。すぐにはもどれない。


「あらら」

 頭の上からライ先生の声は気が抜けるような声。すぐ近くだ、運がいい。

「息してて痛い?」

「はい、すぐ治療を」

 良くて肋骨にヒビ、悪くて折れているだろう。

 ライ先生が僕の胸をぐっ、と押す。

「うっ……!」

「がまんしなさい」

 ライ先生の手が光り、体が押されるような強さの魔力を感じた。

 

 よし、いける。

 急がなければ。

 と檻の中に目をやると。


 檻の中のドラゴンは、じっと立ったまま動いていなかった。


「どういうことだ」

 父が言った。

 たしかにおかしい。

 いまドラゴンは檻を攻撃するべきだった。それはドラゴンもわかったはず。

 僕らの行動に不自然さを持った? 

 なにかワナを張ったと思っているのだろうか。攻撃を受けたふりをして、ドラゴンが檻に攻撃をしかけるよう誘導していると?

 わからない。

 好都合というより、落ち着かない。胸騒ぎがする。


「あきらめたのか……?」

 アカマさんが言った。

 そう考えたい気持ちはわかる。

 でもそうではないはずだ。

 いや待てよ。

 僕はドラゴンを見て、はっとした。

「ドラゴンを見てください。ドラゴンの姿を!」

 つい大きな声が出た。


「……大きく、なってないか?」

 アカマさんが言った。

 檻の大きさに比べて、檻の天井とドラゴンの頭にあった空間が、ややせまくなっているように見えた。

 しっぽの攻撃に新しい動きができたのは、体が大きくなったせいなのか?


「成長している……?」

 とすれば、父の見立て通り、未成熟なドラゴンだったということだ。

 これからもっと大きく、姿も変わっていくのかもしれない。


 だがなぜ大きくなる?

 必要な養分は?

 生物には、生まれたときに成長するのに必要な栄養を持ったまま生まれてくるものもいる。

 でもそれは見た目に、腹が大きくふくらんでいたりして、なにかを蓄えているのが外から見えることが多い。

 ドラゴンはそうではない。

 なら……。


「ドラゴンは、檻から魔力を吸っている……?」

「それは無理だ」

 父が即座に否定した。

 僕も感覚的にはわかる。

 光魔法は、魔法ではあるのだが、物質的なところがある。だからトカゲにも効果がある。父が本気になれば魔法学校全体に薄い光の壁をつくって、トカゲを断てる。

 でもトカゲからなにか吸収しているとも思えないし、僕との接触でなにかを吸収できるとも思えないが。


「あ!」

 アカマさんが声を上げた。

 僕もその声でなぜか気づいた。

 ドラゴンの足。

 アカマさんの剣をふんでいる。

 魔力の入った剣。

「あれか……!」

 父の声。

 でもまさかそんなことが……?


「あの剣から?」

 アカマさんが言った。

「おそらく」

「そんなことが可能なんですか」

 僕は言った。

「可能かどうかと論じるのはこの後だ。いまは状況から見るしかない。檻は拒絶する。かといって大気から魔力を吸収するとしても微量だ。ならば、あの剣だ、と見るべきだろう。攻撃をしてこないのも、する必要がないのだ。外に出て養分を探すより、その剣の方が吸収量が多いのだろうから」

「そんなに魔力が? あの剣はいったい……」

「魔力をたくわえ切れ味に変換する剣だ」

 父は言った。


「元は王都から受けたもので、魔力を注入すれば、それが大気に放出されたりせず残る。しかもくり返し、魔力をこめることができる。そういう魔法具はなかなかないだろう」

 そんなものがある?

 人は、休めば魔力が回復する。だが昨日の分を横においてとっておけるわけではない。

 生徒が、昨日の魔力、おとといの魔力、毎日ずっとたくわえておいて、それを使えたら大魔導師みたいなものなのにな、という軽口を言っているのを聞いたことがあるが、それが可能になる?


「毎日注入すれば、その分が蓄積される。たとえ1しか魔力がない者が使っていたとしても、毎日、1の魔力を込め、100日続ければ、100の魔力を持った剣になる。本人の総量を大きく超えることが可能だ」

「じゃあ、あの剣には」

「アカマの持てる魔力の総量よりも、ずっと多くの魔力が含まれているだろう」

「では校長があの剣から魔力を取り出してドラゴンを閉じ込めれば……」

 僕は言った。

 光の檻を、強固な状態で長時間維持できる?

 解決?


「いや魔力は取り出せない。中に残り続ける。あくまで剣の切れ味に変換されるのだ」

「でもドラゴンは取り出した……」

「そう」

「つまり、あの剣はドラゴン由来の剣、ということですか?」

 だからこそドラゴンには特別な使い方ができる?

「あるいはその可能性もあるだろうが、その点については不明だし、いま解明するのは無理だろう」

 父は首を振った。


「アカマさん、あれにはどれくらいの魔力が入っているんですか!」

「わからないが……、この数年、自分を高めるために、毎日できるだけの魔力をつぎ込んできた……」

 アカマさんは言った。

 それが本当なら。

 僕の知っているアカマさんなら。

 何事にも正面から向き合うアカマさんなら。

 いったいどれだけの魔力が入っているのだろう。

 だからこそドラゴンを切ることができた。


 剣はまだ、黒い光をたたえていた。


「爪が」

 他の魔法使いの声で前脚の爪を見る。

 三本ある。そう、さっきまでは爪が二本だったような気がする。


「アカマ、避難を進めるように。反論はないな?」

 父は言った。

「……しかしドラゴンが成長したとなれば、いよいよ校長の檻が破られるまでの時間は、長くないのでは」

「破られたら、自分を守る小さな檻をつくってドラゴンをやりすごす。それで私が死ぬことはない。安心しろ、それくらいの余力は残す」

「失礼ですが、信じられません」

 アカマさんは言った。

 僕も同感だった。父は死ぬまで、いや死んでもドラゴンを防ごうとするだろう。

「信じる信じないの問題ではない。私はそうすると言っているし、そうするつもりだ」

 父は言った。

 そう言われてしまえば、それは嘘だ、と言ったところで意味がない。父はやると言っているのだ。


「私が自分を守るとき、他のことはできなくなる。そのとき、アカマたちが避難を進めていなかったらメジクの住人たちがドラゴンに襲われることになるかもしれない。お前はその責任を放棄するのか? これはお前にしかできないことだ」

 そう言われてしまえば、アカマさんたちは避難を助けなければならない。

 父が自分を守るという約束を守るかどうかは、僕らは確認することができないように、父は話を進めている。ひきょうな話の進め方だ。

 でも反論できない。僕らがここに残るより、父だけが残ったほうがいい。そういう状況に、どんどんなっていっている。


「しかし、しかし……!」

 アカマさんは泣きそうな顔をしていた。

 僕はどういう顔だろう。


 もう一度、檻の中に入ってみた。

 なにかできることはないのか。

 ドラゴンはこちらを見ているだけだ。

「客人。魔力を持たない客人よ。あなたもすぐに避難を」


「剣を奪い返します」

 僕は言った。

「客人。避難を」


 父の声を背中に聞き、僕はドラゴンに突進する。

 ドラゴンは体を動かさず、ただしっぽを振るだけだ。

「くっ」

 迫るしっぽ。 避けた、つもりが体をかすめた。

 さっきより速くなっている?


「客人! 出なさい!」

「僕がなんとかします」

「客人にそこまでしていただくいわれはない!」


 ある。

 メジクは僕の町でもある。

 父のため。

 みんなのためだ。


 しっぽをかわして接近、横に回り込んで剣をふんでいる右足側に体当たり。

 重い!

 動かない。

 一発しっぽで殴られた。

 跳ね飛ばされて転がり、立ち上がる。

 僕らの狙いを察知したか。

 ドラゴンは僕が来るのを待っている。

 くそ!


 いったん距離をとり、細かく左右に動きながら接近。

 軽く攻撃。

 すぐ距離をとったり、近づいたり。

 これだと攻撃はかわせるが威力が出せない。

 ドラゴンも無理はしない。

 なら。


 檻の端までさがった。

 僕はドラゴンへ一直線に走る。

「うおおお!」

 ドラゴンは僕に対して、例の、しっぽの突き。

 そこで飛ぶ。

 横。

 からの、上。

 檻を出て、講堂の天井をける。

 急降下。

 いままで見せなかった方向の動きにドラゴンは僕を一瞬見失っていた。

 頭上からドラゴンの頭にひざを落とす。

 変な声を上げて体が傾くドラゴン。

 着地し、足に体当たり。

 ドラゴンの足が浮く。

 手を突っ込んで剣を引っ張り出した。


 後頭部をしっぽで殴られた。

 なんとかふみとどまる。

 そこを、振りもどしてきたしっぽで胴を打たれる。

 ふっとばされた。

 だが好都合、檻の外へ。


 思ったが、剣が檻に引っかかった。手は離せない。外に飛ばされる勢いを右腕がすべて受け止めてしまった。ちぎれそうになる。


 ドラゴンが追撃の突進。

 急いで剣を、格子の間に通して外に。

 と見せかけ僕は逆にドラゴンに向かって突進した。

 ドラゴンが大きく目を開く。


 直前で飛び上がりつつ、顔面を切った。

 ドラゴンの絶叫を聞きながら着地。

 こちらを向いたドラゴンの右目は潰れ、血が流れている。


 ドラゴンの突進。

 速い。

 引きつけて、横に跳ぶ。

 ドラゴンが僕を追うようにしっぽを振った。

 だが僕をかすめただけ。

 狙いがずれている。

 片目の影響か。

 そのまま檻の格子に落ち着いて剣を通し、それから僕も出た。


 かまわずドラゴンが僕の方へ突進してきた。

 頭から檻に激突。

 金属をこすり合わせたような音が講堂に響く。

 檻が大きくゆがんだ。


 ゴオオオオ! とドラゴンが叫び続ける。

 講堂が震える。

 めちゃくちゃに、残った左前足を振り回しながら檻への体当たりを続ける。

 檻は立方体を保てなくなり、ドラゴンのぶつかっている面が半球状に張り出してきた。

 格子の間隔が広がっていく。

 僕は檻の中に入って呼びかけたみたが、もはや無視。

 剣を構えると、しっぽが反射的に持ち上がる。

 防衛本能に守られている。それが伝わってきた。

 不用意に入ればこれまでにない一撃が来る。

 行けない。

 間合いが目に見えるかのようだ。


「くっ!」

 父がさらに魔力を投じて再構成を試みている。

 ドラゴンの正面の檻の格子が太く、密になる。引きかえに、他の場所の格子がどんどん細く、すくなくなっていった。頭に血が上ったドラゴンはそれに気づかない。前へ、前へと暴れる。


 檻というより、壁だった。

 もう、ほとんどドラゴンの正面だけにしかない。

 父が魔力を結集させ、ドラゴンの突進に備える。

 だが。

「ばかな」

 それなのに、突進し、突進し、突進し、ついにドラゴンは檻を突き破った。


 突き破られた光の檻は、霧のように広がり、消えた。

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