第10話 揺れの正体

 揺れはすぐおさまった。というより、一度、突き上げるように揺れただけで、それ以上のことはなかった。

 それでも僕らはみんなそろってしばらく、ひざをすこし曲げて周囲をうかがうようにしていた。それくらいの揺れだった。


「もう、終わったんでしょうか」

 リンさんが言った。

「地震にしてはおかしな揺れ方だった」

 父は言う。

「なにか、巨大な魔物がせまってるんでしょうか?」

「ザズ」

 父が言うと、父と一緒にやってきていたやせた男がなにか唱えた。

 とたんに男は風に吹き上げられるように飛び上がる。校舎よりも高く浮き上がった彼はくるりと横向きに一回転し、落下してきた。

 リンさんが、ひゃっ、と声を上げたが、地面直前でふわりと浮かびゆっくり着地した。


「周囲の変化は特にありません」

 ぼそり、と言う。

「そうか」

 父が言うと、ザズという男はそれっきり、また黙ってしまった。


「移動しましょう」

 僕は父に連れられ校舎に入っていった。



 ケガを指摘されたリンさんは治療室へ。

 僕、父、ザズさん、で歩いていく。

 廊下を進んでいくと両側の教室がある場所が終わり、渡り廊下になる。そこに入ると、講堂だ。


「広いですね」

 入っていくと、広い講堂はがらんとしていた。

 三階建ての校舎と同じ高さで、天井まで吹き抜けているのだ。おまけに柱は壁沿いのものだけで、広々としている。

 手前側三分の一ほどには椅子や机が置かれ、奥側は自由に使えるようになっていた。


 全体を統括するためにいる教師や上級の生徒だけがいるようで、四人だけ。

 四人とも僕には見覚えがない。十年でかなり生徒も教師も入れ替わっているようだ。それぞれが、大きな机に広げられた図面や、書物を手に、なにか話し合いをしていた。屋上から小石を発射、といった作戦もここで考えられたのだろう。

 父を見ると彼らは手を止めて立ち上がり、父は手で、そんなことはいい、と示す。

 ここで特殊な魔法の訓練もするし、生徒全員を集めた話もする、今日のような日は作戦会議場にもなる。


「客人、そちらのお席にかけていてください。茶などをご用意します。私はさっきの揺れなどをすこし話してきますので。ザズ、頼むぞ」

「はい」

 やせた男は返事をすると、講堂を出ていった。一歩一歩の足取りが、体重がないようにも見える現実感のなさだった。


 僕はしょうがなく言われたとおり、入り口近くの椅子に座る。

 いや、座りかけて止まった。

 いまか?

 いまなら帰れるのでは?

 そっと立ち上がっても父たちはこちらを見ていない。さっきの揺れについて話しているんだろう。

 父たちが本気で対策を取れば問題ないはずだ。トカゲの件もそうだ。僕が出しゃばるまでもなかった。

 監視もついていないようだ。ならば問題ないのでは?

 

 父たちを見つつ、出入り口に近づいていく。

「どこへ?」

「ひっ」

 間近にザズさんがいた。


「お茶を」

 ザズさんは持っていたお盆を近くの席に置いて、僕にお茶をすすめてきた。

「どうも」

「お口に合いませんでしたら別のものを」

 と言いつつ僕をのぞきこむようにしてじっと見てくる。


「なにか不都合でも? なんなりと」

 じっと見てくる。

「いえ」

 僕は席についた。

 一口飲む。

 あやしまれているのだろうか。これで、単なる接客だろうか。


「いかがですか」

「あ、はい、おいしいです」

「お暇でしたら、お話のお相手をいたします」

「はあ」

「トカゲを倒した手際、おみごとでした」

「どうも」

「魔法ではないとのこと。どういった訓練を?」

 話題を振ってくれるのはいいけれども、ぼそぼそとした声で、棒読みで、まったく興味なさそうだった。

 やはりあやしんでいるのだろうか。


「まあ、いろいろと、体を鍛えまして」

「それは大変なことですね」

 感情がこもっていない声だった。


「あの、ザズさんは校長先生についているんですよね? 僕はいいので、あちらの話に加わってもらってかまいませんが」

「ネル様のお相手をするよう言われております」

「僕なら平気ですよ」

「いえ」


 強い、いえ、だった。

 口調はさっきまでと変わらないけれども決意を感じる。

「ザズさんは、教師、ではないんですか?」

「まだ見習いです」

「上級から、教師になるところなんですね」

「はい」

「だったらなおのこと、先生たちの話を聞きたいんじゃ」

「これが仕事ですから」


 まじめで忠誠心が高そうで、なんだか嫌な予感がした。

 僕が、仮にここから逃げたとしても、追ってくるんじゃないだろうか、この人。

 さっきの、一瞬にして高いところまで飛び上がった様子を思い出して、ゆううつになる。速さだけなら、手に負えないかもしれない。


「まだしばらくかかりますよね。ずっとそうしているわけにも」

「ずっとこうしています。終わるまでは、ずっと。ずっと」

 ずずずい、と顔を近づけてくる。助けて。

 

 いっそ、用事があるとでも言って……。

 いやこの人に交渉が通じるとは思えない。まだ父に直接、申し出たほうが良さそうだ。


 そのとき。

「うおっ」

 また揺れた。

 やはり、突き上げるような揺れだ。


「うおっ、うおっ」

 二回、三回と続いた。

 徐々に大きくなっている。

 自分の体が持ち上がった、と錯覚するほどの揺れだ。


「床が!」

 誰かの声。


 講堂の床、中央がやや盛り上がり、そこから放射状にヒビが入っていた。

 床は音を立てながらじりじりと持ち上がる。

 突き上げるような揺れが続く。

 ドン! ドン! とさらに揺れる。

 気づけばザズさんは詠唱をし備えていた。


 床が、張った布の真ん中を突き上げるように、上がったと思うと、それらが崩れて、なにかが顔を出した。


 魔物?

 顔の表面のうろこ。

 鋭い目。

 短い角。

 薄く開いた口から見える、たくさんの牙。


「ドラゴン……?」

 誰かが言った。

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