第9話 防衛

 窓からおりて、そのまま前へ跳ぶ。


 着地点はトカゲにまとわりつかれた生徒のすぐ前だ。

 トカゲまみれの生徒から棒を取り上げた。体を伝ってトカゲが僕の体を上がってくるが、僕には奪われる魔力がない。手で強めに払ってやるだけで、トカゲは消滅した。

 生徒のトカゲも全部払う。

「だいじょうぶか」

 生徒に呼びかけても反応がうすい。ぼんやりと、空を見ているだけだった。


 近くにいた生徒も抱えて大きく跳んで校舎際までもどり、治療班がいる教室の窓から二人を押し込んだ。


「リンさん、よろしく」

「わっ!」

「数を減らしてきます」


 道幅いっぱいに、ひしめきあって突撃してくるトカゲ。

 波のように押し寄せてくるトカゲに向かい、姿勢を低くし生徒から借りた棒で払う。

 当たった分のトカゲはすべて消えた。

 威力はいらない。

 いかに当てるか。

 

 すばやく全体を見る。

 ますます数が増えていて、もはやその広場全体が黒っぽくなってきていた。


 僕は走る足を止めず、払って、払って、払う。

 トカゲが進むより速く道を往復しながらトカゲを払う。正確に掃除をするように、往復しながらじりじりと進む。

 地面をおおいつくしているトカゲの群れ。

 多すぎる。


『全部を見ようとすると、わからなくなってしまうこともありますぞ!』


 筋肉さんの声が聞こえるかのようだった。

 できもしないことをやろうとすると、できることまでできなくなる。

 走る。

 地面を払う。

 速く正確に。


 いつしか生徒たちを追い越して最前列にいた。


 補佐にやってきた、教師と思われる男と目が合う。

「西側は僕が受け持つから、他へ!」

 彼は深くきかずに生徒たちに指示を出し、ひとり残らず西側から人がいなくなった。

 見知らぬ僕をそこまで信用するのか。

 思い切りがいいというかなんというか。ちょっと笑いがこみ上げる。

 ちょうど緊張がゆるんだ。


『筋肉は力が入りすぎるともったいないですぞ!』

 はい筋肉さん。


 ふっと息を吐いて、左右に動く。

 地面すれすれに棒を振り、トカゲを払う。

 棒は便利だ。

 突くことも、払うことも、打つこともできる。

 棒を持つ位置で、接近戦から、やや離れた間合いまで。

 威力がいらない攻撃はできるだけ棒の端を持って、遠くへ振るう。それで、うっかりたたき損ねたトカゲを仕留めることもできる。


『一撃を最大化するのも最小化するのも、間合いですぞ』


 力を入れずに速く棒を振る。

 力を入れているのに遅くなる。

 自分の手足。

 棒の長さ。

 トカゲの動き。

 すべてを見る。

 間合いだ。

 効率を意識しろ。

 でも。


「くっ」

 すり抜けたトカゲを仕留める。

 最初より数が多くなってきた。増加が早い。

 僕の、棒への慣れよりも増える早さが勝っている。

 こんな数は見たことがない。

 異様だ。

 本当に波のように見えてくる。

 速く、もっと速く。

 急げ!

 

 いや。

 僕は足を止めた。

 そういうときこそ、もっと力を抜く。

 ゆっくりだ。


 最悪、トカゲが包囲網をすり抜けたとしても父が全力を出せばトカゲは止まる。

 それは最後の一手だが。


 僕はトカゲを叩きながらまわりを見る。

 別の作戦が必要だ。

 北側で棒を投げている生徒が見えた。ざっ、と積もったほこりを払うようにトカゲが減った。たしかにそれでもいい。だが続かない。

 とにかく、攻撃を当てさえすればいい。

 だけど魔法でつくった氷の矢、炎の矢というのではいけない。魔力由来の物質ではだめなのだ。

 弓矢の蓄えはあるだろうがあれだけの数のトカゲを倒す矢はない。

 どうするんだ。

 腕が重くなってくる。空いた手で右手をほぐす。ましにはなったが、体力が万全になったとしてもそれで解決できるものじゃない。

 いつまで続くのか。終わるなら全力を出してもいいが、まだ続くなら力を残さないと。


「南側、さがれ!」

 大きな声が聞こえた。

 聞き覚えのある声。


 僕は校舎際まで跳ぶ。

 それを見てか、すぐ号令が聞こえた。

 校舎の屋上から、ぱぱぱぱぱ、と無数のなにかが射出される。

 なんだ。

 細かいなにか、がトカゲのいる方へ降り注いだ。

 あっという間に目に見える範囲のトカゲが激減。


 細かいものは、僕の近くにもすこし落ちてきた。

 ……小石だ。

 無数の、小石よりも小さなものが校舎の周囲に降り注いでいた。

 小石に触れたトカゲがどんどん消えていく。

 南側のトカゲの大半が消えた。

 続けて、東側、北側、西側、と小石が放たれ、トカゲが始末されていく。

 それが順番に繰り返されるので、トカゲはあいかわらず押し寄せてくるものの、数はぐっと少なくなる。校舎に迫るトカゲは少数だけだ。生徒でも問題なく対処できる。

 単純だが有効だ。


「ネルさん!」

 教室の部屋の窓枠に足をかけたリンさんが叫んでいた。

「危ないですよ」

 僕はぐらつきながら出てこようとするリンさんを持ち上げて、そっと外に立たせた。


「ネルさん、だいじょうぶですか!」

「魔法学校がちゃんと対応してくれてるみたいですね」

 屋上を示す。

 まだ、順番に、各方向に小石が放たれていた。


「リンさんこそだいじょうぶですか?」

 対処を待っていたからか、リンさんの足は傷口はむき出しのままだった。

「痛み止めが効いてるので平気ですよ」

 それはあまりだいじょうぶだとは言わないのでは。


「小石でトカゲを倒してるんですね!」

「でも、そんなものを備蓄していたんでしょうか」

 こんなことがあると思っていたんだろうか。

 リンさんはしゃがんで、近くに落ちていた小石を拾った。

「これ、屋上の素材の石ですね」

「え?」

「たぶん、これを砕いてトカゲに飛ばしてるんですね」

 僕も拾ってみる。


 小石には黒い面があった。他の面は灰色だ。

 屋上は、熱を集めて魔法と合わせてその力を活用する、という研究のために全面が黒く塗られている。

「そうか」


 思いついてしまえばどうということはないが、建物を、攻撃するための道具と考えられるかどうか。ただでさえ慌てる場面で、その感覚の差は大きい。

 すくなくとも、がんばってトカゲを叩くことしか考えつかなかった僕とはかなり差がある。

 もう、トカゲは校舎のかなり手前で処理されるようになっていた。


「それにしてもすごかったですよ、ネルさん! あんなにトカゲをばっさばっさと!」

 リンさんが手を振りながら言う。

「どうも、助かりました」

 男の声がした。

「あ、ネルさん。あの人が、この学校の校長先生ですよ」

 リンさんは言った。

 ぴりっ、と僕の体に電気が走ったように、背筋が伸びた。


 やせた男を従えて、校舎の近くをやってくる父。

 僕が最後に見たときよりも白髪は増えているようだ。すこし顔も細くなっているように見える。それでも堂々としていて威圧感がある。


「私はこの魔法学校で校長をしています、ディダー・グランデールと申します」

「どうも、はじめまして。ネルです」

 声をすこし低めに出した。

「上から見せていただきました。すばらしい動きでした」

「いえ……」


 父と言葉を交わす。それだけで汗が出てくる。

「リンくんとは?」

「あ、私は森で魔物に襲われていたところをネルさんに助けてもらったんです」

「おや。実は、彼女は私の息子の婚約者でして。町も、家族も救っていただいたとは、感謝をしなければなりませんな」

「僕は無計画に暴れてただけなので……。屋上の石を使うなんて考えは僕にはなくて、さすがだなと」

「いえ」

 父は微笑んだ。


 父は校舎の方を手で指し示し、一緒にいるやせた男に声をかけた。

「魔物退治の演習も、おおよそ問題は解決していきそうです。終わったらあらためてお礼もしたいですし、お話もお聞きしたい」

「いやいや、僕はもう」

「そんなこと言わないでくださいよネルさん」

 リンさんまで言う。

 やっぱり帰るべきだった。僕はいなくても対応できたんだ。


「それに、どちらにしろ、今日は魔物の数も様子もおかしい。魔法学校なら守れますが、離れて単独行動をするのではなにが起きるかわかりません。町も、婚約者も守っていただいた恩人を危険にさらすわけにはいきませんから」

 どうするか。

 言うことを聞く素振りを見せておいて、人が近くにいなくなったら逃げるか。


 それともまさか、僕をこの魔物急増の原因と考えている? 協力をしたし、それはないと思うのだが。だとすると、すぐ逃げると僕の追跡のため、魔法学校の戦力を分散させてしまう。それはまずい。

 

 そう思ったとき。

 ズン! と地面が大きく揺れた。

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