第64話 幕を開けた
「こ、これが凛のスマホだ…」
「あなたの言う通りちゃーんと守り切ったわ。傷1つついてないし、中身もいじってないわよ」
静谷夫妻の自宅に到着すると、芳樹さんと茜さんが待っていた。
古ぼけたピンクのスマホを受け取り、あたりに俺と夫妻以外いないことを確認してから、ポケットにしまう。
中身を確認するなんて野暮なことはしない。
結愛、美也、千恵美と同じく、みんな凛に復讐するための仲間なのだから。
「ありがとうございます。今日、前夜祭は20時かは開催される予定です。そこで…復讐は実行されます」
「わ、分かってる。僕たちも止めない。い、家に帰ってきてから何度か説得してみたけど、無駄だった。人を傷つけることに、何のためらいもない」
「ごめんね円二くん。私たちが引き受けるべきを責任を、あなたたち子供に押し付けちゃって…」
「いいんです。俺とみんなで全部やります。みなさんに迷惑をかけたりなんてしません。ただ…」
「あ、ああ…分かってる。その時が来たら、私たち夫婦が何とかしよう」
「お願いします」
俺は夫婦に深々と頭を下げると、背を向けて学校へと戻ろうとする。
「ひ、一つ、聞きたい」
その時、芳樹さんに再び声をかけられた。
こちらをじっと見据えている。
感情は読めない。
「今回凛を破滅させても、あいつは…改心しないかもしれない。あいつは、母親と同じ血を引いている。その時は、どうするんだ?」
「…」
俺は即答できなかった。
確かにあいつは何一つ変わらないかもしれない。
さらなる憎しみを燃やすかもしれない。
「…その時は」
一度深呼吸をして、頭の中で答えをまとめ、短い結論を話す。
「俺があいつを、地獄へと叩き落とします。責任を持って」
扉を開け、足早に静谷夫妻の自宅を去っていった。
****
「おかえり!早かったね」
「ああ。早めに腹ごしらえしようと思ってな」
18時55分。
俺たちのアジトとなっている人気のない図書室に戻ってくると、千恵美が出迎えてくれた。
正気を取り戻したのか、ダーク千恵美ではなく、いつもの千恵美だ。
「早めに…?」
「19時15分から、明日の屋台で出てくる食事メニューの試作品を、凛と食べることになってる」
「前夜祭の夜は、みんなで屋台の食事を食べるのが風習なんだっけ
「ま、喉を通るわけがないんだがな…」
復讐の直前で緊張するのはもちろん、あの女の前で楽しく食事などできるはずもない。
復讐前の最後の試練というやつだ。
「あはは…確かに。嫌ならやめておく?」
「まさか。やり遂げるさ。怪しまれても困るからな」
「さすがだね。じゃあさ…」
千恵美は地面に置いている袋から、何かを取り出す。
蓋付きのプラスチックの容器。
蓋を開けるとー、
ほかほかの焼きそばが入っていた。
「ぼくと一緒に食べない?」
きゅうう。
答える前に腹の虫が鳴り、俺は観念して受け取る。
「さすが親友だ。俺の好きそうなものも、良く分かってる」
「凛さんに復讐したあとは、もっといろんな所に行こうね!ボーリングも、サッカーも、ゲームセンターも、みんな行きたい!」
「ああ。絶対行く。約束だ」
「嬉しい!じゃ、冷めないうちに食べよ…」
自らの分を取り出した千恵美の表情が固まる。
振り返るとー、
「あちゃー、考えることはみんな一緒だったかぁ」
「鮎川さんとキスしたバカ円二…ご飯、持ってきてあげたわよ」
結愛と美也が袋を手にしてこちらを見つめていた。
考えることは皆同じらしい。
「ふっ…」
俺は笑みを浮かべ、椅子にどんと座り込む。
「全部食うぞ!時間がないからじゃんじゃん出してくれ!」
「えへへへ〜言ったな〜〜〜!」
「…私のは軽食だから安心して」
「あ、ぼくもぼくも!」
美少女3人が続々と袋から食事を取り出すのを見て、覚悟を決めるのであった。
****
【side:凛】
「うっぷ…」
「どうしたのヒロインらしくない声を出して」
「な、なんでもない」
「このご飯は私の手作りなんだからね。3食作ってきたから全部食べなさい」
何故かわからないけど、円二君は少食だった。
特性焼きそばをはじめ円二君の好物を作ってきたのに生意気ね。
無理やり箸を持たせると、のろのろと食べ始める。
「…うっぷ」
「全く。今日から私とあなたの人生は変わるのよ。文字通り全てが変わる。今からそんなにぼさっとしてちゃ、ヒロインの役割は務まらないわよ」
「…なぁ」
「なに?」
焼きそばを渋々口に運びながら、円二君はたずねる。
「ふくしゅうがおわったら、おまえはなにをしたいんだ?」
「何って。そんなこと決まってるじゃない」
円二君のアゴをぐいっと掴み、ヒロインの立場を分からせながら、主人公の考えを語る。
一呼吸置いたあとー、
「あなたをずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、独占するわ…死ぬまでね。あなたは私に対し負い目を感じるながら、永遠に奉仕するの。生きてる間はもちろん、死んで天国に行った後もね…」
思いの丈をぶちまけた。
流石に処女をもらう話はやめておいたけど。
未遂とはいえ私を裏切った罪は重いからね。
「…」
「分かった?あなたは、私とずぅっと付き合うの」
「…わかった」
従順な円二君は微笑む。
「おまえと、とことんつきあってやるよ。さいごの、さいごのさいごまでな…」
「ふふふふ。それでいいのよ」
「そうだ。すまほは、たいいくかんでわたす」
「ええ。それまでは持っていてもいいわ。さ、食べなさい」
「うっぷ…」
円二君を服従させたら、どんな料理を作らせようかしら。
色んなメニューを想像しながら、私は円二君に料理を勧めるのだった。
今日は久々に知人もやってくるし、楽しくなりそうだわ。
****
「ううっぷ…」
「よく食べ切りました!さ、時間ね。体育館に向かうわよ」
結局、凛に強引にほとんどのメニューを食わされた。
教室を出て体育館に向かう凛の後から、ゆっくりとついて行く。
胃がムカムカとして吐き出しそうになったが、なんとか我慢する。
ーあなたは、私のヒロインなの。あははははははは…!
ーあのアバズレは、いずれ地獄に叩き落としてあげる。
ー原田さんが悪いのよ。少し辱められたぐらいで文句言われる筋合いはないわ。
今まで。ずっと。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
ひたすら我慢し続けていた。
こいつが他人を顧みない下卑た発言をする時もー、
罪を反省せず自己弁護を繰り返すときもー、
今更になってまた新たな悪事を企んでいるときもー、
復讐の時を待ち続けた。
殴り倒したくなる衝動をぐっとこらえながら。
ふと、背後に気配を感じる。
振り返るとー、
結愛。
美也。
千恵美。
3人が、物陰から俺をこっそりのぞいていた。
みんな、真剣な表情でこちらをじっと見つめている。
言葉はなくても、伝えたい気持ちは手にとるように分かった。
「何やってるの?早く行くわよ」
「ああ、いこう」
凛に促され、俺は扉を開ける。
「復讐をはじめようじゃないか」
明かりが煌々とともる体育館。
待ち受ける数百人の学生たち。
時刻は、ジャスト20時。
俺と凛の最後の戦いが、今幕を開けた。
****
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