第61話 あと3日

 【side:凛】


 「悔い改めないのか?」 

 

 円二君と私以外は誰もいない観覧車の個室。


 窓から見える綺麗な景色を眺めていた私に、円二君が声をかけてくる。


 …悔い改める?


 頭でもおかしくなったのかしら。


 「なんのこと?」


 「…胸に手を当てて、よく考えてみろ。これまで自分がして来たことをだ」


 「そうねぇ。子供の頃からでいいの?」


 「好きな時期からでいい」


 仕方なく胸に手を当ててみるけど、これまでやってきたことを考えてみる。


 病室のベッドで幼い円二君をヒロインにすることを決めー、

 一人ぼっちの可哀想な円二君のためにお金で『ともだち』グループを作ってー、

 円二君を惑わせたアバズレ0号原田をみんなで罰して追放しー、

 円二君の小学校〜中学校に至るまでの楽しい学生時代を『ともだち』達と提供してー、

 今は最後のアバズレ結愛から円二君を救い出すミッションを展開している。


 んんんん?

 

 長年に渡る美しい献身と自己犠牲のどこに悔い改めるべき行動があるというのかしら。


 円二君に謝ったり懺悔するようなことなんてこれっぽっちも存在しない。


 むしろこっちが謝って欲しいぐらいだわ。


 アバズレと円二君の心変わりのせいで、私がどれだけ傷ついたと思ってるの?


 浮気したビッチという濡れ衣を着せられー、

 高井の暴走で顔に一生消えない傷を負わされー、

 養育の義務を怠った親戚夫婦に追い出されー、 

 赤城や阿部たちに騙されてお金をせびられー、

 原田の陰謀で円二君にぼこぼこにされてー、

 アバズレと円二君がホテルに入る場面を目撃させられー、

 今は親戚夫婦の家で自由を奪われて幽閉されている。


 これまでの献身を無に帰せられた時の悲しみは言葉では言い表せないほどだわ。

 ヒロインのためにこれだけ苦労している主人公がかつていたかしら。


 「ふざけるのもいい加減にしてちょうだい。私はあなたに謝ることなんてないわ。なんなら損害賠償を請求したい…あ…」

 

 円二君に抗議しようとしたけど、途中でやめる。


 1つ心当たりがあったからだ。


 「あったわ1つだけ。あなたが怒りそうなポイントが」


 「あるのか!?それがなんだか教えてくれ!」

 

 「お金の話を蒸し返すつもりなのね!」


 「…は?」


 「やっぱり俺も直接お金が欲しかったーってことでしょ?もう、男の子ってみんなお金を欲しがるんだから…この前言ったでしょ?私は主人公なんだから、ヒロインに直接お金を渡すなんておかしいでしょって。まあ悪かったわよ。これからはあなたが好きに使いなさいな。私の取り分以外はね」


 「…違う」


 「はぁ?」


 「そうじゃない。俺のことはどうでもいいんだ」


 話は終わりと思ったのに、円二君はしつこく食い下がり、私から何かを引き出そうとする。


 「目的がどうあれ、お前は多くの人間を巻き込み、傷つけた。お前のせいで心に消えない傷を負った人間もいる。そのことについて、何も思わないのか?」


 「なんだ、そんなこと…」


 みるみる興味が失われるのを感じる。


 やっぱり、円二君はまだヒロインの自覚が足りない。

 主人公の言葉には無条件で頷かなきゃ。



  

 「私は主人公なんだからそれぐらいして当然でしょ?擬似的なものであってもね。私と円二君のラブストーリーの主人公は私。その私が、円二君と結ばれるためにやったことで悪いことなんてあるはずないじゃない。そんなストーリー見たことある?」


 「…」


 「考えすぎなのよ円二君。世の中に絶対の正義なんてないわ。好き勝手しても許される人間と、好き勝手しで許されない人間がいるだけ。私はこれまでも、これからも好き勝手にやり続けるわ。それが、主人公に与えられた特権と責務でしょ?」


 円二君はしばらく黙り続けた。


 私のぐうの音も出ない正論に感動してしまったらしい。


 そしてー、







 「…そうだ。おまえのいうとおりだよ」


 円二君は私の言うことを聞いた。

 

 愛おしくて、思わず頬にそっと手を触れてしまう。


 私だけのヒロイン。

 私だけの人形。

 私を否定せず、私の言葉に全て頷いてくれる存在。


 もう、永遠に離すつもりはない。


 誰にも渡すものか。


 今度こそハッピーエンドを掴んでくれる。


 「いいのよ、分かってくれたら。円二君なら分かってくれると思ったわ」


 「ああ。もうおれ、なにもいわない…」


 「そうね。これからはヒロインらしく私の言うことを聞くのよ?今みたいに文句を言ったり問いかけをしたらダメなんだからね?」


 「わかった。いっしょうしない」


 無表情で私の言葉に頷く円二くんはなんて可愛いのかしら。


  


 徐々に地上に近づいていく観覧車の中で、私は円二君の示す従順さに酔いしれた。



  ****



 凛との最後の対話はこうして終わりを告げた。


 凛の心には一片の良心も、後悔も、反省も、他者を思いやる気持ちもない。


 ただ歪んだ正義感と愛情で人を傷つけるだけだ。


 もちろん十分すぎるほど知っていたはずだが、確認する機会を作れて良かったと思っている。

 

 これで、もはやなんのためらいもなくなったからだ。


 凛が隠し撮りした俺と結愛の写真も取り戻し、懸念材料はもはや存在しない。


 





 学園祭まで、あと3日。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!

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