第56話 円二くんが好きなんだ
【side:千恵美】
「ぼくね、円二くんが好きなんだ」
夏休みが終わる直前。
ぼくは鮎川さんを自分の家に招き、2人きりで出会った。
彼女にしか相談できないことがあったからだ。
ぼくの言葉を聞いた鮎川さんは驚くだろうと思っていたけど、思ったより平然としている。
「そっか…そうだよね。円二くんはあなたの恩人だし、いつもあなたのことを気にかけてくれる」
「気づいてたの?」
「確証はなかったけど、なんとなくそうなんじゃないかって思ってた」
ぼくが振舞ったジュースをおいしそうに飲みながら、鮎川さんは微笑む。
「…美也も円二くんのことが好きだったから、なんとなく分かっちゃうの」
「好き、だった?」
「うん。勇気を出して告白したんだけどね、振られちゃった。いや、振られたというのはちょっと違うかな。円二くんには好きな人…というよりすでに愛してる人がいたの。悲しかったけど、仕方ないよね」
「じゃあ…」
薄々気づいてたけど、間違いであってほしいと願っていたこと。
円二くんに直接問いただせなかったこと。
胸の中が苦しくなる。
「やっぱり、円二くんは結愛ちゃんと付き合ってるんだね。愛し合ってるといってもいいのかな」
「…」
鮎川さんは答えないが、否定もしない。
いたたれまくなり、ジュースやお菓子を片づけるふりをしながら台所へ向かった。
円二くんには好きな人がいる。
それは ぼくじゃない。
「ご、ごめんね!こんなこと鮎川さんに聞いちゃって。あはははは…あの2人ならお似合いだよね。ぼくも、わざわざ告白して円二くんを困らせる手間が省けたよ。ありがとうね…」
取り留めもない言葉を口にしながら、ぼくは瞳から涙があふれるのを感じた。
こんな姿を見られたら鮎川さんが心配してしまう。
理由をつけて帰ってもらって、それから人気のない場所でー、
「自分の気持ち、隠しちゃだめだよ」
「鮎川さん!?」
鮎川さんはいつの間にかぼくの後ろに立っていた。
慌ててごしごし瞳を拭ったけど間に合いそうにない。
観念して話を聞くことにした。
「…どういうこと?」
「原田さんの気持ちは、痛いほど分かる。でも、自分の気持ちを封印したまま生きるのは、もっと辛いこと。美也がそうだったから」
「い、いいじゃないか。円二くんだって迷惑だろ?いまさらぼくが告白なんてしなくてもいいんだ。それで…」
「美也もずっとそう思ってた。でも、今は叶わなくても思いを伝えることができて良かったと思うの。きっと原田さんだってー」
「い、嫌だ!」
暗い過去がぼくの感情を真っ黒に染め上げていく。
消えない傷とトラウマ。
屈辱。
涙。
「円二くんに受け入れられるはずがない!だって、ぼくは…あの日から…恋なんて…」
自分の気持ちをぶち巻けそうになった時ー、
原田さんにそっと頭を撫でられた。
「え…?」
「ごめんね。美也も熱くなっちゃった。それ以上は、話さなくていいから」
「原田さん…」
「苦しかったよね…悲しかったよね…」
原田さんの暖かい手が、ぼくのささくれた心を少しずつ癒していく。
「どうするのかは、原田さんに任せる。自分の心に従うしかない。でもね…」
子供をあやす母親の様な優しい囁き。
「円二くんは、きっと受け入れてくれるから…」
****
「ん…」
毛布にくるまれた原田さんは目を覚ました。
少年のように純真な瞳を何度かぱちくりした後、ふぁ、と小さくあくびする。
「ごめん。寝ちゃった。ぼく、重かった?」
「いや。羽のように軽かったよ」
「あはは。流石に軽すぎかな。ここは、どこ?」
「俺の家の1階だ。結愛はまだ寝てる」
「そっか。結愛ちゃんが起きたら、またがるるるる〜って怒っちゃうね」
「怒らないさ。それより…」
直球で問いかけることにする。
「俺と話したいことってなんだ?」
「…」
「無理して話す必要はないが。気になってな」
「いや、話すよ。ただし…」
原田さんはむくりと起き上がり、微笑む。
「綺麗になった体で話したいんだ!洗面台、ちょっと借りるね!」
「え?ああ、構わないけど」
「待っててね〜〜〜!」
そのまま勢いよく飛び出し、30分以上は戻ってこなかった。
****
「お、お待たせ…」
ようやく帰ってきた原田さんは、見違えるほど綺麗になっていた。
綺麗にセットされたミディアムヘア。
頭頂部に付けられた青いリボン。
自然な血色を意識したナチュラルメイク。
黒のミニスカート。
少し恥ずかしいのか視線をそらしていたが、何かを決心したかの様に軽くうなずき、こちらを見つめる。
今まで見た中で一番綺麗だった。
「どう、かな?今日はね、一番女の子みたいになりたいと思って、色々準備してきたの」
「俺に表現力がなくて申し訳ないが…綺麗だ。本当に、綺麗。いや、世界一綺麗だ」
「ありがとう。そう言ってもらえるのが円二くんで、本当によかった…」
嬉しそうな笑顔を浮かべる原田さんは、一時期の沈黙を置いて話し出す。
「円二くん。よく聞いて。その…あの…えと…」
「心配するな。ちゃんと聞いてる」
「ええと…ええい!言っちゃえ!」
最後の迷いを振り切りー、
「ぼくは、円二くんのことが好きです!」
声を震わせながら言い切った。
「言うかどうか迷ってたけど、きっと、小学校の時に出会ってたから好きだったんだと思うんだ!世界で一番好き!好きなところを聞かれたら100個は余裕で答えられるかも!気持ちだけは誰にも負けないから!」
顔を真っ赤にしながら早口でまくしたてる。
誰よりも強く。
誰よりもはっきりと。
「好き好き好き、大好き!言葉では言い表せないほど!だから!」
最後に、こちらに強く手を差し出す。
「ぼくと、付き合ってください!!!」
****
「はぁ…はぁ…」
全てを言い切った原田さんは両手を膝に置き、背筋を曲げて息を切らしていた。
苦しそうだが、満足気でもある。
「はぁ…はは、たしかに、鮎川さんの言った通りだ。きちんと伝えるのは、気分がいいね…」
そんな原田さんを見て、俺は心が痛かった。
それでも伝えなくてはいけない。
「気持ちを伝えてくれたのはすごく嬉しい。だけど…」
「ストーップ!」
「え」
「言わなくても分かってる。好きな人がいるんでしょ?」
「…」
「いいんだ。それでも、言いたかったから…」
「あの事件から、ぼくは汚れちゃった。一生人並みの生活も送れないし、恋愛なんて二度とできないと思ってた。だから…」
悲しみを堪えながら原田さんは微笑む。
「告白できただけでも、幸せでいっぱいなんだ…」
****
彼女の心を、救ってあげたいと思った。
不平等で不公平なのは分かっている。
だがー、
一度だけ。
一度だけ許してくれ、結愛。
「…さ、帰ろうか。結愛ちゃんが起きる前に。ええ!?」
去ろうとした原田さんの肩を両手で抱く。
「ど、どうしたの?」
「…」
「そんな、だめだよ。結愛ちゃんがいるじゃないか…」
「分かってる。だから、一度だけ」
「き、汚いよ…ぼくは…君を受け止める資格なんて…」
「俺は、原田さんに自分を卑下するような人生を送ってほしくない。もしそういう気持ちを捨て切れないなら、せめて…俺に共有させてくれないか」
「…」
「結愛には正直に言うし、後で謝る。あいつも分かってくれるはずだ」
「…いいの?」
「ああ。あいつも、色んな傷を抱えて生きている」
原田さんはこれまで以上に顔を真っ赤にして、迷った。
俺は答えを焦らなかった。
数十秒、いや、それ以上を無言で過ごす。
「…鮎川さんのいう通りだった。伝えることって、大事なんだね…」
ひまわりのように色鮮やかな笑顔。
原田さんの、真なる笑顔。
「ぼく、死ぬまで忘れないよ。この瞬間は、人生で一番幸せな瞬間だって…」
旧友、いや、本当の友達はそっと瞳を閉じる。
その唇に、俺は口づけをかわした。
****
「…そろそろ、帰ろうかな」
「ほんとうかい?」
「ええ。円二君の愛を、久々に浴びたくなっちゃったし」
「…とてもうれしいよ」
その夜。
全てを奪われたことを知らない凛は動き始める。
「学校に戻って…あのアバズレを破滅させましょ!」
それは、終わりの始まりだった。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
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