第55話 ほんの少しだけ
「やめてくれ…」
原田の真意を知った赤城は懇願した。
「な、なんでもする!慰謝料でもなんでも払うから!金はまだ数百万円もってるんだ!」
「…」
「なあ、聞いてるのか!?」
「…」
「土下座だってする!俺をムショに送り込んでもいい!そうだ、円二が好きだったんだろ?あの男にだって償いをー」
ガンッ!
金属同士がぶつかりあう鈍い音。
顔から数センチ離れた床に安全靴が容赦なく叩きこまれ、赤城は身震いする。
命中すれば骨折程度では済まない。
「その汚らわしい舌で、ぼくの大事な人の名前を口にするな…!」
「ひっ…」
「…もう一度許可なく話したら本当に顔をつぶすからね」
原田の憤怒を見て、赤城はそれが脅しではなく、本気であることを悟った。
皮肉なことではあるが、それを判断できるほど赤城は修羅場をくぐっている。
(こいつは…今すぐ俺の顔を踏みつけてぶっ殺してもいいと思ってる…だが、それをぐっとこらえていやがる…!自分でやると決めた復讐のやり方を、完璧に成し遂げるために!)
押し黙った赤城を見て、原田は右足を腰の位置まで上げた。
が、途中でぽんと手をたたき、元に戻す。
「そうだ。まずは、阿部くんからにしよう。最初にぼくを辱めたのは、阿部くんだったしね」
カツ…カツ…
頑丈な安全靴が床を叩く音。
「むぐぐぐぐぐぐ~~~~…」
接近する原田を見て、阿部が今まで以上に暴れはじめた。
だが、文字通り暴れているだけだ。
唸り声をあげて体力を浪費するだけの行為。
原田が特定の部位に安全靴を叩きつけやすいよう、脚が折り畳まれて高さがほとんどない会議テーブルの上で、何の打開策も浮かばずただもがいている。
下半身は何も着ていない。
とある部位を除いて上半身よりもがちがちに固定されており、文字通り完全なる無防備。
「赤城くんが言ったんだよね。『まずはお前が少しやってみろ』って。君はそれを言葉通りに受け取って、ぼくを…無茶苦茶にした。子供が、おもちゃで遊ぶように」
恐怖する阿部を尻目に淡々と話す。
「赤城くんはね、凛さんが無茶な命令を出していると薄々気づいてたんだよ。だから、小学生にそれが可能かどうか、君を実験台にしたんだ」
「むご~~~~~~…!」
原田は右足を再び高く掲げる。
「あの時の恐怖は今でも片時も忘れたことはない。だから…君も体験してよ」
怒りに燃える瞳と、喜びをこらえきれず緩む唇。
人生で一番興奮していることを実感しつつ、原田は叫んだ。
「尊厳を奪われた人間の悲しみと…痛みを!!!」
安全靴は勢いよく振り下ろされ―、
ぐちゃり。
柔らかい何かが弾ける音が、甲高い絶叫と金属音とともに、かすかに響いた。
****
「あれ…もう、声も出なくなっちゃったんだ。残念」
数分後。
原田は安全靴を振り下ろすのを止めた。
靴には阿部の血がべったりと付着している。
服にも所々血が付着しており、普段の彼女を知る者がいれば卒倒しただろう。
「…全く。阿部くんったらこんなに汚して。あとで円二くんにぎゅーってしてもらう時に邪魔じゃないか」
ポケットからハンカチを取り出して血を拭った後、小さな鏡を取り出して身だしなみを整えはじめる。
「はぁ…やっぱり男の子っぽいのかな、ぼく。今度、円二くんに女の子っぽい服装が何か聞いてみないと」
年頃の女子と変わらない微笑ましさ。
だが、惨劇を目の当たりにした赤城にとっては悪魔でしかない。
(こいつ、本当に、やりやがった…やっちまいやがった…!)
体がガタガタと震えはじめる。
阿部の悲惨な姿にされる過程を見てしまった今では、自分が今からされる行為の悲惨さを、嫌でも想像してしまう。
何もされてないのに下腹部に痛みが走った。
歯もうまく噛み合わない。
(そ、そうか…わざとだ。あいつはわざと、俺に阿部の最期を見せつけた!俺に恐怖心を味あわせるために…!)
全身が震えた時、赤城は自らも下半身が全裸であるとはじめて気づいた。
すでに準備は万端なのだ。
逃れる手段はない。
そもそも逃れる権利もない。
ただ裁かれるだけの犠牲の羊。
「さて、次は赤城くんだ…心配しないでくれ。死んだりしないさ。阿部くんだって生きてる。それに、一番憎い君は、できるだけ長く生き地獄を味わって欲しい…そうだろ?」
カツ…カツ…カツ…
「あの日、君は最初は賢い人間のふりをして、阿部くんがぼくを無茶苦茶にするのをニヤニヤ笑いながら眺めてた。苦しかったよ…どれだけお願いしても、叫んでも、泣いても、助けてくれないんだから」
「あ、ああああ…!」
「でも、阿部くんが拙い知識でようやく凛さんの命令にたどり着いた時、君は阿部くんを無理やり引き離した。『お前にはまだ早い。俺が手本を見せてやる』と笑いながらね」
「…」
「君は確信したんだ。凛さんの命令が、自分にとって実行できそうであり、快楽を得られるものであると。君は放心状態のぼくにのしかかり…呼吸を奪い…執拗に…ぼくが数年間記憶を忘れるほど、何度も…何度も…凛さんがけしかける中、本能のままに…」
苦痛に原田の表情は歪むが、歩みは止めない。
「そのあと、哀れな阿部くんにぼくを差し出して、君は帰った。何かあった時は阿部くんに罪をなすりつけるために。阿部くんはそれにも気づかず、君の真似をして、凛さんの命令を実行した…傷ついたぼくの体でね…」
「…頼む…!許してくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ぼくもあの日『痛い』『やめて』『許して』と何度も言ったよ」
「分かった!何をしてもいい、ただ、これだけはやめてくれぇぇぇぇ!死んだと同じじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
「…不思議だなぁ。君はあの日、ぼくの懇願を一度だって聞き入れてくれたのかい?ぼくの口をおぞましいもので塞いで言い放った言葉は、今でも覚えている。『こいつは悪いことをしたんだ!これは罰ゲームなんだ!』って…」
「許してくれぇぇぇぇぇぇ…!」
「その言葉を、そっくり返すよ。阿部くんはただの獣。でも、君は本当のケダモノだった。だから、罰ゲームを…10年越しの罰ゲームを、今実行する」
原田は再び右足を上げる。
「さっきは一撃で潰してすぐ終わっちゃったから、もっと長く苦しめるように手加減するよ」
「ひいいいいいいいいいい…!」
「少しは喜んでもいいじゃないか。全てが終わった時…」
原田さんは悪意のない純粋な笑顔を浮かべた。
そしてー、
「ぼくの魂はほんの少しだけ、救われるんだから…」
先ほどよりも緩慢なスピードで、安全靴は振り下ろされた。
****
「今度はオレらがけじめ付けっからあとは任せてくれ〜〜〜〜い!大丈夫殺したりはしないから一応〜〜〜!オレらそういうの上手く調整するの得意なんで〜〜〜!じゃあね〜〜〜!」
ハイテンションなリーダーに見送られ、俺たちは『西陣営』のアジトを後にする。
いつのまにか朝日が上り、街にはぽつぽつ人が現れ始めている。
みんなを家に返さないと。
「すー…すー…」
オレの背中で寝息を立てている原田さんは、特に。
まるで子供のようだ。
血のついた服や靴は別のもの替えられており、何一つ痕跡を残していない。
頬に少しだけついた返り血をのぞいて。
「僕も担ごうか?」
「いや、大丈夫だ明智。今日は本当に助かった。ありがとう。俺もようやく、原田さんを本当の意味で救えた」
「水臭いセリフは不要!何やら友人キャラは退散すべきと直感したので失礼する!」
「あ、おい!」
「今日は東大の赤本を300回復習だ〜〜〜!!」
明智はさっさと受験勉強に向かっていき、姿が見えなくなった。
相変わらずまで忙しいやつだ。
さて、どうしたものか。
ーやったのか原田さん!
ー円二くん。ぼく、完璧にやり遂げたよ…だから…ぼくが起きたらね…
赤城の悲鳴が途切れたあと、部屋から出てきた原田さんは意識を失った。
その前にー、
ー円二くんと話がしたいんだ。2人っきりで…
俺との予定を作った。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
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