第54話 この世界には

 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 薄暗い『西連合』の地下アジト。

 

 俺はずきずきと痛む腹をおさえ、息を切らしながら膝立ちになっている。

 今立ち上がるわけにはいかない。


 「お…ご…」


 失神している赤城を馬乗りになって抑えるためだ。

 俺に思い切り殴られた鼻から鼻血があふれているが、死んではいないだろう。




 なかなかのしぶとさだった。


 アジトに落ちていたあらゆるものを武器に使い、力の限り暴れ、早々にノックダウンされた阿部を見捨てて逃げようとした。

 

 もちろん、こいつを二度と外に出すつもりはない。


 ーぎゃあああああああっ!てめえ、目に唐辛子スプレーなんて卑怯ー

 ーうるせえええええええけだものおおおおおお!

 ーごばあっ!

 

 最後は懐に忍ばせた武器を使って抑え込み、タコ殴りにして仕留めた。

 卑怯とは思わない。


 俺は格闘家でもなくー、

 正義の見方でもなくー、

 正々堂々とした人間でもないー、




 ただの復讐者なのだから。


 「エンジ、ダイジョウブカ」


 後ろから助っ人が様子を見に来た。

 大分ぼろぼろになった俺とは違い、服が多少破れた程度でぴんぴんしている。


 「ギャハ、ハ…」


 片手で自ら仕留めた阿部を引きずり、気絶した赤城の隣にどさり、と放り捨てた。


 「なんとかな。もう覆面も剝がれてるし、普通にしゃべってもいいぞ明智」


 「何だって!?あ、ほんとだ。いつの間に…」


 「ま、いいじゃないか。この2人なら、制裁を与えるのに遠慮する必要はなかっただろ?」


 「それもそうか。君の言う通り、どうしようもないクズだったよ。全力で力を振るったことに悔いはない。君の助けになれて良かった」


 「必ず借りは返す。サンキューな」


 「こちらこそ!」


 俺と明智はお互いに拳をぶつけあって労をねぎらう。

 明智には礼がいくらあっても足りない。


 


 ー明智流護身術は道場の主の許可なく外部で行使することを禁ずる。


 道場の掟に反するケジメとして正体を隠しながらも、快く参加してくれたからだ。


 いつか恩返しをしなきゃな。


 「ぐすっ…」


 急に背後から泣き声が聞こえた。



 

 原田さんだ。

 

 目頭を両手で抑え、涙を必死に堪えようとしている。  

 

 「大丈夫か!?怪我でもしたか?痛いところはあるか?」


 「…」


 「明智!救命活動を!」


 「すまない!明智流護身術に救命活動の項目はないんだ!」


 「なにぃ!?」


 確かに、原田さんは俺たちの戦いを見守るだけではなかった。


 ー君たちは絶対に逃しはしない!これは…ぼくの復讐だ!


 すぐ逃げ出そうとした阿部の前に立ち塞がったり、赤城にものを投げて牽制したりと、ファインプレーやアシストを通して勇敢に戦っている。


 だが直接戦ってはいないはず。


 「とりあえず見せてくれ!傷はどこだ!?」


 慌てて状態を確認しようと顔を近づけるとー、




 ぎゅっ…


 急に視界が真っ暗になる。

 顔が何かに包み込まれたようだ。


 「ありがとう…本当に、ありがとう!」


 原田さんが、嗚咽をもらしながら俺を抱きしめたのだ。

 慎ましい胸を俺の顔いっぱいに押しつけ、涙をとめどなく流す。


 「円二くんと助っ人さんのおかげで、復讐ができたんだ。ぼくだけじゃ何もできなかった…言葉だけじゃ感謝を伝えきれないよ…いつかこの恩はきっと返すからね…」


 「むぐぐ…」


 「あんっ…!あはは、くすぐったいよ円二くん。もっと、ぎゅーっと抱きしめてあげるからね」


 「…う」


 「ぼくの胸、少しは気持ちいい?も、もし円二くんがよかったら…」


 「大変だ!円二が気を失っている!」


 「えええ!?だ、誰かにやられたの?」


 「いや、違う!幸せすぎて昇天したんだ!」


 「そ、そんな!円二くん、ぼくを置いて死んじゃいや〜〜〜!」


 早々に気絶した俺を尻目に、原田さんと明智は漫才を繰り広げるのであった。

 

 

 ****



 「…げぼっ!こ、ここは…?」


 赤城は激痛と共に目を覚ました。


 灰色の天井と薄暗い室内。

 自らがまだ『西連合』のアジトにいることを悟る。


 すなわち、身の危険はまだ終わっていない。


 「くそっ…さっさとここから…何?!」


 迷わず逃走を選択して体を動かそうとしたが、動かなかった。 

 何かに拘束されていて身動きが取れない。


 首を必死に傾けると、全身がロープで縛られていることに気づいた。

 机のようなものに体を乗せられ、簀巻きのように何重にもロープが巻かれている。


  脱出は困難だ。


 「おい阿部!阿部ぇ!!いないのか!早く俺を助けろ!助けたらー」


 「もう起きたのか」


 赤城の視界を遮るように、1人の少年の顔が映り込んだ。

 

 身動きの取れない赤城を見ても無表情を貫いている。

 哀れみの心は全くない。


 「え、円二…!阿部をどこへやった!」


 「すぐ隣だ」


 「何…!」


 円二は右側を指さす。




 「むごごごごごご…!」


 赤城以上にガチガチに縛られ、口にタオルを突っ込まれている。 

 

 「目を覚ましたらぎゃーぎゃーとうるさかったからな。少し黙らせてもらった」


 「お、俺たちをどうするつもりだ!?」


 「それは、俺が決めることじゃない」


 「何…?」


 「じゃあな」


 円二は赤城の視界から消え、どこかへと去っていく。


 


 「赤城くん、阿部くん。お待たせ」


 代わりに現れたのはミディアムヘアの美少女。

 円二とは違い、慈悲深き女神の様な笑顔で2人を見つめている。


 手には丸い林檎が握られていた。


 「原田…!なぁ、悪かったよ。あれは凛に命じられたんだ。分かるだろ?小学生のガキがあんなことをしたって何も気持ちよく…ぎゃあああああ!」


 「静かにしてくれ。今、集中してるんだ」


 再び顔を思い切り蹴られ、赤城は再び悶絶する。


 (こいつ…なんでこんなに足蹴りが重いんだ…?女の脚力じゃねぇ…)


 「とどめは円二くんに譲ってもらったんだ。ぼく自身が過去と決別するためにね。だから、全力でいかせてもらうよ」


 「お、お前…一体…」


 「ああ。そういえば、君には言ってなかったね。今、ぼくは特別な靴を履いてるんだ」


 原田が床にリンゴを置く。


 「安全靴って言ってね。工事現場で事故に巻き込まれた時に足を保護できるよう、特別な強化が施されている。一番強いものだと、車に上から潰されても無事なんだって。すごいでしょ?」


 クスクスと笑いー、




 思い切りリンゴを踏みつけた。

 

 パシャン!


 水風船の様に果実は砕け、思い切り水飛沫を飛ばす。


 「さっきまではかなり手を抜いてたけど、今なら思い切り本気を出せる。動かないでよね」


 「それで何をするつもりなんだ!顔を潰すのか!?」

 

 「…潰すのは正解。でも顔じゃない」


 「な、なんだと…」


 「覚えてる?10年前、君たちはぼくの大事なものを奪い、踏みにじった。だから、ぼくも、君たちの大事なものを奪うよ。この靴で、思い切り踏みにじってね」


 原田は赤城の下腹部にそっと手を添える。


 (ま、まさか。こいつ…!)


 赤城はようやく、今夜の復讐がどのように行われるのか悟った。


 「う、嘘だろ?嘘だよな!そんなことしたら俺、死んじまうぞ!!!」

 

 「大丈夫だよ、死なないようにするさ」


 「や、やめろーーーー!いやだーーーー!!やめてくれーーー!!!」


 「ぼくは分かって欲しいんだ」




 泣き叫ぶ赤城を前にして、原田はぽつりとつぶやく。



 

 「この世界には、死ぬことよりも辛いことがあるってことを」

  

 

   ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


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