第51話 週末が楽しみだ

 「最初は冗談だと思ってました…!でも、本気だと分かったら怖くて…逃げ出したくて…」  


 喫茶店『エデン』の店内。


 人目につかない席に腰を落ち着かせた池澤は、俺と原田さんにこれまでの顛末を語りはじめる。


 きっかけは約4ヶ月前。


 『割りの良い仕事があるからまた『ともだち』やってくれない?』という文面のメールが池澤のもとに届いた。

 すで凜の本性を知っていた池澤は躊躇したが、これまで以上に高額な報酬に釣られ、話だけでも聞いてみようとホテルへと向かう。


 ーみんな久しぶり~~~!元気だったぁ?

 

 凜は表向き友好的な態度をとっていたが、柔和な表情や笑みは消え、憎しみと怒りにかられるモンスターと化していた。


 そして、参加者の前で計画を語り始める。


 ー悪いことをした人間には罰が下る。10年前、あなたたちもそれを学んだはずよねぇ?


 ーそれって…


 ー簡単よ。また同じことをしましょう。悪い奴を捕まえて、懲らしめるのよ。


 計画はごくシンプルだった。


 お金目当てとはいえ『ともだち』である男3人と、凛を含む女2人。

 一応犯罪歴のない池澤を除き、卑劣な犯罪行為も躊躇しない連中。


 全員が力を合わせて、凜が憎む丸山結愛という少女を拉致する。

 丸山円二という男が妨害してくるだろうが、多少痛めつけても構わないので一緒に連行する。


 そして、2人を人目が届かないところに連れ去り、全員で『作品』を撮影する。


 その後は2人を解放するが、『作品』に記録された映像を使って脅迫し、警察や学校への相談を封じるというものだった。


 ー簡単でしょお?リスクも低いし、あなたたちはお金をもらえるし、私は正義を実行できるし…まさに完璧ね!


 当然ながら池澤は全くそうは思わなかった。


 そもそも、『正義の鉄槌』などと呼べるほど生易しいものではない。

 単なる私刑である。

 『完璧な作戦』だと思っているのは凜以外にいなかった。


 「『作品』とは、なんだ?」


 「…ご、ごめんなさい。それだけは言えません…!」


 『作品』の詳細について池澤は口をつぐんだ。


 説明しなくても内容は想像できると思ったのだろう。

 事実そうであった。


 10年前の時と同じ。


 奴のやることは全く変わっていない。


 「その後はどうなったんだ?」


 「…これ以上は、詳しく知りません。一部始終を赤城くんが録音していて、凛さんを脅しはじめてお金をせびることにしたので、計画もうやむやに…」


 「中止になったのか?」


 俺は怒りを抑えながら情報を聞き出す。


 「…分かりません。余りにもおぞましくて、それまでには連絡を断ちました。凛さんと残る3人の『ともだち』がどうなったかも聞いてません」


 1人はすでに塀の中に閉じ込められているが、池澤には知る由もない。


 「それ以上知ってることは?」


 「…ありません」


 「本当か?」


 「ほ、本当です!嘘なんてついてません!」


 「分かった。もういい」


 滝のような汗を噴き出しはじめた池澤を手で制し、話を終わらせる。

 こいつから聞きたいことは全て聞き出した。


 「本当に、罪を償う気持ちがあるのか?」


 「はい…」

 

 「なら…」

 

 後は、2つだけ役割を果たしてもらう。


 「今の内容を録音させろ。それと…」


 「それと…?」







 「俺が命令したら、今の話と、10年前に起こったことを警察に洗いざらい吐け」


 「え…!」


 「もちろん、10年前のあの日の事件に関与した『ともだち』の個人情報も全員分しゃべってもらう。心配するな。『ともだち』の記録はあいつが残してくれたから、記憶違いを起こすこともない…」


 「ま、待ってください!まさかあの日の参加者全員を私に告発しろっていうんですか?」


 「何を勘違いしてる。お前がするのは告発じゃない、贖罪だ。それとも、まさか俺たちがクラスメイト全員に復讐しろとでもいうつもりか?時間がかかりすぎるだろ」

 

 「それは…」


 「当然、お前も事件の関係者として事情聴取を受けるだろうし、その後どうなるかは司法の判断次第だ。この国の犯罪史上なかった大規模な事件としてマスコミは連日報道し、関係者は全員ケツの毛一本に至るまでインターネット上で個人情報を晒される。関係者は全員お前を憎むだろうな…」


 「ほとんど遠巻きに見ていた人だっているんですよ?それを全員犯罪者にするなんて…」


 「関係ない」


 「勇気を出して全てを話したのに、これじゃあー」


 「甘ったれるな!!!」


 俺は池澤の首根っこをつかんだ。




 「過程がどうだろうと、お前含む全員が見て見ぬふりをして金を受け取った!今日この日まで自ら言い出すものもいなかった!!お前は、今になっても金に目がくらんで凛のたくらみに加担しようとしたが、旗色が悪くなったと察知して、俺に寝返ろうとしている!!!」


 殴りはしないさ。

 こいつには、役に立ってもらわないといけないからな。


 怪我をされちゃ困る。


 「お前みたいな傍観者を…共犯と呼ぶんだよ!!!」


 吐き捨てるように言い終えた後、無言になった池澤から手を放す。

 放心しているのか何も言わない。


 文字通りの抜け殻だ。


 「もういいんだよ、円二くん…」


 隣にいた原田さんのつぶやきで、我に返った。

 瞳は揺れているが、涙はまだ流していない。


 「君の気持ちは十分伝わったから、もう、池澤さんを許してあげて…」


 「…ああ。もう、十分だ」


 「ありがとう。ぼくのために怒ってくれて…」


 原田さんは俺の胸に顔を寄せてくる。


 無言で抱き寄せ、彼女が涙を流す姿を誰からも見られないように隠す。

 



 結局、異変を察知した従業員がのぞきに来るまでそのままだった。



 ****



 「ふぅ…なんだか、すっきりした!」


 録音作業を終え、死にそうになっていた池澤を解放した後、原田さんと帰宅することにした。


 原田さんは思ったより落ち込んではいない。

 思ったよりハイテンションだ。


 「ずいぶん元気だな」


 「うん。最初はいろいろ悩んでたけど、円二くんが怒ったときに吹っ切れたんだ。悩んでても仕方ないって」


 「そうか…なによりだ」


 「それに、少しだけ、楽しみになってきたんだ」


 


 原田さんが先ほどと同じように笑みを浮かべる。


 が、目は笑っていない。

 瞳に冷たい怒りの炎が燃えており、拳を握りしめている。


 少しだけ男を見せるかつての旧友に、どきりとする。

 



 「行くんだよね。今週」


 「ああ」


 池澤が『ともだち』から離脱した今、残るは2人。

 

 赤城と阿部。


 「最近、あの夜の記憶を思い出してきたんだ…あの2人には特にひどいことをされたから、池澤さんのようには、冷静ではいられない」


 「分かってるさ。静谷凛の『ともだち』は、あと数日でいなくなる」


 「うん!」


 原田さんがそっと拳をほどいた。







 「あの2人の『作品』を見るのが楽しみだね!」


 彼女と同じく、俺も週末が楽しみだ。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!

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