第50話 作品を作りたいって
「紛失扱いなら、代理人だけでスマートフォンを解約できるんだね。それで、凛さんはどうしたの?」
「自力では再契約できないし、生活もできなくなるから、一時的に芳樹さんと茜さんの元へ戻ったよ。もっとも、あいつにとっては死ぬほど嫌なことだったらしいが…」
「…これで、凛さんに操られる人が増えたり、誰かが傷つけられることもなくなるのかな」
「ま、あいつの身はまだ自由だからな。油断はできない」
数日後の夜。
俺は制服姿の原田さんと話をしながら夜道を歩いている。
『洗いざらい話す』と持ちかけてきた、とある人物と出会うためだ。
「ここ、怖そうな人がいっぱいいるね」
「大丈夫か?」
「うん、平気…ぼく自身が行くって決めたことだから。それに…」
「それに?」
「円二くんの手、暖かいし」
原田さんは微笑んだ。
髪をミディアムヘアの長さまで伸ばし、より女性らしさを感じる笑顔。
彼女の右手をしっかり握っていることに気づく。
「…悪い。なんか急に」
「ううん。むしろ嬉しい」
少し迷ったが、そのまま進んだ。
原田さんは多分離してくれないだろうし、離そうとしたら泣いてしまうかもしれない。
そう思えるほど今日の彼女は儚げだった。
仕事帰りの酔っ払いやガラの悪そうな客引きが近づかないよう、周囲を見渡しながら少し前を進む。
「…芳樹さんと茜さんには、凛の両親が残したネット銀行の口座について調べてもらってる。どうやら、凛の手元にある旧式のマホじゃないログインできないらしい」
「旧式のスマホ?」
「凜の両親は急な事故で亡くなった。その時使っていたスマホを、ずっと使っているようだ」
「そう、なんだ。あの人にも、人間らしい面があるんだね…」
「あいつは、俺と同じぐらい両親に執着を見せている。危険と分かっていても、同じ機種で、同じシステムにアクセスしたかったんだろう」
凜は芳樹さんの家に戻ってから散々再契約を迫ったが、当然ながら夫婦2人は頑として聞かなかった。
かつての幼馴染は怒り、俺と会話したがった。
ーせっかく戻ってきてやったのに…『あなたという人間が信頼できない。何されようが絶対に再契約しない』って…バカにしてるわよねぇあの役立たずども!!!
ーうん、そうだね。
ー円二くんなら分かってくれるでしょ?私は散々苦しんできた…今も理不尽な暴力や誹謗中傷に苛まれてるの…全てはみーんなあなたの愛を手に入れるための純粋な行為なのに…
聞きたくもない愚痴を延々と聞かされ、最後には「あなたのため」というお題目で自らの行動を正当化する。
だが、1つだけ収穫もあった。
ーいいじゃないか。
ー…なんですって?
ーおまえがかねをほしがったのは、おれをてにいれるためなんだろ?もう、もくてきはたっしている。
ー…
ーそのすまーとふぉんは、りょうしんとのおもいでとしてもっておけばいい。こうざのことはわすれろ。
ーそれは…
ーなんなら、おれがつかってやってもいい。おまえとむすばれたときがきたときに…
ーそうね…そうだわ。私は、何をイライラしていたのかしら…くくくくく…うふふふふふふふ…あっははははははははははははははははは!
俺は少しずつではあるが、凛に要求される側から、要求する側へと変化しつつある。
ーそうよ。あなたが手に入れば、今まで破滅に追いやった人間も、お金も、あの憎たらしいアバズレも、どうでもいい…私の全てをあなたに捧げる…愛してるわ、円二くん…
こいつから全てを奪うまで、そう時間はかからないはずだ。
その時、俺は全ての正体を明かして、あいつに真実をー、
「あそこかな」
原田さんの言葉で我に返り、彼女が指さした方向を見る。
約30メートルほど先に、外装がやたら古めかしい喫茶店。
看板に『エデン』の文字。
年老いたマスターとアルバイトらしき女の子が甲斐甲斐しく働いている。
1階はそれなりに人が入っているが、2階は閑散としていた。
俺が『ともだち』の情報を使って接触したとある人物が、会合場所として指定してきた場所。
喫茶店エデンである。
****
「池澤、です。みんな、久しぶり…だね」
メガネをかけたおっとりとした女性。
2階で待っていた人物の名前はすでに知っていた。
小学校と中学校を共にした同じクラスの同級生、池澤絵梨花だ。
仲が良いわけでもなく、憎んでいるわけでもなく、何一つ知らないというわけでもなく。
限りなく他人に近い知人。
今回の事件がなければ、中学卒業後に会うこともなかっただろう。
『ともだち』としていまだ活動しているという履歴を見なければ。
「その…」
池澤さんも同じ感想のようだ。
少し体を震わせながら、落ち着きがない。
いや、違う。
何かを言おうとしている。
「絵梨花ね…」
俺ではなく、その背後にいる原田さんに。
そのまま沈黙が流れた後ー、
「ごめんね!あの時止められなくて本当にごめん!!!」
「えっ?」
原田さんのもとに駆け寄り、大声でまくしたてた。
「絵梨花は止めようとしたのよ!そもそもあの場所に来たくなかったの!でも、凛ちゃんが10万円あげるからって言うから仕方なくなの!そしたら、あいつらが急に、凛ちゃんに扇動されて…警察だって呼ぼうとー」
「黙ってろ」
「ひっ…!」
延々と話続けようとした池澤の胸ぐらを掴む。
「ど、どうして?絵梨花は…」
「今日はお前の言い訳を聞きに来たわけじゃない。そのことを今更語っても何の罪滅ぼしにもならない」
「でもー」
「これ以上言わせなるな」
「は、はい…」
10年前の事件の当事者としての池澤に興味はない。
自己弁護に走るしかないからだ。
結局こいつは原田さんを助けなかったし、中学校卒業まで見て見ぬ振りをした。
原田さんのトラウマを再びえぐるだけの共犯者でしかない。
「そもそも、お前は数ヶ月前にも『ともだち』として凛の元に向かった。信用できると思うな」
「…」
完全に黙ってしまった池澤に改めて問いかける。
「で、『ともだち』として凛に頼まれたんだ?」
「そ、それは…」
「贖罪の気持ちがあるから、言えるはずだ。今日はそのための場だろ」
迷いをみせる池澤だったが、俺の凄んだ表情を見て観念し、話し出す。
「…凛さんは言ってました。とある人と結ばれたい。そのためにあの女が邪魔だって…!だから…!」
「結愛ちゃんって女の子を拐って『作品』を作りたいって、そう言ってました…!」
それは、凛の新たな罪に他ならなかった。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
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