第49話 良かったら

 土下座していた夫婦は、静谷芳樹と静谷茜と名乗った。

 凛の保護者として同居していたが、ほんの数ヶ月前に追い出したらしい。 


 一通り土下座したあと、俺と鮎川さんを居間に招き、ジュースと茶菓子でもてなす。


 「すみませんねぇ。大したものはないんですが、召し上がってくださいな。ほら、あなたももっとビシッと挨拶しなさい!」


 「…ど、どうぞ」


  夫の方はかなり老けていて白髪混じりになっており、背中も丸い。

 妻の方は夫よりも背が高くすらっとしており、負けん気の強そうな表情が印象的だ。


 どっちが夫婦間で優位なのか言うまでもない。


 鮎川さんの言う通り友好的で、味方とまでは言い切れないが、敵でないのは確かだ。


 凛と仲が悪いと言う彼女本人の証言は事実らしい。


 「いやぁ、こんなにもらっちゃって悪いですね〜。ふむふむ…あ、この大判焼き美味しいよ円二さん!クリームがトロトロして美味しい!」


 「鮎川さん、食べるのは構わないが、今日はシリアスな用事が…あ、おいしい」


 「でしょ?」


 「クリームもいいが特にサクサクの生地が…」


 おっと、いかんいかん。


 和やかな雰囲気に流されるところであった。

 復讐者の名が泣くぞ。


 「…ごほん。それは後にしよう鮎川さん。まずは伝えるべきことを伝えてからだ」


 「はっ!そうだった円二さん。つい食べ物の誘惑な負けるところだったよ」


 口にクリームをつけた鮎川さんも一応本気モードになったようだ。

 椅子に座り直し、俺の話を真剣に聞く体勢となる。

 

 「今日ここに来たのは他でもありません。凛のことです」


 俺は夫婦に本題を切り出す。




 凛が長年秘めていた本性。

 本性が暴走した結果起きた様々な事件。

 事件の結果傷ついた人々。

 そして、仲間たちと共に復讐を誓った俺。




 結愛との関係と原田さんの身に起きたこと以外は、洗いざらい話した。


 おそらく、先に来た鮎川さんもここまで話していなかっただろう。


 居間の雰囲気は一気に停滞し、重苦しい空気が支配する。

 静谷夫婦の表情もみるみる曇っていった。


 「追い出せば少しは反省すると思ったのに、まさか遺産を黙っていたなんて…その遺産で悪事を繰り返すとしたら、こっちの失策だったよ…」


 「あ、あいつはぼくたち夫婦のことを散々馬鹿にしてきた。いや、それだけじゃない…」


 夫の芳樹さんはより深刻だ。


 「凛さんのお母さんは、ずっと陰で会社の経営権を握って、ぼく含む一族にパワハラをしてきたんだ。お陰で、ぼくも心にトラウマを負ってしまった。あいつは今も危ない奴らとの付き合いもあると言うし、怖い…」


 やや気弱な性格だと思っていたが、もっと根深い問題があるようだ。

 詳細は、聞かずとも想像はできる。


 


 だが、ここでひるむわけにはいかない。


 あいつが怒りと憎しみをもとに活動している限り、

 笑顔を奪われる人間はいくらでも現れる。


 止めなければならないんだ。




 「あなた方も人に言えない苦しみを抱えてきたのは承知しています。だから、全面的に協力してくれとは言いません。少しだけ、力を貸してください」


 俺はあえて頭を下げる。


 「…美也からも、お願いします」


 鮎川さんも俺に同調した。

 先程とは打って変わって、切実な声で夫婦に訴える。


 「美也はこの事件に直接関わっているわけではありません。でも、友人やクラスメイトが酷い目に遭わされたのを見て、いてもたってもいられませんでした…心配しないください。円二さんや美也が、復讐を最後まで成し遂げます。だから、ほんの少しだけ…」




 俺たちは、2人でじっと頭を下げ続けた。




 「…分かった。ぼ、ぼくたち夫婦にできることがあれば、なんでも言ってくれ」


 最初に声を上げたのは、芳樹さんだ。


 「あなた…!」


 「い、一応ぼくたちはあの子の保護者だ。あの子が過ちを犯したのなら、それを止める義務がある…」


 「あなたがそう言うなら…分かったわ、2人で力を合わせましょう!」


 茜さんも夫の勇気に元気づけられ、声を張り上げる。


 「「何かできることがあれば、協力します!!」」


 こうして、心強い仲間がまた増えた。




 「ありがとう鮎川さん。これで、また一歩前進だ」


 「美也は、お礼を言われるようなことはしてないよ。円二さんが最初に切り出してくれなかったら、言葉にできなかった」


 鮎川さんは笑みを浮かべるが、急に視線を逸らし、顔を赤らめる。


 「でも、もしお礼してくるなら、1つお願いしていい?」


 「お願い?」


 「あのね…」







 「良かったら、美也って呼んでほしいな…」


 その日から、鮎川さんの呼び名は美也になった。



 ****



 「なんで携帯電話が解約されてるの!?あたしがママから受け継いだ、あたしだけが使える銀行口座が…!」


 「どうしたんだ、そんなあわてて」


 「どうもこうもないわよ!!!」


 その日の凛は久々に動揺していた。


 ネットカフェのパソコンを使い、辛うじて俺と会話しているが、かなり不便そうだ。


 動揺するのも無理もない。

 自分が自由に使えるお金が止められれば、誰だって動揺するに決まっている。


 ーくくくく…このネット銀行の口座はね、あたしのスマートフォンでしかログインできないよう、改造されてるのよ。あたしがこのスマートフォンを持っている限り、誰にも使わせないわ…!


 本人が自慢げに語っていたことに嘘はなかったらしい。

 未成年である以上、同意書がないと再契約もできない。


 「どうすれば、あたしはどうすれば…!!」


 これで、凛の動きは当分封じられることになる。







 次は、過去の精算だ。

 

 

 ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


 

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