第43話 なつがおわったら

 【side:凛】


 「はぁー…はぁー…」


 夏とは言え肌寒くなってきた夜。


 物陰で凛は息をひそめ、スマホを握り締めながら、一番憎んでいる人間と一番愛している人間を交互に眺めた。


 丸山円二と、丸山結愛。


 何をやっても手に入らない自分の元恋人と、元恋人を自分から奪った彼の義妹。

 

 自分の人生を破滅させた2人。


 (なぜピンポイントにここが分かったの…?私に復讐を…いえ、それならあの女を連れては行かないはず。もしかして、私に会いに…?)


 飛び出る時は邪な考えを抱いていた凛だったが、追い詰められた脳が、都合の良い結論を彼女にもたらす。


 (そうよ。きっと、円二くんは、私に詫びをいれにきたんだわ…!私を裏切ったことを詫びた後、目の前であの女と別れるの!そして…私と復縁してって…)


 凛は我も忘れ、物陰から少しずつ身を乗り出した。2人、正確には左側の円二に近づき、もう少しで声をかけられそうな位置につく。


 「えんじく…!」


 「楽しかったね!デート。あたし、お兄ちゃんのことがも〜っと好きになっちゃった!」


 「ああ。また行こうな。妹ではなく、恋人として」


 だが、仲睦まじそうな2人を見て、凛は足を止めてしまった。

 その間にも、かつて恋人だった人間はどんどん遠ざかっていく。


 愛していけないはずの義妹と、指を絡めながら。


 「それは禁止でしょお兄ちゃん。あたしたちの関係がバレたら終わりなんだからねっ」


 「そうだったな、悪い悪い」

 

 「もう…でも、お兄ちゃんのそう言う所も、好き…そろそろ、ホテル行こ!」


 かつて幼馴染だった人間が入り込む余地はない。


 4ヶ月前まで分が手にしたいた人の心も、体も、愛も。

 全て失われてしまった。



 

 「…どうし、て?」


 凛は、立ち止まった。

 全身から力が抜け、硬いアスファルトに膝をついてしまう。


 そしてー、




 「どうして私を置いていくのよぉ…!いやだいやだいやだぁ…円二くんには、円二くんには私がいるのに…!」


 さめざめと泣き出した。すぐそこに2人がいることも忘れて、大粒の涙を流し、それを拭わず、ただ地面にぽたぽたと落としていく。


 「今まで、あなたのために全てを捧げてきたのに…!あなたの人生も、何もかもを創ってきたのに…それの何が不満だって言うの…!」


 むろん、彼女自身の罪を知っているものがいれば、同情するものは誰一人いなかっただろう。


 それでも、泣き続けた。



 ****


 

 「なぁ…その。我慢できない」


 「あ、だめだよお兄ちゃん。こんな所で…ホテルももうすぐなんだから…あんっ」


 凛は長い時間泣き続けたと感じていたが、実際には数十秒ほどでしかなかったらしい。


 前を歩いていた2人の姿に、変化が見える。


 不意に、円二が電柱の影に結愛を連れて行った。壁に義妹を押し付け、顔を寄せていく。


 「もう…お兄ちゃんってば」


 そしてー、




 凛の目の前で、熱烈にキスをはじめた。


 背の低い結愛に円二が覆い被さるようにして、舌を絡めていく。


 なんの遠慮もなく、躊躇もない、欲望をぶつけるかのような激しいキス。


 凛がこれまでの人生をかけて円二から勝ち取るはずだった、夢にまで見た行為。




 凛の中で何かが壊れ、砕ける音がした。




 「あはは…」


 凛はスマホを取り出し、笑いながら写真を撮影しはじめた。

   

 「あはははは…」

 

 何度も写真を撮影し、ズームもまじえ、2人が愛をかわす様子を録音していく。


 何度も、何度も、何度も。




 罠であることを知らず、壊れた凛は何度もボタンを押すのであった。


 


 それは、2人がホテルに入るまで続くのだった。


 

 ***



 「えんじ…じらさないで…きぜつしちゃう…」


 甘ったるい結愛の声で我に帰る。


 気がつくと、生まれたままの姿になっていた結愛が、息も絶え絶えになっていた。

 抱きしめたら壊れてしまいそうな華奢な体をベットの上に横たえ、激しく息を切らしている。


 少し激しくしすぎたようだ。


 「すまん。我を忘れてた」


 「…いいよ。あたしも、さっきのキスから、よく分かんない気持ちになってたし…」


 少し鼻声になりながらも、結愛は俺を許す。







 凛にわざと写真を撮らせた後、ホテルに入った後の予定は決まっていなかった。

 やつもホテルの中まではやってこなかったので、部屋の中で眠るだけでもよかったのかもしれない。


 でも、俺たちはそうしなかった。


 それが当然であるかのように、セックスをはじめる。


 「じゃあ…来て…」


 結愛はいつものように俺に体を委ねたが、逆に冷静になった。


 聞かなければならないことがある。


 「その、条件ってなんだ?」


 「え…?」


 「さっき言ってただろ。復讐に協力する代わりに条件があるって」


 「…聞きたい?」


 「ああ」


 「実はね…」




 結愛はそっと囁く。


 「この前、ママから電話が来たの」


 「いつだ?」


 「円二が、鮎川さんとデートしてた頃。あたしの元に戻ってきなさいって。あたしが、もう行きたくないって言ったら、あなたはママといないと絶対に不幸になるって、だから、その家を出なさいって」


 「…!」


 「怒らないで。ママは、そう言う人だから…それに、あたし言ってやったの」


 そっと上体を起こし、結愛は笑った。




 「あたし、一緒に幸せになりたい人ができたから。もうママとはさよならしますって。もう、ママからは卒業しますって」


 「…」


 「そう言ったらママ、電話切っちゃった」


 「結愛…」


 「後悔してないよ。やっと、ママの束縛から逃れられたのは、円二のおかげ。だからね…」



 

 




 「ずっと、あたしのそばにいて。それが…条件」




 答えは言うまでもない。


 俺たちは獣のように抱き合い、涙を流し、お互いを貪った。


 そのまま朝まで眠らず、お互いを愛し続けた。



 ***







 数日後。


 凛から電話があった。

 俺は3コールほど待ってから、それを受け取る。


 「うふふふふふふふふふふ…これで、あなたたちは本当に終わりよお!」


 あれだけ泣いたにも関わらず元気なものだ。


 写真の話を延々と話し、俺に対する恨みをぶちまける。


 「だまされてたんだ」


 「…え?」


 「おれ、おまえのあいにようやくきづいたよ。ゆあもおれをうらぎった。おれがばかだった」


 「え…あ…」


 随分と動揺している。

 俺の愛が欲しかったんじゃないのか。


 「おれ、おまえとのあいを、もういちどとりもどしたい」


 「円二くんっ…!本当なの!?」


 「ああ。ほんとうだよ」


 方針を、変えることにした。


 こいつは、俺がどれだけ憎しみをぶつけても、本気に受け取らない。

 俺が自分のことを本当に裏切ることは決してない、純情な人間のつもりらしい。

 



 だからー、







 騙すことにした。


 俺に対する幻想を完全に捨て去るまで、完膚なきまで、凛の常識を破壊し、資産を根こそぎ奪うまで。


 そして、破滅の準備が整うまで。



 



 「なつやすみがおわったら、がっこうにかえってこないか?」

      



 秋になったら忙しくなりそうだ。

 俺はそんなことを思いながら、猫撫で声を続けるのだった。



  ****



 本日で第2章が終了しました!

 明日から新章が始まります

 

  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


 

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