第42話 …ばか

 「もう、起きなさいよ円二」


 深い眠りからまどろみへの移行。

 いつも聞いてる義妹の声。


 怒ってはいない。


 戸惑いと、恥ずかしさと、嬉しさが混じり合ったような声だ。


 目を開けようと思ったが、まだ瞼が重い。


 「学校の屋上ならともかく、こんなところで膝枕なんて…恥ずかしいんだからね。デート中なのに、女の子1人待たせて寝るなんて」


 すりすりと膝を擦り合わせる音。 


 そうだ。

 そう言えばデート中だった。


 俺と結愛はとある施設で遊んでいる。

 朝から早起きして現地に向かい、思いっきりデートを楽しんだ。

 

 で、夕方になると急に眠気が来て、いつのまにかベンチで眠ってしまって…


 「でも、仕方ないよね」


 少し声色が優しくなる。


「昨日まで原田さんの事件に全力で対処してて、それでも今日のデートの時間はちゃんと作ってくれて、頑張ってくれた。傷ついても、嫌な目にあっても、全力であたしたちを守ってくれた。だから、少しぐらい、寝てもいいんだよ…」


 後頭部にくすぐったい感触を感じ、俺は自然と身震いした。

 どうやらさすられているらしい。


 「…ふふっ。でも、こうやって寝顔見ると、子供みたい。いつもはあたしを子供扱いしてるのに、そういう所、ずるいんだから。よし、よし…」


 そのまま数分の時間が流れた。


 吐息が、ふっ…と額にかかる。


 「人通りあるけど、いいよね…今日は、あたしが円二を独り占めする日なんだから…」


 ゆっくりと何かが近づいてくる気配。


 多分、これは起きない方がいいやつだ。

 あと数秒だけ寝たふりをした方がいい。

 ぼんやりとそう思ったのだがー、




 「…あ」


 脳に指令を送る前に瞼が開いてしまった。


 少しでも動けば触れてしまう距離に、軽く閉じたピンク色の唇。

 赤くなった頬。

 子供のように丸い瞳。

 周囲の目からキスする瞬間を隠そうと、俺の唇にそっと添えられた右手。


 結愛の本気のキス。

  

 「悪い、目が覚めた」


 「円二!?い、いつから…ちちち違うの!これはその…そうだ!顔にゴミがついてたから…」


 「『もう、起きなさいよ円二』のあたりから起きてた」


 「へ、下手な声真似禁止っ!」


 「綺麗なキス顔だった。もう少しだけ寝ていたかったな〜」


 「ばかばかばか!いつまでもあたしを子供扱いして!」


 「うおっ!?妹よ!俺の顔をポカポカと叩くのはやめるんだ!」


 「この〜〜〜!」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、義妹は俺の顔を叩き続ける。

 叩き続けるだけ叩き続けてー、 



 「ぜぇ…ぜぇ…」


 すぐに体力が尽きて、叩くのをやめた。


 「ごめん。わざと起きたんじゃない。本当だ」


 「…分かってる。円二も驚いた顔、してたし…もう行こ」


 「ああ」


 ゆっくり頭を起こし、俺は結愛の顔をまじまじと見る。先ほど義妹が言った通り、子ども連れを中心にある程度人通りがあった。


 


 それでも、結愛とキスした。

  

 背中をそっと抱き、義妹が反応する前に軽くキスする。

 柔らかい唇。

 目を見開くが、彼女は動かない。




 「…ばか」

 

 そのまま、しばらく結愛とキスを続けた。

 


 ****


 

 「ふんふんふ〜ん…」


 「ケティちゃん、好きだったんだな」


 「悪い?」


 「いや、意外な一面が見れて嬉しい」


 「子供の頃好きだったけど、なかなか行く機会がなかったの。ほら、あたしって、そういう家庭だから」


 デートからの帰途。


 俺は、鼻歌を口ずさみながらスキップしている結愛が、施設で購入した人形やグッズを眺めている。


 白と黒のシンプルな表情に赤のリボン、女の子を中心に世界的人気を誇るケティちゃんだ。


 施設とはすなわち、ケティちゃんに関するアトラクションやケティちゃんと直接触れ合えるブースを多数用意した施設、センリオランドとなる。


 ーふぅ。流石にこういうところに行くのは初めてだなぁ。とりあえず地図をー


 ーケティちゃんだ〜!わーい!


 ーちょっ!?お兄ちゃんを置いていくな!


 ー本当にセンリオランドだ〜〜〜!


 今でこそクールさを取り戻しているが、初めはそれこそ子供のようにはしゃいでいて大変だった。


 本人が言ったように、子供の頃を思い出していたのだろう。


 「…ねぇ」


 歩いていた結愛が、足を止めた。

 こちらにくるりと振り返り、じっと見つめる。


 「本当に、するんだね」


 「…」


 「覚えてる?あたしが、復讐なんてしなくていいと言った時のこと」


 「覚えてる」


 「あの時、凛さんは何か勘違いしてるだけかもしれないと思ってた。だから、円二も止めた。でも、勘違いでも、すれ違いでもないんだね」


 原田さんから聞いた話は、そのまま結愛にも伝えた。

 表情がみるみる暗くなり、失望を浮かべていったのをはっきりと覚えている。


 それ以降、結愛は凛を擁護しなくなった。


 

 

 そして、俺は結愛にある提案をした。結愛はそれを受け入れ、今に至る。




 「するんだね、復讐を。凛さんに、容赦なく。謝っても絶対に許さない」


 それでも、結愛は確認した。

 俺にその覚悟はあるのかと。


 「ああ。絶対に、最後までやり遂げる」


 俺は短く答え、結愛に意思を示した。

 



 「…わかった」


 1分ほどの沈黙の後、義妹は微笑む。


 「円二の言うことならなんでも聞くよ。だから、あたしも、凛さんに対する復讐に使って。その代わり、条件があるの」


 「条件…?」


 「それは…」


 話そうとした結愛は口籠る。




 「いや…後で話すね」


 そして、また歩き出した。


  

 ****


 

 【side:凛】


 夜。


 「なんで、ここに…!!!」


 傷の痛みでうめいていた凛は、ちらりと覗いたホテルの窓から、見間違えるはずもない2人を発見する。


 目的地は分からないが、このホテル街を目的としているに違いない。


 「いえ、これはチャンスよ!円二くんの愛を、ヒロインを取り戻すためなら、あたしはどんなことだって…!」


 かつての幼馴染はスマホを片手に、部屋を飛び出していった。



  ****


 本日ラブコメ週間84位となっていました!本当にありがとうございますm(__)m


  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


 「こんな展開にしてほしい」「あんな光景が見たい」などご要望があればお気軽にコメください~ 


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