第41話 姿を表す
「おお…円二くんの背中…大っきいねぇ。男の子みたい♪」
「はじめから男ですけど」
「あははは。冗談だよ。ほら、じっとしてて…」
気持ちを整理できないまま、原田さんに背中を洗われることになった。
原田さんは椅子に座り込んだ俺の背中側に回り込み、軽く膝をついている。
そしてー、
ゴシ…ゴシ…ゴシ…
ボディソープを染み込ませたタオルで、ゆっくりと俺の背中を洗いはじめた。時折、原田さんの柔らかい指が背筋に触れ、ぞくり、と背筋を震わせる。
「よいしょ…よいしょ」
原田さんは湯気で顔を赤くしながら、真剣な表情で背中を洗い続けた。
…なんでそんなことがわかるのかって?
丁度鏡が視線の先にあるからだYO!
少し曇ってるけど、一生懸命体を洗ってくれる原田さんがばっちり見える。
さっぱりとした短髪も。
丸い顔によく似合うキリッとした目線も。
一歩間違えれば、はだけてしまうんじゃないかなとヒヤヒヤするタオルに隠された胸も。
引き締まってるけど、女の子らしい柔らかさを持つ二の腕も。
それだけでもかなりドギマギするのだが、原田さんに密着されると、女の子特有の香りが浴室全体に広がり、頭がくらくらとした。
正直、旧友でいられる時間は短い。
「うん。やっぱり、男の子の体だ」
そんなことを思ってるうちに、原田さんが俺の背中をまじまじと眺めながら、くすくすと笑う。
愛おしそうに右手で背中に触り、ゴツゴツとした感触を楽しんだ。
「昔は、ぼくと同じぐらいの背格好で、同じぐらいの力で、同じぐらいの子供だったのに…時間の流れって、すごいんだね」
「別に、大したことないさ。これぐらいの体格なら、いくらでもいる」
「そんなことない…今日だって、ぼくを守ってくれたじゃないか。ナイフを持った相手に、立ち向かって
「あれは、とある師匠がいてだな。そいつがー、あ…」
ほっそりとした腕が、俺の体に巻きつく。
背中に押しつけられる柔らかい感触。
タオルの向こうにある、原田さんの胸。
後ろから抱きついてきたのだ。広大とは言えないスペースの中で身動きが取れない。
色々とやばい体勢ー、
「ごめんね…円二くんっ」
涙が混じっている声。
透き通った瞳から流れ落ちる、清らかな涙。
「ぼく、君を…信じきれなかった…!」
原田さんは、泣いていた。
****
そのまま、かつての旧友はかすれ声で俺に懺悔した。
凛のせいで体と心に傷を負ってから、俺を恨み続けたこと。
この学校にやってきてからも、俺を疑い続けたこと。
鮎川さんとのデートを見守り、その考えに疑いを抱いたこと。
被害者を装って接触してきた凛の様子を見て、本当の犯人ではないかと疑ったこと。
そしてー、
今更俺の力を借りるわけにはいかないと、1人で凛と立ち向かったこと。
「結局、凛さんに騙されて、捕まって…円二くんが来てくれなかったら、またひどいことをされてたかもしれない。自分が、情けないよ…」
「…」
「頭の中ではね、凛さんに復讐できるかもしれないと思ってたんだ。でも、ダメだった。小学生の時、クラスメイトに全身を滅茶苦茶にされた時と同じなんだ。ぼくは弱くて、愚かで、騙されやすくて、円二くんの友達になる資格なんか…!」
「そんなことない」
俺は自分も泣き出したくなる気持ちを抑え、原田さんに優しく声をかけた。
「…え?」
「原田さんは、賢いし、勇気がある、俺の大事な友達だ。今は…すごく可愛いし」
「賢くて勇気があるなんて…ぼくはそんな人間じゃー」
「もし本当に弱い人間だったら、立ち直らずにずっとそのままだ。でも、原田さんは違う」
「ちが、う…?」
「そう、違う」
俺は自信を持って断言した。
原田さんは、弱い人間じゃない。
「心の傷を抱えたままだけど、頑張って学校に通えるようになった。勇気を持って悪い人間かもしれない俺に会いにきて、過去に何があったか探ろうとした。凛を捕まえて、真実を聞き出そうとした。そんなことが、弱い人間にできるはずがないじゃないか」
「円二、くんっ…」
「だから…さ」
「え?」
俺は背中に巻きついた腕をゆっくりと外し、原田さんに向き直った。
「きゃっ…」
慎重にやったつもりだったが、原田さんはバランスを崩し、尻餅をつきそうになる。
素早く原田さんの背中を両腕で支えた後、涙でくしゃくしゃになった旧友の瞳をそっと拭った。
「あ…泣いてるところ見ないで…恥ずかしい」
力が入らないのか、まるで赤ん坊のように俺に抱かれている形になる。
「別に恥ずかしくない。俺たち、親友だろ?」
「ぼくを、まだ親友と呼んでくれるの…?」
「ああ。ずっと前からそうだろ」
真実でもあり、嘘でもある。
子供の頃にそれ以上の感情を抱いたこともあった。
でも、もう言えない。
その気持ちを伝えるのは、もはや結愛に対する裏切りになる。
それでもー、
俺の大切な人に間違いはない。
何かをしてあげたい。
旧友に、もう一度立ち直るチャンスを。
「原田さんが良ければ…復讐しよう」
「復、讐…?」
「ああ。俺たちは凛に人生をめちゃくちゃにされた。俺は少しだけやり返したけど、原田さんはやられっぱなしだ。このままじゃ、終われないだろ」
「…」
「嫌なら、それでいい。俺は、1人でも復讐に行く」
「ぼくは…」
原田さんの、俺の腕の中でしばらく悩んだ。
しかし、消えていた瞳の光が、少しずつ輝き始める。
怒りの灯火。
「復讐、したいっ…!ぼくの心も、体も、人生も、みんな、凛さんたちにめちゃくちゃにされた!!あいつらに復讐して…!ぼくの人生と、円二くんとの思い出を、取り戻したい!!!」
「分かった。俺も全力で手伝う。一緒に、あいつに復讐しよう」
「ああ!今度は、2人で、一緒に…!」
俺と原田さんは固く握手を交わし、復讐を誓った。
どういう結末を辿るかは分からない。
それでも、今だけは…
「ひゃっ…」
突如原田さんが女の子、失礼、ちょっと色っぽい声を上げる。
どうしたのだろうか?
「そ、その…ごめんね。ぼく、ちょっと頭がぐちゃぐちゃになってて、考えもなしに呼んじゃった。こ、こうなるよね、あはははは…」
何だか嫌な予感がする。
「うん…その、ぼくの背中に、当たってて…ひゃん!」
「…あ」
俺は腰を下ろして原田さんの背中を抱き、両膝に載せている。
そこにあるのは…
「ぎゃあああああ!こ、これは誤解なんだ!生理現象というやつで…」
「ぼ、ぼくも少しは女の子として見られてるのな。ちょっと、嬉しいかも…でも、あんまり押しつけられると、さすがにドキドキしちゃう…」
「違うんだ〜〜〜〜〜!」
あせあせしていると、浴室の扉の向こうに人影が見えた。
結愛だ。
「がるるるる…友人の裸に欲情する、変態」
「うぐおおおおおおおおお…!」
こうして夜は更けていった。
こんなノリでも、俺は復讐の手順を考えている。
最初にやることは決まっていた。
結愛と一緒に、凛の前に姿を表す。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
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