第38話 あなたは、私の…!

 「劇場、ほとんど真っ暗かよ…電気付けると警備員が来そうだけどさ」


 学校には約束の20:00時より少し早い、19:50に到着した。

 深い理由はない。


 原田さんを夜の学校で待たせるのはかわいそうだと思ったからだ。正直ここに留まるのも気が引けるし、数分話したら一旦場所を変えて、ゆっくり話せばいい。


 お互い過去ばかりに囚われる訳にはいかないのだから。


 軽い気持ちで劇場へと入る。







 「離しなさいよおおおおおおお!」


 だから、劇場で原田さんが凛を捕まえていたのを見たとき、心臓が止まった。


 (なんであいつが…!原田さんを狙って…?いや、そもそも何故ここ俺たちが来ることを…)


 心の準備が全く出来ておらず、劇場の入り口で様子をうかがってしまう。


 「ぼくと一緒に、罪を償うんだ」


 「私が償うような罪なんて…あるわけないでしょ!!」


 観客のいない暗闇の劇場。


 凛は憎悪をまき散らし、原田さんは腕を抑え続けて話をじっと聞いている。


 凜はやつれているが目は爛々としていた。

 原田さんは唇を噛み、怒りと悲しみの入り混じった表情を浮かべている。


 どちらも、俺が初めて見る表情。


 (って何してんだ俺…!早く原田さんの代わりにあいつの腕を捻ってやらないと!過去のことなんて、あいつをぼこぼこにして聞き出せばいい!)


 そう思って飛び出そうとしたがー、




 「円二くんはねえ!ずうううっと私に騙されてくれたの!!あいつの学園生活のほとんどは私がプロデュースしてやった!金と『ともだち』を使ってねえ!」


 再び足が止まってしまった。




 凛が嘲笑いながら話し出す過去。


 名前も知らないまま別れた幼少期の俺に執着したこと。

 ようやく出会ったとき、原田さんに俺を奪われたと逆恨みしたこと。

 俺に重傷を負わせ、原田さんを口にもするのも憚られる方法で追放したこと。


 そしてー、




 俺自身の人生を奪ってきたこと。


 俺の人生の半分は造られた偽物だった。


 原田さんがいなくなった悲しみを凛に慰められて、嬉しいと感じた気持ちも。

 凛を優しい女の子と信じ、徐々に抱いていった好意も。

 結愛を献身的にサポートしてくれた時感じた信頼感も。


 凛だけじゃない。


 小学生から中学生の間、俺が人生で体験して、かけがえのない思い出だと信じていた記憶もだ。

 

 うれしいことも。

 悲しいことも。

 腹が立つことも。

 楽しいことも。


 全て、あいつが仕組んだ台本の上で踊っていただけに過ぎなかった。


 何もかも、幻。







 「いや、やめて…!誰か…助けて…」


 呆然としていた俺の精神を覚醒させたのは、原田さんの悲鳴。


 かけがえのない友達。

 

 俺に悲惨な過去が起きたことをずっと隠し続けてきた。

 辛さを誰にもわかってもらえず、俺を恨んだ時期もあって、それでも最後には俺と友達になってくれた人。

 今日も1人で凛を止めようとしている。


 そしてー、




 また、どこかに連れていかれようとしていた。


 凜とその取り巻きたちによって。




 その瞬間。




 俺の中で何かが弾けてー、







 「ぎゃあああああああああああっ!」


 気が付けば凜を思い切り殴っていた。



 ****



 「お前の…お前のせいで!!!」


 「円二く…ごばあっ!!!」



 劇場の床に倒れた凛に馬乗りになり、信じられない力で再び殴りつける。


 もう何も分からない。

 何も制御できない。何も感じたくない。何も聞きたくない。


 「もう、やめ…」


 「おらああああっ!!!」


 両腕の拳がぼろぼろになっているのに気づいたが、痛みは感じなかった。

 

 正直凛の顔面にどれだけめり込んでいるのかもわからない。







 でも、どうでもいい。

 こいつはここにいちゃダメな人間なんだ。

 こいつをのさばらせたのは、俺の責任でもある。

 

 だから。







 今、ここで…!


 

 ****







 「…くくくくく」


 手が止まった。


 見るも無残になった女性の顔。

 かつての幼馴染。


 静谷凛。


 笑っている。




 こいつは、異常だ。


 「どう、したの?早く、とどめを刺しなさいよ…」


 「…」


 「…ヤンデレになったあなたに殺されるのも悪く、ないわね…あはははははっ」

 

 俺は本能的に気づいた。


 このまま殴り続けても、おそらくこいつは反省しないし、心が傷つくこともない。

 死ぬまで笑い続けるだけだ。


 「…ねぇ。知ってる?私にとってあなたが、どういう、存在か…一度、言ってみたかったのよね」

 

 「何を、言ってるんだ…?」


 殴りつけてやろうかと思ったが、何故か手が動かない。


 (違う…理由は、はっきりしている)

 

 俺も内心気になっていたことだからだ。

 なぜ俺に執着し、破滅してまでもしつこく付き纏うのか。


 こいつにとって、俺はなんなのか。


 「あなたは、私が絶対に、手に入れないといけない存在なの…なぜならね」


 凛は血だらけの唇を歪める。


 





 「あなたは…私の……」


 そして、蚊の鳴くような声で囁いた。













 「…ヒロインだから」



 ****



 「…は?」


 「くくくくくくっ…!あーあ、言っちゃった。怒らないでよね。だってそうなんだから仕方ないじゃない」


 何を言われているのか分からなかった。思わぬ返答に体固まってしまう。


 (俺が、凛のヒロイン…?何を言ってるんだ…)


 その間にも凛は喋り続けた。


 「覚えてる?病院で、あなたが友達になりましょうって囁いた時。あなたは私を励ます主人公のつもりだったんでしょうけど、私の感じ方は違ったわ…」


 「感じ、方…」


 「ええ、違ったの」


 俺の思い出をまた1つ粉々にし、かつての幼馴染は嘲笑った。




 「なぁんて哀れで愚かで可愛いヒロインなんでしょって思ったのよ!!!」


 「…お前、何をー」


 「私の前ではカッコいい人間を演じて頑張って励ましているけど、体はガタガタと震えていて怯えている!夜もベッドで毎日泣いている!!そんな姿を私に見せたくなくて、私の前では精一杯笑顔を浮かべている!」


 全てを見透かされていたことにショックを覚えた。


 たしかに当時の俺は、自分の体の弱さに悲観して、弱気になっていた。


 それを女の子に見られたくなくて、虚勢を張っていた。


 「私、その時興奮しちゃったの!なぁんて女の子ように脆くて、弱くて、温かみのある男の子なんでしょうってね。私には、絶対にない感性だったわ…円二くんも一応男の子なら、私の気持ち分かるでしょ?男の子は、弱くて可愛そうな女の子が大大だぁい好きなんだもの!」


 気味の悪いことに、凛の声は若返り始めていた。俺の幼馴染だった時のような、明るく艶のある声に。


 「だから、その瞬間から私は決めたの…」


 急に凛が俺の頬に手を添える。

 それすら払いのけられないほど、俺は混乱していた。


 「私が主人公になって、この子をヒロインにするって。


 ヒロインは、主人公に救われるためだけに存在するキャラクター。


 主人公だけに惹かれ、

 主人公の色に染まり、

 主人公のことを信じ、

 主人公だけを愛しつづける。


 円二くんをそんな可愛い男のヒロインに仕立て上げて、いつまでも花のように愛でてあげたいってね…!

だから、今まであなたの人生を創ってきたのよ?異物をちゃーんと排除してね…」


 「…それが、お前の、目的?」


 「ええ!だから今でも私は怒ってないし、あなたを信じてるわ。あなたはずうっと私のヒロインだった。だから、最後は私の元に帰ってくる。いえ、帰ってこなくてもいいし、ここで私を殺してもいいのよ?最後には、それを死ぬまで後悔し続けるはずだから。あなたが悲恋として物語に幕を下ろしたいなら、主人公として付き合ってあげる」


 「…」


 「うふふふふ…あははははは!」







 …そうか。

 そうだったんだな。


 こいつは自分が主人公だと固く信じると同時に、俺を脆く、弱く、騙されやすく、情を捨てきれない人間だと思っている。


 だから、今の俺に何をされても、それこそ殺されても何一つ痛みを感じない。

 

 『どうせ自分を殺した罪悪感に打ちのめされ、涙を流して後悔し、悲惨な一生を送るに違いない』と信じ、笑顔すら浮かべるだろう。


 





 こいつの妄想はそれだけ強固なんだ。


 だからー、







 特別な罰がいる。



 ****



 「この美しい顔に傷をつけるとは!貴様ああああっ!」


 突如背後で大声が聞こえた。


 さっき殴り倒したメガネをかけた男。

 よく見ると見覚えがある。


 この学園で一緒だったクラスメイト、広川だ。


 よく見ると手にナイフを握っている。

 流石に丸腰ではなかったようだ。


 「うげぇぇぇぇえっ!」


 とりあえず凛をぶん殴って劇場の隅に追いやり、立ち上がる。


 こいつへの罰はこの場では実行できない。


 「こ、殺してやる!」







 まずはこの雑魚を片付けよう。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


 「こんな展開にしてほしい」「あんな光景が見たい」などご要望があればお気軽にコメください~ 

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