第37話 全力でぶちのめす

 【side:原田】


 「凛さんは、ぼくが邪魔だったんだね…だから、クラスのみんなを使って…」


 「そうよ!全ては円二くんを手に入れるため!私と円二くんの間に入り込んだなたが悪いのよ!少しくらい辱められたからって、仕方ないわよねぇ!」 


 闇夜に包まれた劇場。


 ぼくは凛さんの話を最後まで聞き終えた。


 もはや怒りさえ湧いてこない。

 ただただ、悲しいだけだ。


 (だから、誰も助けてくれなかったのか…)


 全てが変わってしまったあの日の夜のことは、よく覚えていない。


 気が付けば朝になっていて、公園の木の下でただ1人うずくまっていた。ただただ寒くて、怖くて、涙が止まらなかったことだけを覚えている。


 家に帰った後は自室に閉じこもり、数年後に気力を取り戻すまで出てこれなかった。


 自宅に引きこもったぼくを見ても、母さんとお父さんは何も言わない。見て見ぬふりをして、抜け殻のようなぼくを連れて別の町に引っ越していった。

 

 当時は、みんなの言う通り、ぼくが悪いことをしたからだと思った。


 でも、違った。

 すべてもみ消されていたんだ。


 「あはははははははは…!円二くんは、私のもの!!誰にも渡さない!!!」


 凛さんは涙を流しながら笑っている。ぼくが押さえつけていなかったら、劇場で踊り出していたかもしれない。


 (ごめんね、円二くん…君を信じきれなくて。ぼくは、君がクラスのみんなを騙したんじゃないかと疑って、ずっと憎んでいた。でも、それは間違いだったんだ…)


 心の中で謝罪しながら、ぼくは凛さんの拘束をさらに強める。

 怒りと悲しみを込めて。


 もう、これ以上この人が好き勝手しちゃいけないんだ。


 「いったあああああ!何するのよこの無能!」


 「…もうすぐ円二くんがここに来る。そうすれば、全て終わるんだ!」


 「くっ…!いつもいつもいつもいつも…あなたや結愛とかいうアバズレばっかり!」


 追い詰められたことを悟った凛さんは、顔を真っ赤にし、あらん限りの声で叫んだ。




 

 「どうして…私ばっかり嫌われるのよ!!!」


 「…は?」


 「あなたを追放してからも、円二くんの傍にずうっと常に寄り添ってきた。お金と『ともだち』を使って、円二くんが欲しがる体験をなんでもさせてやったわ。中学の時なんて毎日家で打ち合わせしてたのよ?『ともだち』以外の人間も大勢お金で釣ってね…」


 涙を流し、凜さんは自己弁護を続ける。


 「パパとママが亡くなって、ごみのような親戚どもの家に引き取られたときも続けたわ。『毎日自分の部屋に大勢の人間を連れ込んで何してるんだ』って言われたけど知ったこっちゃないわよ!!!」


 もはや、ぼくに語りかけていないのだと分かった。自分の過去の虚像と対話し、嘆いている。


 「でもね…高校生になってからはやめようと思ったのよ。いつまでもお金ばっかり使ってちゃ、さすがに真実の愛とは呼べないものね。だからやめた。円二くんはお金を使わなくても、これまでのように私のものであってくれるはずと信じていたから…それなのに!!!あいつのせいで全部が…!」


 両腕で凜さんを抑えてなかったら、口をふさいで黙らせていた所だ。今は我慢するしかない。


 そろそろ円二くんも来る頃ー、







 「相変わらずあなたは狂人ですね…ま、そのおかげでいい思いした面もありますが」


 背後から声がする。

 

 ぼくでも、凜さんでもない。




 「…遅かったじゃない、広川」


 いつの間にか凜さんは叫ぶのをやめている。


 「茶番劇もたまにはいいものです。見物させてもらいました」


 背後からぐいっと誰かに腕をつかまれた。全力で凜さんをつかんでいたはずなのに、あっさりと外され、今度はぼくが腕をひねられて拘束される。


 「いやっ…!離して!」


 「久しぶりですねぇ、原田さん。小学生以来だ」


 「え…?」


 背筋が凍っていく。


 聞き覚えのある声だ。

 あの夜、ぼくを囲んだ『ともだち』の中にいた一人。


 メガネ以外は随分姿が変わっているけど、声色は忘れようがない。


 広川くんだ。


 


 「あなたを利用する必要性は薄かったのですが、個人的に会ってみたかった。元はと言えばこのゲス女の仕組んだことでしたが、こちらも随分性癖を歪まされましたよ…くくくくく」


 体がすくんで動かない。


 広川くんは何かを思い出していて、恍惚とした表情を浮かべている。

 その日のことを覚えていないぼくに、広川くんが思い出している映像は見えてこない。


 なのに、とても吐き気がした。

 

 いやだ。

 怖い。

 気持ち悪い。


 きっと、ひどいことをしてるんだ…


 「そのせいか、高校の時に色々やらかして退学になってしまいましたが、これも運命ですかねぇ。今なら、あの時のじゃなくて、もっとー」


 「何やってるの広川!さっさとここを離れるわよ!!」


 凛さんはすっかり調子を取り戻し、広川くんに命令する。

 ぼくを見てしてやったりの笑顔。

 はめられたのは、ぼくの方だった。


 「やれやれ、もう少し楽しんでもいいじゃないですか」


 「ゲスが!このちんちくりんがそんなにいいの?」


 「あなたよりはよっぽど」


 「ちっ!まあいいわ。とにかくこいつを連れ出して人質にするわよ。それがあんたの作戦なんだから」


 「原田さんは好きにしてもいいんですよね?」


 「ええ。過去を洗いざらい話したら泣き出すかと思ったけど、忘れてるみたいね。どうせならもっとトラウマを作ってやりなさい」


 「乱暴なことはしませんよ。もっと優しく…ね?」


 だめだ。


 これ以上この人たちの声を聞きたくない。


 やっぱりみんなと協力するべきだったんだ。

 円二くんに迷惑かけたくないなんて思ったぼくが馬鹿だった。


 お願い…!


 





 円二くん、助けて…!


 

 ****










 「ごはああああっっっ!!!」


 メガネの野郎はどこかで見た気がしたが、どうでもよかった。

 思い切り顔面を殴りつけてメガネごと破壊する。


 多分拳から血が出てるはずだが、痛みを感じない。


 メガネが手を放した隙に原田さんを抱き抱える。


 「円二…くん?」


 「大丈夫か?」


 「うん…」


 原田さんは涙を流していたが、俺を見ると笑みを浮かべた。


 「信じてた…よ」

 

 そして意識を失う。劇場の床にそっと下ろし、もう1人の人物に向き直った。


 俺には、まだやるべきことがある。




 「へえっ!?ど、どうして…まだ時間は…!」


 凛は逃げようとして腰を抜かし、両手をかざして懇願する。


 「待って!違うのこれにはわけが…!!」


 全力で走り、無言で血のついた拳をふりかざした。


 こいつにはもう騙されない。


 絶対に外さない。

 躊躇しない。

 手を抜かない。


 こいつだけは。







 「ぎゃあああああああああああっ…!!!」


 全力でぶちのめす。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


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