第36話 いいことしましょう!

 【side:凛】


 「あなたがそんなことする人だなんて思わなかったわ!」

 

 「ど、どういうこと…?凛さんがなにを言ってるかわかんないよぉ…!」


 私がわざとらしく大声を出すと、発情猫が泣いて狼狽えるのが電話口でもわかった。

 とても気分が良い。

 

 でも本番はここから。


 円二くんが意識を取り戻すまでに、発情猫を学校から追い払ってしまわないといけない。

 万が一、円二くんが意識を取り戻して発情猫の無実を証言し始めたら厄介だ。


 …全く、全ての仕事を私に押し付けて自分は寝てるだけなんて。

 円二くんはとんだ怠け者ね。


 その分、発情猫を追い払ったら、私の言うことをうんと聞いてもらうんだ。


 円二くんが好きな食べ物。

 円二くんが好きな髪型。

 円二くんが好きなゲーム。

 円二くんが好きなスポーツ。

 円二くんが好きな教科。

 円二くんが好きな携帯の機種。

 円二くんが好きな遊園地

 円二くんが好きな漢字。

 円二くんが好きなアニメ。

 円二くんが好きなテレビ番組。

 円二くんが好きな文房具。

 円二くんが好きな本。


 そしてー、




 円二くんが好きな女の子。


 これからはみんな私が決める。

 円二くんの意思に関係なく、この私が。


 その代わり、私は内向的な円二くんが手に入れられない幸せを全て提供してあげればいい。

 

 みんなと遊ぶ楽しさも。

 クラスの中心になって好き勝手する楽しさも。

 私という恋人と過ごす楽しさも。

 

 『ともだち』とお金を使えば、いくらでもあげられるのだから。




 …おっと、少し脇道にそれたかも。今は目の前のことに集中しなきゃ。


 「とぼけないで。他のみんなも見たって言ってる」


 「そんなことするわけないじゃないか!円二くんはぼくの…」


 「早く正直にいわないとおまわりさんに捕まるんだからね!あなたは一生パパとママに会えない!円二くんもあなたを訴えて、あなたを刑務所に連れていくわ!」


 突き落としたぐらいじゃそこまでは行かないだろうけど、とにかく脅しておかなきゃね。


 どうせ小学1年生にくわしいことが分かるはずがない。

 私はママにある程度教わってるけど。


 「そんなこと、あるわけないよ…信じてよぉ…」


 「それに、意識を失う直前の円二くんが言ってたらしいわ。短髪の男の子に…後ろから思い切り突き落とされたってね」


 「うううぅ…」


 発情猫はひとしきり泣いていたけど、やがて涙声になりながら口を震わせた。


 「じゃあ…ぼくがたしかめてみる。円二くんの病院に…行く!」


 「あ!ちょっと!ちっ!」


 勝手に電話を切られてしまう。


 病院に行かれては面倒だ。

 でも予想してなかったわけじゃない。


 お金をばら撒いてきたのはこの時のためでもあるのだから。


 「まったく、最後まで楽しませてくれるわね!」


 私はスマートフォンを取り出して、1つのLINEグループにメッセージを送った。


 ー今日の『ともだち』ゲームは病院で。


 そっけない文章だけど、意味は伝わったはずだ。この日に備えてリハーサルを重ねてきたのだから。


 そして、玄関に置いてあった大きなリュックを背負い、勢いよく家を飛び出して病院へと向かった。


 走りながら、とある連絡先に電話をかける。


 「あ、ママ?」


 「凛?今日は遅いってー」


 「ううん、今日は帰りが遅いの知ってるよ!そうじゃなくて…お願いがあるの!」


 「なんだ、そうだったのね。なんでも言ってちょうだい。凛のためなら人一人消すこともできるわ」


 電話口の向こうで、ママはいつもの通りの優しい声で私を迎えてくれた。

   

 ママは私になんでもしてくれる。

 もしかしたら、発情猫を消すことをお願いすればよかったかもしれない。 

 

 でも、それだと面白くない。


 ママの力を借りても、最後は私が自分の力でやり遂げるんだ。


 「えへへへ!流石ママ!」


 だから、私は息を弾ませながらおねだりする。




 「この街から追い払ってほしい家族がいるの!」


 それが愛ってものでしょ?



 ****

 


 「はぁっ…はあっ…!円二くん!無事でいて!」


 あの日、ぼくは一人で病院に向かった。


 円二くんが心配だったから。

 円二くんを助けたかったから。


 自分でも信じられない力を出して自転車をこぎ、病院の駐輪場に停める。

 そのまま病院の入り口に向かおうとした時ー、




 「え…?」


 狭い駐輪馬の出入り口を塞ぐように、クラスメイト全員がぼくを取り囲んでいた。


 阿部くんも。

 池田さんも。

 村松くんも。

 相模原さんも。

 吉川くんも。


 男の子はみんなぼくを睨みつけている。


 「みんなどうして…いやあっ!」


 不意に腕を掴まれた。

 口も塞がれる。 

 強引に病院から離され、ぼくは連行されていった。



 病院の隣にある、夜は完全に人気のない森林公園に。

 


 ****


 

 「みんなも知ってる通り、円二くんに大怪我を負わせたのは原田さんなの!それを隠して、嘘ついて、何事もなかったかのようにお見舞いに行こうとしている!だから罰を与えなきゃ!」


 「ほんとかよ…」


 「やべぇ…」


 「こわい…」


 『ともだち』が勢揃いした夜の森林公園。

 こうして見ると壮観ね。


 男子も女子あわせて約40人。


 内気な子からクラスのリーダー的存在まで、男女問わず全員いた。

 ただし、流石に今日は怖気ついているのか、表情が硬いメンバーが多い。


 でも、問題ない。


 「みんな心配しないで!ここで何をやってもバレる心配はないわ!ママが全部揉み消してくれる!それに…ほら!」


 私はリュックを思い切り開けて中身をぶちまけた。


 中身は全部100万円札。


 クラス全員で分け合ってもゲーム機が30台は買える。

 

 「すげぇ!!!」


 「流石凛さんね!」


 「原田なんてぶっ倒そうぜ!」


 みんなお金が好きだし、今日は正義のためという大義名分もある。

 だから、半数以上は元気にやってくれるだろう。


 残り半数は日和見でも問題ない。

 

 「んーっ!んーっ…」


 私は最後に、数人の男子に抑えられた発情猫を眺めた。

 何かを察しているのかもしれない。


 恐怖に怯えている。




 最後に、耳元で囁いてやった。


 「円二くん、やっぱり原田さんがやったって言ってたよ…私に、原田さんを罰してってさ」


 発情猫が絶望の表情を浮かべるのを見て、私はハッピーエンドが訪れたのを知った。

  

 そしてー、




 「さあ、みんな!」


 私は、リュックにわずかに残った最後のお金をぶちまけー、



 

 「お金もらって、いいことしましょう!」




 クラスのみんなで発情猫に罰を与えた。






 







 発情猫はその日から家に引き篭もり、学校に来なくなった。

 ママが手を引いたのか、1週間には引っ越すことになり、存在は学校から消えた。


 そしてー、



 「…だれ?」


 「私、凛っていいます。あそこでお話でもしませんか?あなたとお話がしたい《おともだち》もいますし…」


 覚えてくれなかったのは悲しいけど、今となってはささいなこと。


 私は中学3年生まで、円二くんを独占した。


 私色に染まり、私が与えた幸福を享受し、私が用意した人間関係の中で少年時代を送った。

 



 とても幸福な日々だった。



 ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします! 

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