第35話 ハッピーエンドを迎えてから

 【side:凛】


 円二くんを突き落とす決意を固めたのは、彼を泥棒猫から取り戻す作戦を始めてから約2週間後。


 『ともだち』もずいぶん増えてきたし、教師も丸め込んだし、なにより私にはママという力強い味方がいる。


 多少のことなら揉み消せるなら遠慮する必要はない。


 それに、これ以上あの泥棒猫が円二くんの周りをチョロチョロするのに耐えられそうにない。


 なぜならー、







 ー円二くん。良かったら、日曜日にぼくとゲーセン行かない?


 ーいいよ。俺も予定なかったし。


 ーありがとう!また連絡するね!




 泥棒猫はあろうことに発情しはじめていたからだ。


 私から初デートまで奪おうだなんて、小学生のくせに何様のつもりなんだろう。


 まだ幼くて純粋な円二くんは気づかないかもしれないけど、こいつがいかに悪魔なのか、私にははっきりと分かる。


 円二くんのキスをこいつに奪われる前に、ケリをつけなくては。


 そんな正義感が私の情熱を突き動かした。


  





 …今思えば悪いことをしたけど、私のことは悪く言わないで欲しい。


 私もみんなを『ともだち』にするのにずいぶんと苦労した。興味もない人間に笑顔を浮かべて、馬鹿みたいな理由で金をねだるクラスメイトに金をやった。


 私の苦労を知らなくていいから、今後はもっと優しくして欲しいものね。


 





 …それに、あなたも私を裏切ったでしょ?


 それで私は心に大きな痛みを負った。


 だから、円二くんにもそれ相応の痛みを感じてもらわないと、釣り合いが取れないじゃない。



 ****



 「そろそろね…」


 私は放課後にこっそり校門を出て、スマートフォンで時間を確認する。


 15時28分。


 円二くんと泥棒猫のスケジュールは把握している。決まってこの時間になると校門を出て、帰宅を始めるのだ。


 来た。


 仲良く連れ立って歩く円ニくんと短髪の女。慎重に追いかける。


 この辺りは工場地帯なので通行人はまばら。バレないよう、物陰に隠れながらゆっくりと進んだ。

 

 「円二くん!ゲームセンターの場所わかる?」


 「わ、分かるぞそれぐらい」


 「ほんとかなー、ふふふ」


 「心配するな。明日10時な」


 2人は何も知らずに、相変わらず胃がムカムカとする会話を繰り広げている。もう少しすれば、手を繋いでしまうかもしれない。


 発情猫を背後から殴り倒してしまいたい衝動をくっと抑え、息を殺して尾行を続けた。


 


 「じゃあ、また!」


 「ああ」


 数分後。


 地獄のような時間が終わり、ようやく2人は別れる。


 発情猫は東に向かい、角を曲がって消えた。

 円二くんは西に向かいー、




 信号が複雑な交差点を越えるため、歩道橋に登りはじめた。

 

 スキップして、鼻歌を歌っている。




 かわいそうに。

 騙されていることにまだ気づかないのね。


 ここは町中に設置された監視カメラ網の死角になっているので、証拠が残る恐れはない。

 手袋をはめたら指紋も残らないし、完全犯罪の舞台にぴったりだ。


 ー意外と、そーいう古典的な死角をついてくる奴ってまだ多いのよね。私も、ちょうど監視カメラの死角に置いたカバン引ったくられちゃった。


 全てママが教えてくれた。


 幸いなことに、私と円二くん以外に歩道橋を使う人もいない。

 通行人も、今から私がやろうとしていることを目撃するには、遠すぎる距離にしかいなかった。


 


 そう、私と円二くんだけの世界。


 私が望む永遠。

 ありふれた幸せ。

 そのためにはどんなことも許される。


 だってー、




 「円二くんは私の…ーーーーなんだから」


 浮かれている円二くんの背中は、思いがけないほど軽かった。


 「あ…」

 

 一言だけ発し、ちょうど降りようとしていた歩道橋の階段を円二くんは転げ落ちていく。体と階段が激しくぶつかる鈍い音。階段にべったりと血がついて、私の服にも少しだけ飛び散った。


 


 そのまま歩道にうずくまり、何も喋らなくなる。


 死んではいないだろう。




 …かわいそうに。


 本当は、階段を駆け降りて可哀想な円二を救護してあげたかった。

 でも、それはできない。


 


 まずは発情猫の呪いを解かなければならないからだ。


 お伽話がそうであるように、王子とヒロインが結ばれるのは、魔女の呪いを解いてから。


 「もう少ししたら、迎えに来てあげるからね…」


 私は足早に歩道橋を去っていく。




 久々に、気分が晴れやかだった。


 

 ****



 数時間後。


 あたしは作戦の第二段階を実行することにした。


 今日はママもパパも家にいない。

 いつもなら少し寂しいけど、今は好都合だ。


 スマートフォンを取り出し、電話をかける。




 電話の主はすぐに現れた。


 「だ、だれ?」


 「私よ凛。あなたのクラスメイト」


 「なんでぼくの電話番号を知って…いや、そんなことはどうでもいいんだ!」


 発情猫は狼狽していた。


 以外と早く聞きつけたらしい。


 「あのね、さっき円二くんが歩道橋で事故にあってけがしちゃったの!今も病院にいるって!だからぼくはー」


 「お見舞いには行かないでよ」


 「…え?」


 「あなたにはその資格はないでしょ」


 「ど、どういう意味?」


 発情猫が涙声で戸惑っている様子に笑みがこぼれそうになるけど、我慢した。


 「私、見ちゃったんだ」


 本当に笑うのはまだ先。







 「…あなたが円二くんを歩道橋から突き落とすの」


 ハッピーエンドを迎えてからだ。



 ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします! 

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