第32話 話すから

 「晴れそうにないね、やっぱり」


 「ああ。こりゃ、土砂降りだ」


 原田さんと再び友達になって4日目の木曜日。


 俺は、原田さんと人気のない図書室にいた。


 本のラインナップが長い間更新されず、訪れる人がほとんどいなくなった寂れた場所。


 天気は見渡す限りの曇天と豪雨。


 夏の暑さを和らげる代わりに、湿気と水に濡れる不快感を与える夏の長雨。


 ーぼくと一緒に、図書室で景色を眺めて欲しいんだ。今日はそれだけ。


 昨日まで元気いっぱいで、沢山の想い出を求めてきた短髪の友人は、俺に1つだけお願い事をした。


 それからは、授業時間以外ずっとここにいる。


 「昔なら、こんな日でも遊びに行ったのかな?」


 「流石にしないだろ。先生や親に、叱られる」


 「でも、昔1回だけ運動場に飛び出た気がする。円二くんと一緒に」


 「あったっけ…?あ!次の日に原田さんが熱を出して休んだ時?」


 ーは、原田さん!かぜひくよ!


 ーあはははは!大丈夫だよ。円二くんもあそぼ!


 封印していた記憶が鮮明に甦る。

 

 確か、原田さんと別れる前の日のことだ。

 子供特有の無鉄砲さで公園に飛び出し、2人で笑いあいながらじゃれあった。


 そして…


 「うん。その後円二にあんなことがあって…ぼくは転校した。あの時遊びに行ってなかったら、未来変わったかもしれない…円二くんともきっと…」


 原田さんは何かを話そうとして口籠る。


 「ごめん、忘れて」


 そして、完全に押し黙ってしまった。

 いささか困ってしまう状況。




 原田さんに聞きたいことがあるのに、それを切り出すタイミングがつかめない。


 

 




 ー原田さんが、何を知ってるっていうんだ?


 昨日の夜。

 俺は自分が考えないようにしていた可能性を結愛に指摘された。

 

 ーそれは、あたしにも分からない。


 ーだったらー、


 ーでも不自然じゃない?小学生の頃すぐに別れて、転校してきたと思ったら距離を取って、ある日また友達になりたいなんて。


 ー…


 ー推測するのは、やめとく。でも、きっと原田さんは何かを隠してる。


 ー俺に、どうしろと?


 ーそれを引き出せるのは、きっと円二だけ。


 結愛はそれ以降何も話さなかった。


 全ては俺次第だと言いたいのだろう。

 見て見ぬフリをするか、彼女に直接ぶつかっていくか。


 


 悩んだ末、俺は後者を選んだ。


 「原田さん」


 窓を眺めていた原田さんがこちらに視線を移す。

 無表情だ。


 少し怯んでしまう。


 「なに?」


 「1つ、聞きたいことがある」


 「…どんなこと?」

  

 でも、知りたいという欲求が最終的に勝った。

 






 「なんで…何も言わずに転校したんだ?」


 結愛に言われずとも、ずっと知りたかったことなのだから。 

 原田さんと再開した時、視線をそらされなかったらあの場で問い詰めたかもしれない。


 「あの後、俺は1ヶ月ほど入院することになった。原田さんが見舞いに来るんじゃないかと思ったけど、来なかった」


 「…ごめんね。本当に、ごめん」


 「謝らなくていいんだ。すぐに気持ちを切り替えた。退院したらまた会いに行けばいいって。そう思って、苦手な病院食も全部食べて、リハビリも頑張った。でも、学校に戻ってきたとき、原田さんはいなかった…」


 その後、原田さんの行方を聞いても誰も知らなかった。家を訪ねても引っ越してもぬけの殻。

 

 クラス全員に聞いても。

 先生に聞いても。

 親父やまだ生きていたお母さんに聞いても。

 

 誰も行方を知らない。

 教えてくれたのは、ただ1人だけ。


 ー円二くん。原田さんは、てんこうしてしまったんです。もう、帰ってきません。


 ーそんな…!


 ーだから、代わりに私とともだちになりましょ?


 ー…だれ、だっけ。


 ー私、りんって言います。しずかにたにと書いて、静谷凛。


 それ以降、原田さんは、俺の前から文字通り姿を消してしまった。




 「ずっと、探しててくれたんだ。すぐに忘れたと思ってたのに…」


 「忘れたりなんてしない!」


 ボルテージが高まっていくのを自分でも止められなかった。


 「話したくないことは無理に話さなくてもいい。俺に言えることだけでいいんだ。あの日何があったか、誰に何をされたのか、少しでもいいから知りたい!」


 「…」


 かつて友達だった女の子は、埃っぽい床に視線を落とし、うつむいた。


 誰も声を発さない。

 聞こえるのは、激しさを増した雨の音だけ。


 そのまま、数分とも数十分とも知れぬ時間が流れた。

 


 ****



 「…後悔するかもしれないよ」


 うつむいてた原田さんが、顔をあげる。

 瞳に宿るのは悲しみと怒り。


 今にも泣き出しそうだ。


 「本当のことを知ったら、円二くんはきっと傷つくから…ずっと言わないでおこうと思った。そうすれば、卒業までの短い期間を、楽しく過ごせるから…」


 「それでも、俺は知りたい」


 「…わかった、もう、止めない」




 原田さんが、小さな声で囁いた。







 「明日の20時、聖陵第一学園に来て」


 俺と原田さん、凜がかつて通った学校。


 「そこで全部…話すから」


 

   ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします! 

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