第31話 知ってるんじゃないかな

 小学校とは違い、高校の休み時代に外で遊ぶ人は少ない。

 大体校舎の冷房がきいてるところで駄弁っている。


 これに関しては陽キャも陰キャも大差がない。


 夏のクソ暑い日ならなおさらだ。


 「準備おっけ〜?」


 「ばっちこ〜い!」


 というわけで、夏の日のゴールポストは、俺と原田さんで独占することとなった。

 原田さんがストライカーで、俺がゴールキーパー。


 小学生の頃と同じ役割分担。


 ーえんじ君、ぼくがけってもいいのー?

 

 ーああ。おれ…


 ーうん?


 ーおれ…あんまりうんどう得意じゃないから。


 ーえんじくん…わかった。じゃあ、ぼくとれんしゅうしよっ。けりかたも教えてあげる!


 ーいいのか?


 ーうん。えんじくんは、ぼくの…ともだちだから! 


 俺がストライカーの才能を開花させる前に、原田さんが転向してしまったので仕方ない。


 かーっ。


 原田さんにもっと教えられてたら今頃なーっ。

 人生の別れ道ってやつだなーっ。  


 地方大会ぐらい行けたなーっ。

 

 「じゃあ、行くよ!はっ!」


 短髪を汗で濡らし、軽く着崩した制服を揺らしながら、原田さんはサッカーボールを蹴る。


 一切の無駄がない美しいフォーム。

 スカートがひらりと舞う。




 …白か。

 

 「いっけー!」


 おっと、今は勝負に集中。


 原田さんのボールコントロールは小学生の時と全く同じ。

 男子顔負けの正確なコントロールでゴール左端へと飛んでいく。


 「破ぁ!!」


 俺は気合を入れて左に横っ飛びしー、







 ボールを掴むことなく砂に塗れた。

 何事もなくボールはゴールイン。 


 原田さんはガッツポーズ。


 「やったぁ!でも、あんまり手加減しなくてもいいんだよ?」


 「…そういうことにしておくか。そろそろ休憩しよう」


 「そうだね」


 体操服についた砂をはたき、俺は原田さんの元に戻った。  

 かつての友人は夏の熱気にやられたのか、頬を赤く染めている。


 「ぼくも体が火照っちゃったよ〜熱い〜…はぅぅ…」


 謎のため息を口から発し、原田さんは半袖のシャツの胸元を少し開けた。

 そしてシャツにパタパタと風を送り込む。


 チラリと見える胸元。


 「…」


 「こんなにスポーツするなんて久しぶりだから、つい熱中しちゃった…ありがとうね、円ニくん」


 「お、おう。それは何よりだ。HAHAHA…」


 まずいな。

 目をそらすべきなんだろうけど、つい目がいってしまう。


 汗で透けている原田さんのシャツと、白と青の水玉模様のブラ。

 ほどよく引き締まりつつもくびれているお腹。  

 小さなへそ。

 むっちりとした太もも。


 こうしてみると、やっぱり女の子なんだなぁ。 


 「円二くん…?どうかした?」

 

 ぼーっとしていると、下から上目遣いで原田さんに覗き込まれる。


 「そんなにぼくを覗き込んで…ま、まさか!」

  

 まずい。 

 早くも友達関係が終わるかも。

 

 情状酌量の余地を主張しようとした時ー、







 「汗の匂いとかする!?」


 すんすんと腕や首元の匂いを嗅ぎ始める。

 そして、急にあたふたと焦りはじめしゃがみ込んだ。


 「え」


 「い、一応制汗剤したんだけどさ…やっぱり着替えたほうがよかったかな〜ううぅ…今更になって恥ずかしくなってきた…」


 頭から湯気が出そうな顔を真っ赤にし、目を泳がせながら恥ずかしがる原田さん。


 どうやら裁判が開かれることはないらしい。


 「いや、全然匂ってない」


 「ほんと…?」


 「逆に良い匂いがするかも」


 「そ、そうかな…えへへ、そう言われるとなんだか嬉しい」


 原田さんは元気を取り戻し、立ち上がった。


 「やっぱり、円二くんのところに転向してきてよかった!卒業するまで、もーっと色んなことがしたい!」




 一緒に子供の頃の遊びを試したり。

 離れ離れだった時の思い出話をしたり。

 将来の進路を語り合ったり。



 最後の夏は旧友との思い出づくりがメインとなるのだった。


 

 ****



 「諜報員美也からの報告です!凛さんの家を訪ねましたが、本人はずっと帰ってきてないとのことでしたっ!」


 ほのぼのとした時間だけ、というわけではない。


 放課後には鮎川さんと凛の行方について話し合う。

 胸とポニーテールを勢いよく揺らし、本人はいたってノリノリのようだ。


 「やっぱりか…あの事件の日からずっといないのか?」


 「うーん。詳しくは教えてくれなかったんだけどそうみたい。居候してる親戚さんの家を飛び出したんだって」


 「今いる場所の手がかりもなし、か」


 「面目ない〜…」


 「いや、ありがとう。俺も色々当たってみる。じゃあ、また明日」


 落ち込んでる鮎川さんの頭を軽く撫で、俺は校門へ向かおうとする。


 「イエッサー!あ、そうだ」


 不意に、鮎川さんに耳元で囁かれる。




 「原田さんと仲良くするのもいいけど…結愛ちゃんとも仲良くね」


 げ。


 どうやら見られてたらしい。

 

 「じゃあまた明日〜〜〜!」


 口を開く前に鮎川さんは電光石火のごとく去っていく。


 「やっぱり、叶わないな」


 あっけらかんとしているが、いつも気を使ってくれているのだろう。

  

 俺もいつか、人にちゃんと気を使える人間になりたいものだ。

 

 

 ****



 というわけで夜。


 「いただきます」


 いつも通りの結愛との食卓。


 今日はエビフライにした。

 結愛的にはB+ランクぐらいの評価を常々いただいている。


 水色のタンクトップに身を包んだ業妹は、軽く挨拶をしてから、フォークで海老を小さく割る。


 「…あむ」


 桜色の唇が少しだけ動かし、じっくりと味わった。


 「…うん、この前より衣がサクッとしてる。おいしい」


 声は冷静だが、少しだけ口元に笑みが浮かんでいた。

 Aランクと言ったところか。


 俺は肩の力を抜き、自分もエビを食べた。

 しばらくの間、お互いに無言で夕食を共にする。


 「そういえばさ」


 「うん?」


 「…なんでもない」


 「デートだろ?もうすぐだもんな」


 「う…」


 「安心しろ。準備は万端だ!プランもきちんと考えてある!3つぐらい!」


 俺はガッツポーズをしてアピールする。


 どんなことがあっても中止するつもりはない。

 他でもない、家族との約束だからな。


 「3、3つはいらないから…別に、円二のことはちゃんと信じてたし…ただ、原田さんと色々忙しそうだなーって思っただけ…」

  

 結愛は視線を落とし、落ち着きなくフォークを動かす。フォークはどの料理にも刺さらず、エビフライの置かれたプレートをさまよった。




 「…ありがと」


 迷った末に、結愛はシンプルな言葉を選んだ。

 相変わらず照れ隠しが下手なのである。


 

 ****



 というわけで、凛が見つからないことを除けば、順調な1日であった。


 が、1つだけ小さな波紋が起きる。


 「…あのさ」


 夕食を終えてから10分後。


 結愛と食器を洗っていた時。


 「ん、なんかあったか?」


 俺はお皿の1つについたしつこい油汚れに落とすのに集中して、隣の結愛の言葉を半分聞き流していた。


 それを知ってか知らずか、結愛はため息をつきながらも、言葉をつむぐ。


 「あたしの想像なのもしれないけど」


 俺が心の中で封印していたある可能性。







 「原田さん…凛さんについて何か知ってるんじゃないかな」



  ****



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