第30話 破ぁ!!
「破ぁ!!」
暴漢に地面に押し倒され、両腕で抑え込まれた場合。
相手の両腕を外側から挟んで拘束。
膝で相手の腰を浮かせ、不安定な態勢にする。
寝返りを打つように一気に横に倒れ、相手を地面に転がす。
「破ぁ!!」
暴漢に首をつかまれた場合。
胸の前で両手を合わせる。
相手の手首からひじにかけての隙間に両手を差し込む。
肩を大きく回して振り払う。
「破ぁ!!」
暴漢に肩をつかまれた場合。
軽く膝を曲げて腰を落とし、相手の意表を突く。
そのまま、相手の脇の下から背後をすり抜けるように一気に逃走。
俺は3つの試練をクリアし、課されたテストを合格した。
と同時に、家の近所にある公園『ゆかわ公園』の砂地に倒れこむ。時刻は深夜、俺と暴漢意外な誰もいない。
ちょうど満月の夜で、公園の古びた遊具を月明かりが照らしている。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」
2時間のトレーニングの末、俺の筋肉は稼働を完全に停止した。
まじで一歩も動けない。
全身の体力を使うのはいつぶりだろうか。
こんなことなら、中学の部活で体育会系を選んでおくべきだったぜ…
ー円二くんと一緒の部活がいい!
凜があんなことを言うから、大して得意でもない吹奏楽部で3年間も過ごしてしまった。
周囲からはやたらトランペットの腕をほめられたが、二度とやりたいとは思えない。
「大丈夫かい?」
暴漢役を務めていた、まじめそうなメガネ少年が駆け寄ってくる。すばやく俺の体の各所をチェックし、怪我がないか確認した。
「怪我はなし…と。立てる?」
「ぜぇ…ぜぇ…ああ、なんとか」
線の細そうな見た目からは信じられないほどの力で俺を絶たせ、隅にある公園のベンチに座らせる。
そしてー、
「おめでとう円二!これで、君も明智流護身術の初級コース修了だね!僕より才能あるんじゃないかな?」
さきほどまで殺気を放つ暴漢役だったと思えないほど、好意に満ち溢れた笑顔を浮かべた。
あれだけ激しくやりあったのに、体にホコリ一つついていない。
まじめそうなメガネ少年こと明智氏郷。
学校では東大進学を目指す学校一の秀才。
そして、地元では有名な柔術教室『明智柔術』経営者の一人息子にして、幼少期からトレーニングを積んできた黒帯保持者。
なおかつ、俺の現在唯一といえる男友達。
ー明智、俺、大切な存在を守れる人間になりたい!師匠と呼ばせてくれ!
ーぼ、僕でいいのかい?あと、勉強で忙しいから夜限定になるけど…
ー一向に構わんッッッ!
例の事件以降、何かと物騒になってきたと感じた俺のトレーニングに快く付き合ってくれる存在。
まあ、強くなる武術というより、あんまり強くない人が難を逃れる護身術なんですけどね。
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」
「よかったらうちの道場で本格的に学ばない?パパに君の話をしたら、ぜひ迎え入れたいって!」
「なぁ…やっぱり、東大じゃなくて親父さんの後を継いだほうがいいんじゃないか?」
「ふっ…そういうわけにはいかないんだ。僕には東大に進学してエリィィィィィトボオオオオオオイになる夢があるからね」
「そ、そうか。あ、この前プロテクターとかいろいろ貸してくれてサンキューな。おかげで鮎川さんも無事だった」
「それはなにより。さ、何か飲み物でも飲もう」
人間の生き方にはいろいろあると、明智を見て思うのだった。
****
「久しぶりに再開した友達とどう接すればいいか、ね」
「ああ。友達になりましょうと言われたんだが、どうすればいいか迷ってる。嫌いってわけじゃないんだが…女子なんだ」
せっかくなので、今の悩みを明智に相談してみることにした。
ーぼくとまた…友達になってください!
ーええ!?ああ…
ー…嫌?ごめん。そうだよね。1ヶ月で分かれた女の子と友達なんて…ぐすっ。
ーいやいやそんなことない!泣いたらだめ!全然OK!俺も、また友達になりたかった!
ー本当?良かった…!じゃあ、早速LINE交換しよ!あとメールアドレスと、Twitterと、Instagramと、facebookと…
ーえ?LINEぐらいしかやってないんだが…
ーそうだ!明日ぼくが家まで迎えに行くね!何なら帰りもいっしょがいいな!お弁当も作るから!日曜日はまたサッカーしない?ゲーセンでもいいよ!それからそれから…
ーええ!?それって友達というより彼女ー
ー明日から早速迎えに行くね!あ、ぼく職員室に行く用事があるんだった!じゃあまた!
ーあ、あの…ええと…
原田さんは電光石火のごとく去っていった。
ー円二さん、また女の子とフラグ立てちゃってる…
ーすみません鮎川先輩。円二はこういう人なんです。天然たらしなお兄ちゃんなんです。
ー美也もその一人だからねー。
ー…ばか。
女の子2人にはあきれた視線で見られる。
凜の奴をとっちめる計画も、週末に結愛とデートに行く約束も進めなけりゃならんのに。
どうすりゃいいんだよ!?
***
「なんだ、簡単じゃないか」
自然と頭を抱え込んでいた俺に対し、明智はこともなげに言った。
「彼女と普通に接すればいい。友人として」
「そうなのか?一応高校生だしさ、こう、大人の付き合いってやつを…」
「話を聞く限りは、そうじゃないと思う」
「そう、かな」
「ああ。きっと、君との関係をやり直したいんだよ。子供のころに離れ離れになった君と、また一から友人になりたい。それ以上の他意はないさ」
「…」
「ま、僕からいえることはここまで。部外者がこれ以上立ち入るのはやめておこう。あ…そろそろ赤本復習50セットが始まるから行かなきゃ」
「おあ。ありがとう、なんだかすっきりしたよ」
「…もし僕が本当に必要になったときは…」
「必ず呼ぶ。友達だからな」
「…ありがとう。じゃあ!」
明智はすたすたと去っていく。あっという間に姿は消え、俺は1人になった。
「とりあえず…向き合ってみるか」
結局、うだうだ迷うよりシンプルに行動するのか一番近道なんだ。
***
凛はスマホの画面をじっと見つめている。
画面に映るのは、広川が入手した電話番号。
キーパッドで入力し、あとは通話ボタンを押すだけ。
「…」
だが、長時間ボタンを押せなかった。
1つの疑念が、彼女をためらわせていたからだ。
「あの子、また綺麗に騙されてくれるかしら…?」
ゆっくり瞳を閉じ、深い呼吸を2、3回吐く。
そして、ボタンを押した。
数秒の沈黙。
「原田さん…?私よ、覚えてる?同じ小学校の静谷凛。すぐあなたが転向して…待って!!!切らないで!!!」
凛は数秒前にイメージトレーニングした、自らの演技を再現する。
「お願い聞いて!私、勘違いしてたの!あの時はあなたが悪いと思って酷いことをしたかもしれない…!
でも…違うの!!!」
全てを失いつつある凛にとって、この程度の欺瞞は良心を痛めるに値しない。
「全部…全部、円二くんが仕組んでたことなの…!!!私も、原田さんも、騙されてたの!!!」
大切な人を取り戻すまでは。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
「こんな展開にしてほしい」「あんな光景が見たい」などご要望があればお気軽にコメください~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます