第27話 もう一度だけ
「好き…なの…ちゃんと伝えたかったけど、今までできなかった…」
鮎川さんに告白された。されたからには、返答をしなければならない。
俺の心の内はすでに決まっている。
だがどう伝えるべきか迷った。
どこまで真実を話すべきか。
話せば伝わるのか。
自分の独断で決めていいのか。
鮎川さんはどう思うだろうか。
ー円二さんは、美也のヒーローなの…
いや。
鮎川さんに嘘をつくのはやめよう。
結愛も、分かってくれるはずだ。
ありのままを伝えるしかない。
「鮎川さん…」
俺の返答を待っている彼女の瞳をしっかりと見つめる。
喉の渇きを唾を飲み込んで誤魔化した。
「…告白は受けられない」
「…!」
一瞬だけ鮎川さんの表情が曇った。瞳が震え、息をのみ、体から力が抜ける。
でもー、
「…好きな人、いるんだよね」
次の瞬間にはいつもの鮎川さんの笑顔に戻っていた。俺に罪悪感を抱いてほしくないのか、この場で悲しみを見せたくないのか、あるいは両方か。
言いたいことは沢山あるだろうに、それを我慢している。
「…ああ」
その笑顔を見て、秘密を共有する覚悟を決めた。
「俺は…結愛のことが好きだ」
「…そう。そうだよね」
俺が予想していた以上の驚きは鮎川さんは見せなかった。
「…知ってたの?」
「お似合いだもん。いつも仲良いし、通じ合ってるし…家族以上の存在なんだね」
「ごめん」
「謝らなくていいの。でも…でもね…」
俺の背中に回していた手を、鮎川さんはぎゅうっと強める。
名残惜しいように。
これが最後だと言わんばかりに。
「ちょっとだけ…泣いてもいい、かな…」
俺は、何も答えなかった。
その代わり、止めどなく泣く鮎川さんを抱き続けた。
****
「立てる?」
「うん、もう平気」
10分後。
落ち着いた鮎川さんは立ち上がり、ようやく俺の元を離れる。
「はぁ…終わっちゃったなぁ、青春」
そして、夜の帳が下りはじめた空をじっと見つめた。
ーまだ高校を卒業していないし、大学もあるじゃないか。
そんな野暮な言葉を言おうとしたが、途中で口をつぐんだ。鮎川さんにとっての青春はたしかに終わったのだろう。幕を下ろしたのは俺に他ならない。
(青春って、なんだろうな)
「ぐぅ…」
その時、伸びていた中川が変な声を出した。一瞬身構えたが、気絶したままらしい。拘束する道具もないので、早く警察を呼んだほうがよさそうだ。
「円二さん。そういえば…いや、なんでもない」
「なんで中川が伸びてるかだろ?」
「あははははは…ごめん。信じてないわけじゃないんだけど」
「まあ、ストーカー対策はしてたさ」
俺は今日一日中着ていたパーカーを脱いだ。その下にはシャツー、というはゴツゴツとした黒い胴衣。重さや違和感を我慢しながら一日中着続けた防具。
「プロテクターってやつ?」
「ああ。暑かったけどちゃんと役立って良かったよ」
「こんな立派なもの円二さんが持ってたっけ…?」
「友人に借りた、ってところかな」
ーいでぇぇええええええええっ!お前、何着てー、
ー人殴ったら痛いに決まってるだろぉぉぉあああ!
ーうげぇぇぇぇぇっ!
プロテクターに拳を思い切り当て、痛みでうずくまる中川の頭を一発だけ蹴った。アドバイス通り行くか不安だったが、上手く行って一安心。
その他ポケットに防犯ブザーや唐辛子スプレーも仕込んでいたけど、使う機会は訪れなかった。
「ま、ちょっぴり卑怯だけど仕方ない」
「そんなことないよ。ちゃんと、中川さんも大怪我しないように考えたんでしょ?」
鮎川さんははにかんだ笑顔を浮かべる。
「やっぱり…円二さんは美也のヒーローなんだね」
「恥ずかしいな、その称号」
「ふふふふふ…」
鮎川さんとの関係は今日、一区切りついた。でも終わりじゃない。
また、新たな関係をはじめればいい。
「警察です!大丈夫ですか?」
「発見しました。ひとまず事情を聞きます」
遠くから警察官と思しき男性が2人ほどやってきた。
あれ、通報してないのにな。
まあ誰かが目撃したんだろう。
この前も警察にちょっとだけ行ったし慣れたもんだ。
「ちょっとだけ、結愛に電話しようかな」
「うん。あ、美也も結愛ちゃんに電話してもいい?」
「ああ」
こうして、夏の夜は過ぎていくのだった。
****
警察がやってくるのを見て、ぼくはその場を離れた。
ー誰だてめえ!
ー僕は…
ーどけぇっ!
ようやく追いついた時、ぼくを押しのけ、円ニくんを追いかけていた男の人は伸びていた。おそらく逮捕されるだろう。
円二くんともう一人の女の子は無事。
でも、10分間ほど抱き合って泣いていた。
遠くからだったので理由はわからない。
(円二くんは…悪い人じゃない?)
今日一日動向を見てみても、彼が悪い人のように思えなかった。
女の子、確か同じ学年の鮎川さんを守り。
ストーカーをうまく撒いて。
襲われた時も勇敢に立ち向かった。
誰かを騙したり、傷つけることを喜ぶ人間には見えない。
だから警察を呼んだ。
円二くんと鮎川さんが仲良く話しているのを見て胸に痛みが走ったけど、後悔はしない。
(円二くん…もう一度だけ、君を…信じてもいいのかな?)
疑問に答えてくれる人は、いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます