第26話 好き…です

 「まったく、人をストーカーみたいな扱いして逃げやがって…」


 頭を刈り上げたスポーツ青年中川は汗だくになりながらもにやりと笑った。いや、青年というにはあまりにも邪悪な表情を浮かべている。


 「これじゃあ、こっちが悪者みたいじゃねえか…ええ?丸山さんよぉ。隠してることを吐いてもらうぜ?」

 

 体力自体は落ちてないのか、息はさほど上がっていない。

 高校3年間体育会系として活動してきた実績は伊達じゃないようだ。


 その体力をこんなことに使っているのが残念でならないが。

 

 「…なんだよ、隠してることって。何も知らなー」


 「とぼけんじゃねえよ!」


 俺の言葉を遮り中川は詰め寄る。







 「お前が鮎川を脅して、無理やり付き合ってるってのはもうばれてんだよ!幼馴染を無理やり破滅させたばかりなのにいい身分だよなぁ?」


 「はぁ?どこに証拠があるんだよ。今日のデートだって、あんたのストーカー行為をー」


 「俺の告白を断った女のストーカーなんて誰がなるかぁ!俺はあんな女のことにこだわっちゃいない!それにな、証拠ならある!」


 中川はスマートフォンを取り出した。


 『円二さんと鮎川さんの仲について』と書かれたメール。







 だらだらと書かれた長文が何行にも渡って綴られてる。


 『突然のメール、すいません。あなたが鮎川さんに振られているのを目撃した者です。落ち込まないでください。彼女はそうせざるを得なかったのです。私は、円二さんと鮎川さんとの間に何が起こっているのかを知っています…』


 そこから先は声を出して読むのも馬鹿馬鹿しい内容だった。


 ー円二は鮎川さんを脅迫し、無理やり付き合っている。


 ーそれを知った幼馴染である凛は止めようとしたが、察知されて暴力を振るわれた。


 ー自分は例の暴行事件で被害者面している円二の正体を知っている人間。


 ーあなたには復讐する権利がある。


 そこからの内容は読み飛ばし、後半だけに目を通す。


 ー彼が全ての悪者で、鮎川さんの周辺を探っていれば必ず尻尾を出すはずだ。


 ー決定的な証拠を見つけたらお金を出す。


 こんなことをやりそうなやつは一人しかいないが、今はどうでもいい。


 「…1つだけ聞きたい。お金に釣られたのと、鮎川さんに振られた恨みをこじらせたのか、どっちなんだ」


 「お、お前には関係ない!」


 「両方心当たりがありそうだな。ソシャゲで課金でもしすぎたのか?」


 「うるせぇぇ!」


 当たらずとも遠からずか。 


 いいことしてお金をもらえればそれに越したことはないのだろう、こいつにとっては。


 わかりやすい奴だ。


 「そうかよ。で、俺をどうしたいんだ」


 「い、今から全部吐け!」


 中川はスマートフォンのレコーダーを起動させた。誰かの入れ知恵かもしれない。真似したくなったのだろうか。


 「お前が鮎川にやったこと全てを!全部!今すぐに!!!そしたら殴るのは勘弁してやる!!!」


 「吐け…ね」


 何を吐けばいいと言うのだろう。


 結愛との関係か。


 今どこで何もしてるかもわからない凛の本性か。


 それとも…

 


 

 



 鮎川さんが、俺をずっと好きだったことか?


 ー円二さんは、美也のヒーローなんだよ。


 3年前、俺があの時電車を降りてなかったら、鮎川さんとの関係も変わっていたかもしれない。  


 でも、そうはならなかった。

 

 鮎川さんはずっと気持ちを押し殺して生きてきたし、俺も今日までそれに気づけなかった。


 そして結愛に出会って、全てはー、


 


 「早く言わないとぶん殴るぞ!!!」


 痺れを切らした中川がさらに詰め寄る。そろそろ本気で殴りそうだ。


 「…殴りたきゃ殴れよ。後悔するから」


 「あ?」


 俺は腹をわざとらしく突き出す。







 「お前のようなクズが…立ち入っていい話じゃないって言ってんだよ!」


 結愛のことも、鮎川さんのことも、こいつには拷問されたって教えるつもりはない。

 

 俺が一生墓場までもっていく。


 部外者に立ち入らせたりはしない。

  

 「て、てめぇ!!!」


 中川が思い切りぶん殴ってくる。

 腹への直撃コースだ。まともに喰らえば、しばらくは悶絶するだろう。

 





 俺は、目を閉じた。


 

 ***


 

 「はぁ…はぁ…」


 駅員さんに通報しようとして、何歩か歩いて無理だと分かった。


 駅構内は思ったより広くて、叫んでも届きそうにない。


 だから、もう一度エレベーターに戻って、地上に戻ろうとする。


 「いたっ…!」


 急に脚に痛みが走って、思わず座り込んでしまう。なんとかもう一度立ち上がり、手を伸ばしてボタンを押した。


 ガタン、と音がして、エレベーターが動き出す。すぐ上に着くはずなのに、何時間も立っているように感じた。


 (神さま…お願いだから、円二さんを怪我させないでください…美也が、美也が全部悪いんです)




 円二さんを好きになってからの高校3年間は、あっという間だった。

 

 ー円二さん、その…


 登校した時にー、


 ー円二さんってさ。好きな人とかはいるの?


 授業の休憩時間にー、


 ーじ、実は映画のチケット2枚あるんだよね〜


 放課後、部活に行く直前にー、


 思いを伝えようとしても、うまく伝わらない日々。

 美也の伝え方が悪かったのもある。

 

 でもなによりー、




 ー円二くん。一緒に帰りましょう。 

 

 ーあ、凛。ごめん鮎川さん、また今度!


 円二さんの隣にはずっと、凛さんがいた。

 あの人はずっと円二さんの心の中にいて、立ち入ることができない。


 だからずっと諦めていた。良い友人のままで想いをしまいこんで、そのまま押し殺そうとした。




 凛さんが本性をあらわにするまでは。


 (円二さんのぽっかり空いた心の穴を、美也が埋めてあげられると思った。でも、全部、遅すぎたんだね…)


 ー好きです!付き合ってください!


 数日前。嘘として流したけど、本気のつもりだった告白。 


 その時に全部わかっちゃった。


 円二さんの心の中には、もう別の女の子がいる。 


 ー鮎川先輩、ありがとうございます!


 隣で困ったような表情を浮かべながら、円二さんと視線を交わす小さな女の子。 

 とっても辛い人生を送っていて、それでも頑張ろうとして、美也にも懐いてくれる。


 


 でも、受け入れたくなかった。

 3年間の想いがあっさり終わってしまうと信じたくない。でも、女の子のことも大好きで、幸せになって欲しくて、胸が張り裂けそうだった。


 だからとっさにストーカーのことを打ち明けて、誤魔化した。


 本当は、美也が一人で対処しないといけなかったのに…


 ガコン。


 エレベーターがノロノロと開き出す。小さい隙間に無理やり身を押し込んで飛び出した。


 早く助けないと。身を呈して。どんなことがあっても、絶対に無事結愛ちゃんの元に帰す。中川さんが罰を与えるなら受けてもいい。結愛ちゃんにも謝って、今日の責任を取る。


 だってー、







 美也は、円二さんのことが…

 


 ***


   

 「円二さん!」


 鮎川さんの声で我に帰る。


 「鮎川さん…?」


 逃げたはずの鮎川さんが戻ってきた。エレベーターから数歩のところに立っている。

 涙を流しながらもきょとんとした表情を浮かべていた。


 なんだか意表をつかれたみたいだ。


 「えーと…駅空いてなかった?」


 「あれ…?円二さんを助けようと思って…飛び出して…美也が全部悪いんですって…」


 「はぁ…」


 「その…あの人は?」


 「えーと。伸びてる」


 「のび…」


 俺の背後で伸びてる中川を指さす。気は失っているだけだ。頭にこぶができているが命に別状はないだろう。


 数秒の沈黙ののちー、

 

 「よかった…本当に、よかった…」


 「あ、鮎川さん!?」


 彼女は音もなく倒れようとしたため、慌てて体を支えた。足の具合は悪そうだが、それ以外の怪我はしていない。


 なんだかぼーっとして顔色が悪い。


 とりあえず警察を呼ばなきゃ。


 「大丈夫?とりあえず横になろう」


 「…円二、さん。あのね…」


 「うん?」




 「その前に、一つだけ、伝えたいことがあるの…」


 鮎川さんの頬にほんのり朱色が差す。







 「美也は…円二さんのことが、好き…です」


 こうして、鮎川さんとのデートは終わりを告げた。



 

  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!


 「こんな展開にしてほしい」「あんな光景が見たい」などご要望があればお気軽にコメください~ 

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