第25話 楽しかった

 「見つけたぞこのやろぉおおおおおおおっ!」


 中川が突進してくる。怒りに満ちた表情だ。腕を振りまわし、殴りかかろうとしてくる。


 今更そんなことして何になるってんだ?


 ストーカーにしても度が過ぎてる。このまま人生終わってもいいっていうのかよ。


 「円二さん!」 


 鮎川さんの悲鳴で我に返る。


 あいつの動機なんてどうでもいい。

 やるべきことは1つ。




 彼女を最後まで守り切る。


 「くそっ…どいつもこいつも暴力に訴えやがって!!!」


 とっさに腕を振り切った。腕力が大したことないのは自分でも分かってる。

 中川と真正面から勝てるはずが無い。


 だからー、


 「ぶへぇぇぇぇぇつ!!!」 


 足を止めるだけ。


 「てめえぇぇぇええ…コーラ缶を…!!!」


 封を開けたばかりのコーラ缶は俺の手を離れ、中川の目にクリーンヒット。

 中川の目に炭酸が吹き出し、さしものストーカーも足を止める。


 今がチャンスだ。


 「逃げよう!」


 「う、うん!」


 俺は鮎川さんの手を引いて走る。


 走る、走る。走る。

 朝のように胸ときめかせながらではなく、恐怖におののきながら。


 駅周辺だが、人通りはほとんど見えない。

 どうやら、空き家の目立つ再開発中のエリアに迷い込んだらしい。


 中川がそれを計算に入れていたのか、それとも偶然かは分からない。


 「逃がさねえぞぉ!…あ?誰だお前。どけよ!」


 再び中川の声。

 誰かともめているようだが、何が起きてるか確認している暇はない。


 さらに足を早めた。

 

 「手を離さないで!」


 「わ、分かった…!」


 僕と鮎川さんは夕闇の街を走る。

 じぐざくと経路を変え、中川の目をくらましながら。


 とにかく、走る。

 


 ***


 


 「そろそろ帰ってくるのかな、円二と鮎川先輩…ふぁああ」


 独り言の後に出てくる小さなあくび。


 結局、あたしは今日1日を大掃除して過ごした。


 床の絨毯をひっくり返して綺麗に雑巾掛け、お風呂にカビハイターを噴射してカビ落とし、家の窓も元気に雑巾掛けしてetc…

 

 やれることを全てやって気がつけば17時。


 (鮎川先輩と一緒なのかな…別に嫌じゃないけど)


 結局やることがなくなり、朝と同じく、ソファにごろ寝している。円二が見れば呆れるかもしれない。


 きゅううう…


お昼をサンドイッチ1つで済ませたせいか、お腹が小さく鳴った。何か食べようかと考えたけど、結局やめる。


 「早く、帰ってきて欲しいな…」


 


 いつもより長く感じた一日。


 つかの間の自由を満喫したつもりだったけど、やっぱり、円二がいないと元気が出ない。


 あたしは、円二に依存している。


 ちょっと頼りなさそうな感じはあるけど、優しげな表情を早く見たい。

 いつも以上にピカピカにした家を見て、頭を撫でて欲しい。


 そして、誰もいなくなった夜、あたしの背中に軽く触れて…


 ブルブルブルブル…




 その時、再びスマートフォンが鳴り出した。まだ登録してる電話番号の数も少ない、円二と買ったばかりのピンク色の端末。

 

 連絡先は非通知。


 朝に来たものと同じ。同じ人だろうか。なんだかいやな予感がするけど、気になる。


 「…誰だろう。非通知はなるべく出ない方が良いって円二は言ってたけど…間違い電話かもしれないし…」


 携帯電話を持つのがはじめてなので、正しい行動がよくわかっていない。


 一度ぐらい出たほうがいいのかな。


 「…」


スマートフォンが鳴り響く中、あたしは数秒間迷った。





 「…もしもし。何でしょうか」


 そして、ホームボタンを押し、手に取った。


 

 ****



 「あそこに行こう!」


 数分間逃げ続けて路地を曲がったとき、ようやく逃げ場所を発見した。


 姫宮駅の東隣にある地下鉄『阿久津』駅につながる階段とエレベーター。

 地下鉄に行けば駅員の一人はいるだろう。


 駅員がいればさしもの中川も手が出せないだろう。


 それでも中川が諦めないならー、


 


 「いった…!」


 希望的な観測を破壊する鮎川さんの悲鳴。


 ただでさえ遅いのに急激に落ちていくスピード。

 右足を抑えた鮎川さんが痛みで顔をゆがめている。


 まずい。


 「ごめん…!脚…くじいて…!」

 

 「謝らなくていい。歩ける?」


 無理もない。いくら陸上部とはいえ、走れるような服装じゃないんだ。


 「うん…いける、から…いた…」


 肩を貸してなんとか歩き出そうとしたが、到底逃げ切れない。

 階段まではあと数歩なのに。


 「はぁ、はぁ、バカにしやがってぇ…!!!」


 路地の向こうから中川の怒号が響く。




 仕方ない。

 作戦変更だ。


 「円二さん、美也のことは置いていって…ええ!?」


 ほどよく筋肉がついてるけど、やわらかい鮎川さんの両足を左手で掴む。

 右手は、華奢な背中を右手で抱える。


 


 いわゆるお姫様抱っこの体制。


 そのままエレベーターまで彼女を運び、中にそっとおろす。


 「そのまま駅まで行くか隠れてくれ。後で合流するから」


 「そんな!円二さんはどうするの?」


 「どうせ二人一緒じゃ追いつかれる。時間を稼いであとから合流するから」


 「でも…!」


 「大丈夫。俺、かっこ悪いけど、悪知恵だけは働くから」


 「…」


 「せっかくのデートなのにごめん。でも、楽しかった」


 エレベーターの扉は徐々にしまっていく。鮎川さんは呆然としていたが、閉まる直前に身を乗り出す。


 


 

 「円二さん!美也、本当は…!」


 鮎川さんの言葉をさえぎり、エレベーターは閉じられた。


 そしてー、







 「まずはお前からだっ!」


 追いついてきた中川と対峙した。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


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