第24話 見つけたぞ
「どうして…ヒーローと呼ぶかって…」
俺は鮎川さんに抱きしめられながら、辛うじて言葉を発した。
俺の胸に顔をうずめている鮎川さんは何も言わない。
深呼吸を繰り返し、くすぐったい感触を俺に与える。
俺自身の呼吸と鮎川さんの呼吸が混ざり合い、狭い試着室の空気を暖めていった。
「…」
無言の鮎川さんを引き離そうとするも、なぜかできない。力の差を考えれば簡単に引き離せるはずなのに。
俺の上半身にそっと回された鮎川さんの両腕も。
俺が逃げていけないように巻きつけられた鮎川さんの細い両足も。
少しでも動こうとするたびにきゅ…と押し付けられる胸も。
全身で絡めとられてる。
返事を聞いてくれなきゃ、離してくれそうにない。
だから、観念した。
「分からない。どうしてそう呼ぶんだ?」
覚えはなかった。
気が付けばそう呼ばれていて、気にはなっていたけど、あえて聞けずにいた。
聞いてしまえば、鮎川さんとの関係が変化してしまう気がして。
「…覚えてる?」
「…何を?」
「高校1年生の頃、痴漢されてた女の子を助けたことがあったよね」
「痴漢…」
鮎川さんの口からでた意外な言葉。
俺は一つの記憶を思い出した。
****
(俺って嫌われてるのかな)
高校入学後数ヶ月の頃。
俺は帰りの電車に揺られながら環境の変化に戸惑っていた。
ーあの…
ーは?誰お前
ーほっとけよ。それよりカラオケ行こーぜ!
高校に入学すると、嘘のように友達が少なくなったのである。
中学生時代はいつの間にか友達ができてある程度学生生活を謳歌していたのに、誰に話しかけても手応えを感じない。
あれよあれよという間にクラスの人間関係は固まり、弾かれた俺はボッチ陰キャに転落した。
逆高校デビューである。
幼稚園時代からの幼馴染である凛は積極的に話しかけてくれるが、今日は家の事情で休み。
1日中を孤独に過ごすしかなかった。
(他のみんなと同じ進学先にすれば良かったのかな…でも、凛を一人ぼっちにはできないし…ん?)
今となっては笑うしかない心配をしていた俺だったが、視界の隅にとあるものを見つけ、体が固まる。
「いや…やめてください…」
電車の窓側を向き、俺に背を向けるような形でうつむいている少女。
赤と黒のスカートを着た同じ学校の女子生徒。
泣いているのだろうか、体が小刻みに震えているのが後ろからでも分かる。
「…」
その背後から、中年のサラリーマンが無言で立っていた。
帰宅ラッシュの混雑で目立たないのを良いことに、彼女のお尻に手を伸ばしている。
何をしているのかすぐに分かった。
(どうする…?警察に通報、いやこんな電車の中でなんの意味がない。大声を出してみんなに知らせる…いや、だめだ。あの子の名誉が傷つく。じゃあ、俺が…)
最善の行動は思い浮かんでも、体がとっさに動かない。
自信がない。
怖い。
失敗したら、どうしよう。
「誰か、助けて…」
そんな迷いは、女の子の一声で吹き飛んだ。
俺は一度深呼吸をして、乗客の波をかき分け、女の子の元へ近づいていく。
そしてー、
「手を離せ痴漢野郎!彼女が嫌がってるじゃないか!」
勇ましいイメージトレーニングのもとー、
「は、離した方がいいですよ…か、かかか彼女が嫌がってますし…」
イメージの半分ぐらいの迫力と音声でー、
痴漢の肩に手をかけた。
その後のことは、よく覚えていない。
気がつくと、痴漢は次の駅で駅員に連行されていた。
俺が捕まえたと言うより、怪しいと感じていた周囲の人が次々に声を上げた結果らしい。俺よりもはるかに体格のある男数人に捕まえられた。
すでに彼女の周りには人だかりができていて、労ったりなだめたりしている。
(と、とりあえずなんとかなったのかな…)
俺はなんだか、自分のやったことがとても小さなことのように思えて、この場を離れたくなった。
「あの…!」
女の子が背後で呼びかける声がしたけど、構わず降りる。
(名前だけでも聞いとけばよかったかな…)
次の電車を待っている間に後悔したけど、後の祭り。学校でもプライバシーの観点からか特に発表はなく、突き止められないまま終わる。
以降、「変わった事件だがさほど思い出したくない案件」として、俺の記憶から薄れていった。
****
「思い出してくれた…?」
鮎川さんのささくような声で、俺は我に帰る。
ここは水着店の試着室。
ほぼ全裸となった鮎川さんと二人きり。
「ああ…あの時の女の子が、鮎川さんだった」
「うん。学校で再開した時は、驚いたよ〜心臓が飛び出ちゃいそうだった」
「ごめん。思い出せなくて」
「ううん…美也も話せなかった。3年間、ずっと…言おうとするたびに恥ずかしくて…いつも友達として円二さんと接してきた…」
「でも、大したことじゃないよ。痴漢を直接捕まえたわけじゃないし」
「ううん。そんなことない…」
鮎川さんがゆっくりと顔を上げる。
距離がすごく近い。
ほんの少し体を動かせば、唇がふれてしまいそうだ。
薄く塗った唇がよく見える。
「円二さんは、あの日から美也のヒーローなの」
にも関わらず、少しずつ鮎川さんは顔を寄せていった。
「そして、美也の一番…」
「お客様、大丈夫ですか?」
女性店員の心配そうな声。
瞬時に俺と鮎川さんは離れ、息を殺す。
「い、いえ。なんでもありません」
「そうですか?男性の方の声が聞こえたのですが」
「き、気のせいです!」
「はぁ…」
怪しみながらも女性店員は離れていった。
お互いに油断せず聞き耳を立てる。
完全に離れていった時ー、
「きゃっ…!」
鮎川さんははじめて自分の格好に気づいたかのように、驚いた表情を浮かべる。
両腕で自分の両胸を隠し、ぺたんと床に座り込んだ。
「ご、ごめん!」
「いいの。美也がやったことだから…でも…」
肩で息をしながら、鮎川さんはうつむいた。
「男の人にここまで体を見られるのは、初めてだから…恥ずかしい…あぅぅ」
先ほどまで俺を手玉に取っていたとは思えないほど、鮎川さんはウブだった。
****
「もうすっかり夕方だねー!」
それから数時間。
俺と鮎川さんは引き続き色んなところをデートした。
ハンバーガーやスイーツに舌鼓を打ったり、おしゃれなアクセサリーや服を見にいったり、パワースポットとされる神社に行ったり。
中川の姿も消え失せ、穏やかな時間。
でも、正直記憶はない。試着室での一件が尾を引いて、素直に楽しめなかった。
「…ありがとうね円二さん。美也に思い出をくれて」
鮎川さんも実はそうだったかもしれない。
「…ジュースでも飲む?」
「うん!美也は、『よーしお茶』にする」
「ジュースって感じじゃないな」
「糖分は取りすぎるとダメだからね〜」
「俺は、これにするか」
でも、表面上は楽しいデートを楽しんだ。
すでに夕方と呼ばれる季節も終わる頃。
帰らないと、結愛に約束した時間に帰れない。
「じゃあ、そろそろー」
心に引っかかるものを感じながら鮎川さんに話しかけた時ー、
「見つけたぞお前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
中川が、こちらに目掛けてつっこんできた。
****
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