第23話 …聞きたくない?
ー通り魔事件が発生しました。女子高生一人が亡くなり…
ーそんな…!
映画『君の心臓を食べたい』のクライマックス。主人公と関係を深めていたヒロインが突如亡くなり、主人公が絶句する。
周囲の観客もショックからか何人かすすり泣いており、劇場は悲しみに包まれていた。
「ぐすっ…」
原作のファンである鮎川さんも、瞳をうるませている。
(どうしよう…)
が、俺は感傷に浸っているどころではない。
理由は2つある。
理由の1つ目は、鮎川さんが恋人繋ぎのまま、手を離してくれないからである。
ーね、上映中は手を握っててくれない?
ーえ、ああ。いいけど、なんで?
ー…そっちの方が青春みたいかなって。
上映直前に突如提案され、繋がれた後はそれっきり。
ギュッ…
指を1本1本絡め、映画の展開に合わせて微妙に強弱を変える。
面白い展開の時には柔らかく、ショッキングな展開の時には激しく。
2時間弱ずっとだ。
いつも抱いている結愛の手よりも大きいが、しなやかで、よりしっとりしている。
何度か指を離そうと試みたこともあったが、巧みに絡め取られ、元に戻された。
求められている。
そんな気がする。
(女性の手に握られ続けるのがこんなにドキドキするとは思わなかった…!)
正直、色々と持たない。
理由の2つ目は、より切実な問題。
ー円二さんと結愛ちゃんって、どんな関係なの?
直球で投げられた、鮎川さんの問い。
正直言葉が詰まった。
どんな関係…?
妹で。
家族で。
恋人で。
一言では言えない。
色々な事情がぐちゃぐちゃに絡まった複雑な関係。
ー…お互いに、大切に思ってる。血は繋がってなくても、大事な存在だ。
数秒後に出たのは、月並みな言葉だった。
罪悪感はなるべく表に出してないつもりだ。
ーそっか…ごめん!なんか変なこと聞いちゃったね。忘れて。
鮎川さんはそれっきり何も追求せず、シアターへと入っていった。
(どう意味があったんだろう…ただの興味本位…それとも…)
ギュ…
再び鮎川さんの手が握られるのを感じる。
『君の心臓を食べたい』の場面が変わったのだ。
ーぼくは、君のことがずっと好きだった…!
亡きヒロインの幻影に主人公が呼びかけるシーン。
不幸なできごとに離れ離れになっても、一緒にいた時間は永遠。
「円二さん…」
不意に鮎川さんがこちらに視線を移す。
涙で丸い瞳がうるんでおり、頬も赤いが、表情は明るい。
「悲しいけど…暖かいシーンだね」
映画の感想なのか、それとも別のメッセージを伝えたいのか。
俺には分からなかった。
****
「いい映画だったね円二さん!もうちょっとで泣いちゃうところだったよ~」
「うん。あのラストは流石に衝撃だったな」
十分後。
俺と鮎川さんは無事映画館を出た。一番目立たない出口から出てみると、ストーカーこと中川の姿もない。晴れてストーカーの撃退に成功したというわけだ。
…ん?
じゃあ偽デートも終わりなのか?
いや中川が諦めたのかどうか分からないしな。
いや、中川が見えなくなった以上、いずれにしてもデートを続ける意味はなくったのかも…
「じー…」
「む…」
「今、もう偽デート終わりって思った?」
「い、いやあ。そんわけないじゃないか、HAHAHAHAHA!」
「じーーー…」
「すんません。ちょっとだけ思いました」
「まあそういう目的だったもんね。でも…もうちょっとだけ付き合ってくれない?」
「じゃあ、一つだけ聞いていいか?」
「いいよ。どんなこと?」
今度は、俺からも聞いてみることにした。
「俺とデートを続けたい理由って…あったりする?」
ー自分は鮎川さんの問いをはぐらしたのに卑怯だ。
そんな心の声を押さえつけて。
「そうだね…」
少し前を歩いていた鮎川さんはくるっとこちらにターンした。
手に持っているラタンのポーチが揺れる。
「美也も…もう少しだけ青春を楽しみたいの。ヒーローと一緒に」
時刻はすでに12時を回り、昼に差し掛かっていた。
****
「じゃーん!どう?」
試着室から鮎川さんが勢いよく現れる。
白と黒を基調とし、メイドのようなリボンとフリルをあしらったー、というまんまメイド服をイメージした水着を着ている。
露出はかなり激しい。
バストは半分以上見えているし、パンツに至っては鼠径部をぎりぎり覆うほどの面積しかない。
「う~~~ん。小さいような気がするけどこんなものかな?あ、やだ…ちょっと脱げそう」
鮎川さんは水着のあちこちをチェックしはじめたが、少し関節や腰を曲げただけで水着は稼働限界を超え、そのたびに調整が必要な状態。
泳いだら確実に脱げるな。
「良く似合ってるよ鮎川さん。それにする?」
「あっ…円二さん。胸のところだけ見てるでしょ」
「否定はしない」
「もう~水着は全体の印象も大事なんだよ」
結局、デートは続行となった。
なぜ続行したのかは分からない。
とにかくそうなった。
鮎川さんが次の行き場所として選んだのは、女性専用の水着ショップ『パシー』。女性専用という物珍しさがウケている名物スポット。夏シーズン真っ盛りなこともあり、多くのカップルや若い女性が水着を買いに行くらしい。
俺と鮎川さんも試着室の1つを占領し、水着選びに励んでいるというわけだ。昼時なのか試着室には人がいないので、半ば独占状態である。
「でも、海に行く用事でもあるのか?」
「ん~~~…今は無い、かな?」
「今は?」
「誰か大切な人が出来たら、その人と行きたいなって思ってる。想いが通じればね」
「そっか…じゃあ、それにする?」
「これもいいけど…さ、流石に大人しいデザインがいいかな」
鮎川さんと言えども流石に恥ずかしすぎる水着だったようだ。
水着のお尻の部分を調節し、試着室に戻ってカーテンを閉じる。
「また別のを着るから、ちょっと待っててね!」
「分かった。楽しみにしとく」
微笑ましく思いながら、鮎川さんを待った。
「出口が複数あるなんて聞いてねえぞ…あいつらどこ行った?今日は報告日なのに…ふざけやがって」
『パシー』に向かってやってくる中川を見るまでは。
スマホに視線を落としながらぶつぶつと独り言をつぶやいているので、辛うじてバレずに済んでいる。だが時間の問題だろう。
いずれにせよ、鮎川さんが無防備なままであいつに気付かれるのはまずい。
****
「まずい!中川がこっちに来てる」
「え…?」
「どうやら映画館の入口でずっと待ってたみたいだ。かなりキレてる」
「ど、どうする?」
「俺は適当なところに隠れるから、そのまま試着室に隠れてて!」
「待って!」
隠れようと走り出そうとしたとき、鮎川さんが俺を呼び止める。
「なんだよ!」
「ここに隠れればいいんだよ」
「はあ!?」
さすがに面食らった。
色々とまずいだろ。
「今ちょうど試着室空いてるし、すぐ入ったらバレないよ」
「だが…」
「今ここに付き合ってもらってるのは、美也のわがまま。一人にはできないよ。だから、ね?」
言い争っている間に、中川は『パシー』の中ほどまで入り込んできた。
鮎川さんの提案通り、試着室に隠れないと逃げ場所はない。
「…仕方ない。き、着替えてる、よな?」
「うん。大丈夫」
衣擦れの音がした後、鮎川さんは再び呼びかけた。
「来て」
カーテンを開け、素早く中に入り込む。視線は鮎川さんを直視しないようし、入り込むと同時に彼女から背を向けた。
「…ここじゃねえ、よな」
間髪入れずに中川の声。
しばらく辺りをうろつく雰囲気を感じる。
「はあ…今月金欠なのにふざけんじゃねえよ」
最後に悪態をつき、中川は去っていった。
****
「…行った?」
「らしいな。助かった」
俺の背後に隠れる形となった鮎川さんと状況を確認する。安全が確認されたのなら、長居は無用だ。
「悪い。すぐ出る」
俺は試着室を出ようとするがーー、
「待って」
肩をポンと押される。
「なんだよ、もう大丈夫…」
抗議しようとした俺はー、
上半身に何も身に付けていない鮎川さんを見て、息をのんだ。
辛うじて両手で胸を隠しているが、それ以外はなにも遮るものがない。
下着も、薄い白のパンツだけ。
慌てて脱ぎ捨てたらしいブラや服が、試着室の床に転がっている。
「はぁ…はぁ…」
鮎川さんは顔を真っ赤に染め、肩で息をしていた。
少し汗もかいていて、顔から首、胸へと流れ落ちている。
「動、かないで」
そのまま両胸を押し付けるようによりかかった。
「あ…」
試着室のカーテンを再び閉めた瞬間、鮎川さんの全体重がのしかかった。
自分の胸に押し付けられる、柔らかな感触。
そのまま、こすり付けられるように複数回揺らされた。
「…聞きたくない?」
鮎川さんが、俺に胸に顔をうずめながら問いかける。
「美也が、どうして円二さんをヒーローと呼ぶのか」
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
「こんな展開にしてほしい」「あんな光景が見たい」などご要望があればお気軽にコメください~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます