第22話 あのね
「「はぁっ…はあっ…」」
ショッピングモール9階のエレベーターを降りて映画館『SEIHO シネマズ姫宮』に到着し、僕と鮎川さんは息を切らす。
「大丈夫?鮎川さん」
「ふぅ…ふぅ…平気。こんなに走ったのは、最後の大会以来かな。久々に暑くなっちゃったよ」
少し息を切らしている鮎川さんを見るのは少しドキドキした。いまだに繋いだままの手から彼女の体温が伝わる。
「そ、それはよかった。さて、映画だけど…」
今回見る映画は、今日公開された大ヒット恋愛小説の映画版『君の心臓を食べたい』。
鮎川さんが原作小説のファンらしく「ぜひ見たいな〜」という希望があったためチョイスした。
上映時間9:30まで残り15分。
日曜日ということもあり、すでにカップルや親子連れでごった返している。
事前予約しておいてよかった。発券を済ませ、ドリンクを買いに飲食コーナーへと向かう。
「じゃあドリンクでも買ってからー」
「…あ!見て」
鮎川さんが小声で叫び、後ろを指さした。
「…うぅぅ」
唸り声をあげている中川である。
俺たちを一瞬だけ見失ったらしく、汗をダラダラ流しながら、無言でエレベーターを降りてきた。
(諦めてくれなかったか…手を繋いだ時点で諦めて欲しかったんだが…)
そんな気はしていたが、ストーカーの情熱をもっと他に生かすべきではないのだろうか?勘弁してほしいところである。
「もし同じシアターに入ってきたらどうしよう?」
「それはない。大丈夫だ」
「ふふふ…言い切るってことは大丈夫そうだね。じゃあ、美也はコーラとポップコーンLLで!」
「俺はメロンソ…ポップコーンL L!?そんなサイズ注文する人初めて見た!」
「円二さんとなら大丈夫だよ。ね?」
「は、はい…あ、代金は俺が出すから」
「い、いいの?」
「ああ」
「ありがとう…いろいろ大変なのにごめんね」
一瞬面食らっていた鮎川さんが笑顔になる。
やっぱり、今日の鮎川さんは様子が違うな。
口元を開けずに微笑む姿を見るだけでドキッとする。
「別に大したことじゃないさ」
もちろん、それを表面には出してない…多分。
背後から睨みつける中川に気を配りながら、俺と鮎川さんは映画を鑑賞する準備を整える。
そしてー、
「9:20になりました。9:30から上映開始の『君の心臓を食べたい』入場を開始します」
予定通り入場が開始され、人がシアター入り口へと吸い込まれる。
俺と鮎川さんも並び、徐々に前へと進んでいった。
中川に目をやる。どうやら俺たちが『君の心臓を食べたい』を見にいくと聞いて券売機に走ったようだ。
チケットを購入して、同じシアターに入ろうというのだろう。
鑑賞中に接近されたら逃げようもない。
だが、そうはさせない。
「あれっ…なんでだ…?」
中川は必死に操作しているが、お目当てのものは手に入らなかったようだ。
やがて受付窓口へと走り、スタッフに詰め寄る。
「あのっ!9:30からの『君の心臓を食べたい』なんだけど!」
「すみません。こちらはすでに完売でして。本日は別の時間帯もすべて完売しており…」
「な…なんでだよっ!まだあるだろ!」
尚も抗議しようとしたが、追加で現れた男性スタッフに遮られる。
「すみませんお客様。あまり館内で騒がれては…」
「立ち見でもいいからっ!」
「そのようなチケットはございません」
「…くそっ」
中川は地団駄を踏んで悔しがる。
念のため、上映日の朝1の回で予約しておいてよかった。
原作時点で注目されてる作品だし、後から入ろうとしても確実に入れないはずだと踏んでいた。
「…くそっ!」
中川はもう一度悪態をついて劇場を出て行く。
これで、上映中に邪魔されることはない。
この映画館は出口が複数あるので、上映終了後も追い切れないだろう。
(計画通り…!)
なんて自然と悪者のような表情になっていた俺だったが、
(ん…?)
中川とは別の誰かの視線を感じ、慌てて視線を変える。
怪しい人影は感じない。
気のせいだったのだろうか。
「流石だね、円二さん。あなたに頼んで本当によかった」
俺の集中力は鮎川さんに遮られる。中川を撒けたためかとても嬉しそうだ。
「ま、まあこんなもんかな?ははははは…」
シアター入り口まで近づき、俺はチケットを出そうとする。
その時ー、
鮎川さんが足を止めた。
「…ん?どうかした?」
「…あのね」
少し声が震えている。俯いて表情が見えない。
「聞きたいことがあるの。迷惑でなかったらだけど」
「どんなこと?」
「…」
意を決したように、鮎川さんが顔を上げた。
「円二さんと結愛ちゃんって…どんな関係なの?」
****
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