第21話 じゃあ、行こっか!
「じゃあ、行こっか」
「は、はい…」
俺と鮎川さんは駅前に向けて歩き始めた。
日曜日の朝のせいか、歩く人はまばらである。
「ふふふ…いつもの円二さんじゃないみたい。なんか可愛い」
「そ、そうかなぁ…」
ふふふ!?
あのあっけらかんとした鮎川さんが、口で手を抑えながら上品に笑うなんて…
普通にお嬢様みたいで似合ってるし。
腕を組むような大胆なこともせず、軽く微笑みながら、俺の半歩後ろをピッタリとついて歩いていく。
なんで普段はあんな天然なんですか!?
正直、普段の姿とのギャップを見せつける鮎川さんにドキドキしてくる。
これでは偽デートではなく本当のデートに…
ーがるるるるる。
い、いかん。
また結愛の表情を曇らせるわけにはいかない。
チーズ入りハンバーグどころの話ではなくなってしまう。
なんとかこの偽デートを無事乗り越えねば。
「ねえ。気づいてる?」
悶々としている時、鮎川さんが再び耳打ちしてきた。声に不安が混じっている。
「あと、付けられてるみたい」
「…本当か?」
「うん。今は電柱のそばに隠れてる」
ちらりと後ろを振り返ると、たしかに中川が隠れていた。いや、正確には隠れようとしていた。
殺意の籠った目線を向ける筋骨隆々のゴリラ男。
一応マスクなどで変装しているが、体格の大きさは隠しきれていない。
半身が完全に見えてしまっているので、尾行が得意というわけでもないらしい。衝動的にストーカーをやっているということか。
本来の目的を思い出し、身が引き締まる。
「円二さんが嫌なら、少し辺りを回って帰ることもできるけど…それでも、諦めてくれるかもしれないし…」
鮎川さんはおしとやかな表情を曇らせていた。
頼んでみたはものの、いざ中川が迫っているとなると、俺に迷惑がかからないか心配なのだろう。
トレードマークのポニーテールも乱れ、うつむいてしまう。
だがー、
「いや、デートをこのまま完遂しよう。そうしたほうが、中川もすっぱり諦めやすくなる。半端に刺激したらストーカー行為が激しくなるだけだ」
そう言うわけにはいかない。
青春を誰よりも楽しみたいと願う鮎川さんに、自由を手に入れてほしいからだ。
「でも…」
「それにね、鮎川さん」
「…え?」
俺は鮎川さんに右手を差し出す。
「俺は鮎川さんとのデート、楽しみにしてた。今日もワクワクしてる」
嘘偽りのない気持ち。
だって友人を助けられるデートなんだ。
こんなにワクワクすることがあるだろうか。
「鮎川さんは、どう?」
「…!」
鮎川さんは一瞬驚いた表情を浮かべた。少し視線を逸らし、頬を赤くする。
胸に手を当てて考え込むような表情を浮かべていたが、意を決したように振り返った。
「美也も、円二さんとのデート…楽しみにしてた…ずっと前から…昨日も、寝付けなかった」
そりゃそうだ。
ストーカーから逃れることができれば、鮎川さんも青春を楽しめるようになるだろう。
いや、絶対にそうなるべきなんだ。
青春と呼べる期間は残り少ないんだから。
「じゃあ、決まりだ」
「うん…!よろしく、ね?」
鮎川さんも自分の左手を差し出した。俺鮎川さんの指と自分の指を絡めて、深く繋がるように握る。
いわゆる恋人つなぎ。
「じゃあ、行こっか!」
「うん!」
今度は俺が鮎川さんに呼びかけ、2人は歩き出す。
いや、これじゃ満足できない。
俺は少しずつ歩みを速め、やがて走り出した。
鮎川さんを引っ張りながら。
「ちょ、ちょっと!速すぎない?」
「いいじゃん!こっちのほうが楽しいし」
「そうなの?」
「ああ!」
困惑していた鮎川さんも徐々にスピードを上げ、並走する形となる。引退するまで陸上部だった彼女の脚は力強い。
「…ふふふっ。そっか。円ニさんは知ってるもんね。美也が走るの大好きだって」
「そりゃあ、毎日校舎の窓から見てたし」
「こうなったら、円二さんも置いていくつもりで走るからね!」
「受けて立つ!」
その後、俺と鮎川さんは、しばらく笑いあいながら走った。
鮎川さんは、その日初めて鮎川さんらしい笑顔を見せた。
****
「何してるんだろ、ぼくは…」
手を繋ぎ歩く幸せそうなカップル、円二くんと鮎川さんの後方で僕はため息をつく。
暑い夏には不相応な分厚いコートを羽織り、帽子を深く被り、サングラスをかけて休日の円二くんを見張る。
そんな馬鹿げたアイディアを実行してしまい、ここまで来てしまった。
(この格好じゃ、また男の人みたいって言われそうだな…僕はそう言う人ではないし、昔好きな男の子だって…)
パチンと頬を叩き、思考のノイズを追い払う。
円二くんはすでに後をつけてきた中川さんに気を取られているらしく、時折ちらちらと後ろをのぞいている。
僕には気づいてない。なにやら事情があるようだ。
(いや、そんなことはどうでもいい。ぼくはただ…円二くんに聞いてみたいんだ)
今更恨みを吐く気力もない。ただ、どうしても確かめたいことがある。
(何故あの時、ぼくを裏切ったんだ…)
スマートフォンを開き、保存しているメールを開く。
別の高校で卒業する予定だった僕に届けられた、1通のメール。
ーあなたは騙されている。真実を知らなければならない。
何を示しているか意味不明だったが、添付された写真を見て驚いた。
丸山円二の顔写真と、現在の住所および学校。
そして、義妹である丸山結愛の情報。
無視するつもりだったのに、結局、ここまで引き寄せられてしまった。
感傷にふけっていると、前の2人が走り出した。
追いつけないほどではない。
「…絶対に、突き止める」
帽子を深く被り直し、ぼくも走り出した。
****
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。
新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!
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