第18話 いい、かな…

 「えぇぇぇぇぇぇえええええ!?」


 思わず叫び声をあげる俺。

 

 「…!」


 顔を真っ赤にする歩美さん。


 「は、はわわわわわわ…!」


 これまでのクール系小悪魔キャラが崩壊し、口をぱくぱくと上下させる結愛。

 

 三者三様のリアクションが繰り広げられ、家の中の緊張感が一気に高まる。

 

 鮎川さんに恋愛感情持たれてるなんて寝耳に水だ。そもそも俺と鮎川さんは…あれ?そういやなんで仲良くなったんだっけ?


 ーあ、円二さん!円二さんは、美也のヒーローだからね!

 ーひ、ヒーロー?てか誰?

 ーあ、1年2組の鮎川美也です!これからもよろしくね?


 そうだ。


 高校1年生の時、急にそんなことを言われて仲良くなったんだよな。

 理由を聞いてもはぐらかされるので、今まで聞きそびれてしまった。


 いや、この疑問はひとまず置いておこう。


 「鮎川さん…実は…」


 「え…?」


 俺は鮎川さんの肩を両手でつかむ。


 「俺は…その…」


 ー実は義妹の結愛が彼女なんだ!


 なんて言えるわけがない。

 もしもしポリスメン?ルートである。

 何とか、彼女を傷つけず、結愛との関係がバレない方法を…


 「…?」


 あれ。 

 なんでそんな表情してるんだ。


 「あ!言い忘れてた」


 ん?


 鮎川さんは再びぽん、と手をたたく。


 「そのぉー…あのぉ…」


 頭をかき、しどろもどろになる。


 そしてー、






 「になってくれないかなーって、意味ね。あははは…」


 申し訳なさそうに本当の要件を告げるのだった。



 ****



 鮎川さんが帰宅した日の夜。

 

 俺は約束通りチーズ載せハンバーグを作った。結愛のプレートは特別にハンバーグを2個載せている。


 …が、結愛の表情は晴れない。


 少し前入手したピンク色のスマートフォン(やや型落ち)を操作しながら、視線を横に向けている。


 仕方ないか。


 「食事中のスマートフォンはマナー違反だぞ」


 「家族ルールその31ね。わかってる」


 「なんだか元気がないな」


 「…別に。なんでもないし」


 声も少し沈んでいるようだ。


 ふぅ、と可愛らしいため息をつき、結愛はスマートフォンをテーブルに置いて、こちらをじっと見つめる。


 いつもながら、切れ長の澄んだ瞳に吸い込まれそうになった。


 「で、どうするの?」


 「…正直、迷ってる」


 「うそ。本当はもう行くつもりでしょ。円二は、困ってる人を放っておけない性格だし」


 フォークとナイフでハンバーグを丁寧に切り分けながら、結愛はこともなげに言った。


 何かもお見通しなのである。


 「…ハイ」


 俺は鮎川さんの頼み事を脳内で整理してみた。


 ーその…最近3年2組の中川さんにストーカーされてるの。

 ー中川さんが?あのバスケ部の?

 ーうん。誰もいない所でしつこく付きまとわれてて、その気はないって言ってるのに聞いてくれなくて、外出先でも何度か待ち伏せされて…


 要するに、中川を諦めさせるため、偽の恋人を演じて欲しいのだ。そうすれば流石に諦めるだろうと。


 卒業が近づき部活を引退した中川は、日曜日になると鮎川さんの家の近くを張り込むらしい。青春の無駄遣いという他ない。

 

 そこに俺が現れ、鮎川さんをデートに連れて行くというわけだ。中川の脳は破壊されるかもしれないが、自業自得だろう。


 決行日は今週の日曜日。


 ーわかった。俺に任せてくれ。

 ー本当!?ありがとう。やっぱり円二さんはヒーローだね…!


 引き受けると、鮎川さんの表情は優しくほころんだのであった。 


 「中川さんって、あのゴリラみたいな人よね?ケンカも強そうだし」


 少し間があった後、結愛が質問する。


 「バスケって言うよりラグビー部って感じだな」


 「喧嘩になったらどうするの?」


 「対策はある。まぁ、もしもの時は…警察でも呼ぶかさ」


 「…なら、いいけど」


 結愛はハンバーグの小さな塊を頬張った。


 表面上はいつも通りクールに振る舞っている。

 

 でも、分かってるさ。


 義妹は本当に言いたいことを隠してる。

  

 心に刺さった小さな棘。


 でも自分の口からは言えないだろう。結愛は鮎川先さんのことを尊敬してるのだから。



 

 だから、俺の口から言う。


 「結愛」


 「…なに?」


 お茶を飲んでいた結愛にこともなげに言った。






 「来週、デートしよう」


 「デートね、分かった」




 


 「…ぷふぉっ!?」


 結愛が口に含んでいたお茶を吐き出しそうになる。

 

 「大丈夫か?」


 「けほっ、けほっ。ちょ、ちょっと…今なんて?」


 胸を押さえながら結愛が問いかけた。

 動揺が


 「来週の日曜日にデートしよう。俺と結愛の2人で。恋人になってはじめてだろ?」


 「〜〜〜〜〜っ…!」


 結愛は顔を真っ赤にし、声にならない声をあげる

 可愛らしい口がワナワナと震えた。


 「あ、なんか予定あるのか?」


 「な、ないけど…!なんで急にっ…!あたしにも心の準備が…!」


 「驚かせようと思って」


 「あううう…どうしよう。こんなの、あたしのキャラじゃないっ…!ええと、その…」


 頭をフルフルと振り、手を膝の上に置いて結愛は俯いてしまう。完全に思考が停止してしまったようだ。


 「鮎川さんの件は悪いことをしたと思ってる。ごめん」


 「…!」


 助け舟を出すと、結愛の体がピクリと動いた。


 「でも、それは友人を助けるためのものだ。結愛を置いていくものじゃない」


 「…ほんと?」


 「ああ。約束する。俺は、結愛を置いてどこかに行ったりなんかしない」


 そもそも、俺自身がそんなことに耐えられそうにない。

 もうー、




 俺にとって家族と呼べるのは結愛しかいないのだから。


 「…あたしも、ごめん。大人げないと思ってた。鮎川先輩に嫉妬するなんて」


 結愛は深く深呼吸し、再び顔を見上げる。


 「…じゃ、じゃあね」


 先ほどまでくすんでいた瞳はキラキラしていた。

 

 「あたし、円二と行きたいところがあるの!見たい映画もあるし、一緒に食べたいものもあるし、買いたいもののある。ぜーんぶやりたい!あと、それにね…」


 最後の条件は至極単純。




 「その、デートの時は…外でも円二って呼びたい。いい、かな…」 




 断れるはずなどない。


 「ああ」


 「ありがとう…!じゃあ…約束!」 

 

 結愛が差し出した右の小指を、俺も小指で握る。

 

 


 彼女の指は、暖かかった。

  


 ****



 ー動かないで。今日は、あたしがするから…


 その夜の結愛は、かなり積極的だった。


 ーこう、まじまじと見ると、なんというか、すごいね…


 ーあ、動いちゃだめ…!デートの、お礼なんだから。


 ーはじめてだから、痛かったらごめんね。でも、いつも気持ちよくしてもらってる分、今日は円二が気持ちよくなれるよう、あたし頑張るから…




 拙くても、健気に頑張る結愛が愛おしかった。



 ****


 

 「ぎゃああああああっ!」


 同時刻。

 

 ホテルの一室で、一人の女性が悲鳴をあげている。


 名前は、静谷凛。


 顔全体にガーゼや包帯が巻かれている痛々しい外見だが、傷はまた増えるに違いない。


 一人の男性に殴られたからだ。


 「あ、あんたたち…!金を持ってる私に、なんてことをするのおおおおっ!?」


 「うるせーな。それぐらい構わねーだろ」


 「ひいっ…!」


 男は静谷凛の胸ぐらを掴み、嘲笑った。






 「だって、俺たち『ともだち』だろ?」

 


  ****


 本日は22時にもう一度更新します!


 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします! 

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