第16話 行ってもいい?

 俺が原田千恵美と出会ったのは、小学1年生の頃。


 当時体が弱かった俺は欠席が多く、うまく友人が作れなかった。だから、放課後はいつも1人。


 校庭の錆びたブランコに乗り、友人たちと遊ぶ同級生をぼんやりと眺めるしかなかった。


 ーどうしたの?

 ー…え?


 そんな俺に声をかけたのが、同じクラスの千恵美。


 いつも明るく朗らかな短髪の女の子。スポーツが大好きで、いつも男子に混ざってサッカーを楽しむ活発な性格。 

  

 ー…関係ないだろ。

 ーあ、気を悪くしたらごめんね。ただ、なんだか放って置けなくてさ。


 警戒する俺をものともせず、隣の空いたブランコに乗り、こぎ始める。   


 ー…ぼくで良かったら、相談に乗るよ。ほら、ぼくって男みたいなもんだし。あはは…


 鈴の鳴るような声で笑った後、しばらく静寂が流れる。

 俺が言葉を返すべきだと気付いていたが、声が出なかった。


 ギィーッ…ギィー…


ブランコの軋む音で間をもたせるしかない。




 ー…ぼくも、本当は友達がいないんだ。


 静寂は、千恵美によって再び破られた。

 

 ーえ…そんなことないだろ。いつも誰かといるじゃないか。

 ー表向きはね。でも、男子は陰で『男女おとこおんな』って言って陰口を言ってる。こんな性格だからか、女の子の輪にもなかなか入れないんだ…

 ーそう、なのか。


 普段の千恵美からは想像できないほど弱気な声だった。


 ーごめんね。こんな話して。もう、行くから。


 ブランコから降りてとぼとぼと去っていこうとする千恵美。


 俺はしばらくどうしようか迷ったあとー、




 ブランコから飛び降りて、千恵美の後を追いかけた。

 息を切らしながら必死で走り、華奢な千恵美の腕を掴む。


 ーえ?

 ーその!あの!ええっと…うーんと。


 不審者のように口籠もりながら、言いたかった言葉を必死で紡ぎ出す。




 ーと、友達になって、くれませんか!?

 

 千恵美は呆気に取られたような表情を浮かべる。

 

 気まずい沈黙。


 (なんかまちがえたかな…)


 自信がなくなりかけそうになった頃ー、


 ー丸山さん…!

 ーえぇ!?


 ぽふん。


 不意に千恵美の華奢な体に抱きしめられる。

 男とは違う柔らかさや甘い香りに心臓がドクンと鳴るのを感じた。


 ーとっても、とっても嬉しい…

 ー泣いてるの? 

 ーうん…なんでだろうね。やっぱり、ぼくも女の子なのかな。

 ーど、どっちでもいいじゃん!ととと、友達だし?

 ーうん。そうだね…友達の前で泣いてちゃ失礼だ。


 千恵美は少し目を腫らしながら、顔を上げた。


 そしてー、




 ーぼくも、ぜひ君と友達になりたい!これからは円二くんと呼んでいい?

 

 俺と千恵美は、はじめての友人を得た。

 一か月後、千恵美が転校していなくなるまで、ずっと一緒だった。






 ーどうしたんですか丸山さん。あそこで遊びましょうよ。みんなと一緒に。


 再び1人ぼっちになった俺に話しかけてきたのが、あの女だった。



 ****



 (どうしよう…)


 美しい想い出とは裏腹に、今の俺はコミュ障の陰キャそのものだった。


 10年以上の時を経て、千恵美は随分大人びている。


 体は丸みを帯びて、制服からの上からでも形の良い胸が良く見えた。

 表情も暗いけど、昔より女の子らしくなっている。

 昔なら似合わなかった黒と赤のチェックスカートも、今の千恵美にはよく似合っていた。


 問題は、不意打ちのごとくやってきた千恵美にどう反応すべきかだ。




 ー千恵美!会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉ!

 

 うん、違うな。恋人じゃないし。


 ーひっさしぶりー!すっげー女の子っぽいじゃーん!マックいかね?


 陽キャ過ぎる。


 ーお、覚えてる?昔友達だった丸山だけど…


 覚えてくれてなかった時のダメージがでかい!


 


 「はい、じゃあ原田さんはあちらの席で」


 「は、はい…」


 あーでもこーでもないと頭の中で悩んでいると、自己紹介タイムが終わり、千恵美が自分の席へと移動し始めた。


 俺の左側にある空席。


 気の利いたセリフ1つでない中ー、




 「あ…」


 千恵美と視線が合った。


 無表情で感情が読めないが、クリクリとした目でこちらを見つめている。


 「ち…」


 俺は意を決して言葉を発しようとした。


 がー、




 ふい、と千恵美はこちらから視線をそらす。


 そのまま自らの席に座り、話しかけられることはなかった。


 「ちぃ…ぇ」


 俺は謎の奇声を発し、やがて押し黙った。

 


 ****


 

 「ずずずずぅーん…ずずずずぅーん…」


 「どしたの円二さん!?青春の真っ只中とは思えない擬音だよ!?」


 「僕の見立てでは…恐らく失恋だね鮎川さん」


 「明智、それは間違って…もないか。10年以上経ったら、忘れても仕方ないのかな」


 昼休み。


 俺はいつも通り教室で2人の友人、鮎川さんと明智さんで昼食を取っていた。


 が、今日は食が進まない。


 「どどどうしよ明智さん!?円二さんの青春のクライマックスがピンチだよ〜〜〜!」

 

 「鮎川さん。男は1人で考えたい時間もある。ここはそっとしておいてあげよう」


 「センキュー明智…ってか飯食うの早いな」


 「ああ。大いなる目標ができたからね!」


 体育会系のようにお弁当を平らげ、明智は立ち上がり、眼鏡をぐいっと跳ねる。




 「僕は…東大へ行く!!!」


 「え〜〜〜〜〜〜!今から!?そんなの無茶だよ!」


 「いや、僕はやるよ鮎川さん。人間死ぬ気でやればどんなこともできると聞いたんだ!東大に行ってエリィィィィィィィィトボーイになる!!!」


 明智は本気らしい。

 学校一の秀才なので、目指す価値はあるだろう。


 「でも実家は継がないのか明智。ご両親も確か…」


 「継がない!僕は東大に行ってエリィィィィィィィィトボーイになる!!!」


 「そうか。ま、応援してる。俺にできることは…ないかもしれないが応援はする!」


 「ありがとう丸山くん!早速昨日の分の復習に行ってくるぅ!ちょっと忙しくなってなかなか顔合わせられなくなるけどごめんね!」


 「こ、これが男の子の友情…青春ってやつなの!?」


 明智は早々にお弁当を片付け、教室を出ようとする。


 「あ、円二。22時からでよかったっけ?」


 「いいのか?」


 「うん。は大事だからね。そうだろ?」


 「じゃあ、頼む」


 「ああ!」


 ドアを今度こそ閉め、明智は風のように去っていった。



 ****



 「ふぅ…明智くんがそんな進路に進むなんて…これも青春、なのかな?」


 ため息をつきながら、鮎川さんはパンをほおばる。 

 健康的な白い歯がチラリと見えた。


 「あむ…美也も負けてられない。残り少ない青春を頑張らないと…あむあむ」


 風に揺れるポニーテールと、発育がかなり進んだ胸。


 鮎川美也は非の打ち所がない健康優良女子であった。


 「鮎川さんも負けてないさ。毎日青春街道を爆進してるだろ?」


 「そう言いたいんだけど…いろいろあってね〜」


 はぁぁぁと鮎川さんはため息をついた。




 不意に、こちらをチラッと覗く。

 なんだか言いたいことがあるようだ。


 顔がちょっと赤い。


 「ん?」


 「その、円二さんに相談があるんだけど、いいかな?」


 「いいけど、どんなこと?」


 「あのね…」


 鮎川さんは右耳に顔をそっと寄せる。


 右手で輪っかを作り、フッ…と小さな声で耳打ちした。






 「今日…円二さんの家、行ってもいい?」



 ****



 というわけで放課後。


 「鮎川先輩。その…お兄ちゃんとの距離、近くないですか?」


 ガシッ。


 俺の左手をホールドする小柄な結愛。

 ムム…と口が尖っている。


 「そんなことないよ~ねっ!円二さん?」


 ぎゅっ。


 俺の右手をホールドする背の高い鮎川さん。

 黒いオーラを発する結愛に気づいていないのか、あっけらかんとした笑顔を浮かべている。


 「あの…お二人さん。なんか距離、近くないっすか?」


 「お兄ちゃんだから当然でしょっ」


 「円二さんはから美也のヒーローだから!」




 えーと。


 修羅場?



 ****



 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!⭐︎500のイラスト化は今後進行してまいります。

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